第7話 アルカノイドによる幻覚
すべては繋がらない。指示されたことを熟すだけの日々では、ここでの生活に長けても『どうしたいがための指示』なのか、その本質まで知り得はしない。ましてや今後の展望なんて。でも、誰かの描いたシナリオに従っていることには違いない。
「北西の保護区に向かいます」
「そうね。お利口だわ、リロリアナ」
「そうですね、リロリアナ様」
「わたしの分まで旅すればきっと上手くいくわ」
目の前にいるリロリアナにまた何かをさせらようとしている。
脱走?
そんな理由ない、必要もない
目の前のわたしは何処にいても同じわたしの生活をするだけ
「わたしの分だけで精一杯かもしれません」
「それでいいのよ。リロリアナは1人、頑張ってきてね」
「わかりました、アデリスタ様に会ったら何と」
「会いたがっているのは向こうなの、わたしに」
「アデリスタ様はどの様な方なのでしょう、すぐに接触で… 」
「大丈夫よ、ずーーとっ隔離保護されていて手が出せなかった相手だし」
2人の会話はまるで鏡を見て喋っているかの光景だ。
「はぁ はぁ ……、それなら大丈夫ですね」
「ええ、きっと大丈夫よ」
アデリスタという人物に会えばいいだけの簡単なお使い。ピアナジュは気分が晴れて安堵で満たされてゆく、心地よい温かさに包まれ夢の中にでもいるような明朗さが溢れだす。
「では会ってすぐに戻ってきます」
「よろしくね」
通路にでると脇目もくれずに一直線にあの場所を目指した。コンクリート製の雑木林を抜け、大の字に寝そべった地面から未だ昇天しそうにない無表情になったバイオロイドの脇を通り過ぎて、廃線を伝って歩いた。
暫くして《預かり場》に到着したピアナジュは、駐在するバイオロイドたちにその元気な表情を見せた。今日は管制機関のバイオロイドはいない模様。
「もう元気になったのかい、リロリアナちゃん」
「あれから症状の方は治まったかい?」
「それなら本当に良いんだけど大丈夫なのかい?」
「ボクなら大丈夫。なんか変なことになっちゃって」
駐在する3体のバイオロイドは、今までとは違ってリロリアナだと分別がついている様子。それはそうだろう、事の始終を知るもの達である。ピアナジュが気を失った後、何があったのかも知っているだろう。
「ボクが気を失ったのって何日前? 目が覚めたらベッドだったんだ」
「管制機関の職員が来ていた日だったから、4日前だね」
「あの後、トロッコに乗せて中央プラントに向かったんだよ」
「昨日の夜、住処にリロリアナちゃんを運んだんだ」
「ありがとう、おかげで助かったみたい」
その話しを聞いて中央プラントを経由せずに直接保護区へと向かうことを選択していた。ピアナジュの表情から明るさと元気よさがほどよく抜けてはじめていた。
「一人で寂しかったんだね、リロリアナちゃん」
「どこに行っちゃったんだい随従者は?」
「こんなとろこでも良ければ引っ越しくるかい?」
「ありがとう、ボクはもう大丈夫だから」
話しを詳しく聞いていられなくなったピアナジュは手を振って《預かり場》を後にした。あの3体の話しが頭の中でぐんぐんと広がって深層を包被してしまいそうだ。線路に沿って北上していくと、かつてはビルと呼ばれていたであろう容を、ほんの少しだけ残したうろのようになっている石造がある。少し休憩するには丁度良さそうだ。
ボクは1人じゃない
運び込まれた時にリロダリア様はいなかった?
そんなことは決してない
その時だけ出掛けていた? 隠れていた?
分からないことだらけで益々繋がらない。気を失っていたのだから本当のことなんて分からないのは当たり前。でも目が覚めた時にリロダリアがいたのは事実。ピアナジュが起きていない時、リロダリアはいつも何をしていたのだろう? そんなことは随従者であるピアナジュに分かるはずもない。
起きている時にしか主人からの指示を受けることもなければ、目にすることもないのだから当たり前のこと。バイオロイドにとって与えられた指示は現実に行動制限となって発現するため、白昼夢のような薄っぺらい体感ではない。
戻って遠くからあの場所を覗けばわかるのかも
いや、ただボクが知らないだけで外出しているんだ
昨夜もあの6体を連れてきっと
今戻ったらきっとベッドの上にいるに違いない
リロリアナの『水には触れるな』という指示が効いているのは事実であり、今まで雨水を長時間浴びたり、水溜まりで転げまわったりしたことはなかった。そうでなければ役目もなく指示もされなくなったあのバイオロイドの様に無表情で根を下ろしていることだろう。
ピアナジュのいない今、あの場所のベッドの上でリロダリアがデザートを食べていようといまいと、そんなことはピアナジュの役目に何の関係もない。居ればアデリスタに会って何があったかと問われるだけであり、居なければどこかに出掛けているだけである。その際に随従者たちを従えていくのは当然であるためあの場所には誰もいない。
ただそれだけのこと
それにボクはアルカロイドの中毒症状なんてない
見てもいないことに、聞いてもいないことに……
自答するのはもう止めよう
ピアナジュは少し横になって目を閉じた。今ここで何を想像しようとも考えた結果に応えるものなどない。目を閉じれば誰かが呼びかけてくるでもなく、ただこの日陰には穏やかな風が通りぬけるだけだった。
すべてはボクの妄想だった。
つづく