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追伸 ラプラスは無駄になった  作者: カザリナの月


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第11話 不和合性の複製物の自己実現性

 例えば自身が新種の多剤耐性菌を保菌していた事を知らなかったとしよう。身の回りの大切な人が次々と謎の死に朽ちてしまえば、当然、嘆き悲しむ。幸いにも献身的な看病をしたのであれば『できる限りのことはした』と少しだけ救われた気持ちになったりもする。


 現実とは『知らないこと』が多いほど無自覚な幸せに直面する機会を得やすい。だが一たび真実を知れば自責の念に押し潰され、周囲も忌避せざるを得ず、誰も救われない現実を受け入れなければいけない。しかし結果としては新たな感染者が減ることとなる。もし他人と共存し合えないのなら、それは『気持ち』などという曖昧なものだけではない場合があることを知っておく必要がある。



 どれくらいの時が経ったのだろうか、『──ッ ヂチャッ』ゆっくりと鍵を捻る音がした後、一呼吸おかれて優しくノック音がする。


「扉を開けて、中に入ります」


 ここに案内してきた補佐官がバイオロイドを従えて現れた。ベッドに腰掛けたピアナジュの前に立って帰る準備が整ったことを告げる。


「車両の点検と運行の安全性が確認出来ましたのでお送りいたします」

「うん、わかった」


 腰掛けたベッドから立ち上がると誘導されるがままに付いていった。ここが施設内の何処に位置するのかも分からない。ただトロッコに乗ることだけは知っていた。バイオロイドがピアナジュの両脇と後ろに付いて見守っている。誰のためなのか、何のためなのかは分からない。少なくとも補佐官は安心なのだろうということだけは知っていた。


「皆んなは元気?」

「操舵手たちの事でしたら作業に当たって貰っています」

「事故による罰則とかないと良いんだけど……」

「不測かつ、突発的なものですから罰則などありません。ご安心下さい」

「そう。ならいいんだ」


 誘導されるがまま通路を抜けると、下階にホームが見える吹き抜けになった場所へと出てきた。施設の壁に張り出した非常階段を降りてホームへ向かうと、見知ったバイオロイド達がいて安心する。誰も入れ替わらずにちゃんといる。屋外を行き来するバイオロイド達は日焼けと運動による皺跡があり、入れ替わっていれば話さなくてもすぐに気が付く。だから同じ顔である筈なのに自分の中で本物と偽物ができてしまう。


「皆んな大丈夫だった?」

「あの後、事故現場に行って線路に問題がないか確認に行ってたんだよ」

「少し前に戻ってきたところさ」

「ごめんね、ボクだけ休んでたみたいで……」

「いいんだいいんだ。体を動かす方が良いから」

「うん」


 出発の準備は整っている。今回はお付きのバイオロイド達も同乗する様だ。ピアナジュの横に一体、向かいの席に補佐官とその横に一体、後ろ席にもう一体。実に手厚い保護だ。実際に保護されているのがピアナジュなのか、補佐官なのかは分からない。間もなくしてトロッコは発車した。


「保護区には沢山の人が暮らしているの?」

「多いとは言えませんが137人が暮らしています」

「そんなに居るとは思わなかった」

「人は老化が早く存続不可避であることは既に確定しています」

「バイオロイドと違って人は繁殖で増やせるんじゃなかったの?」


 ガタンッゴトン、線路の継ぎ目がやや大きく音をたてて車体を振動させる。

「シー、ソー、シー、カム、シー、ソー、シー、カム」


「絶滅の恐れから保護を優先するため卵子の全てを人口受精に充てています」

「管制機関なら簡単に人口調整できそうだけど何か理由があるの?」

「難しい問題であり、要約する事による誤解を避けるため説明しかねます」

「そうなんだ。わかった」


ガゴンッガゴゴゴゴゴ、重い音を立てて線路の継ぎ目を渡ってゆっくりとカーブして行く。

「シー、ソー、シー、カム、シー、ソー、シー、カム」


 ピアナジュは遠心力で押し出されて隣のバイオロイドに少し寄り掛かった。


「ボクはリマリアさんの若い頃に似ているのだとか」

「人の経年変化を基準に識別すことは無意味です」

「リマリアさんって確かタマリアさんの双子の弟だと聞いたけど」


『ガタンッ』大きな音を立ててトロッコはカーブ手前で速度を下げた。

 補佐官は手すりを握ってピアナジュと向き合ったまま答える。


「その通りです。リマリア様はバイオロイドの研究に貢献して頂いた人物です」

「リマリアさんは元気なの?」

「亡くなったのは24年前になります」


「主人を亡くして長年随従したバイオロイドも根を下ろしてしまった」

「使命を全うしたのなら悲しむことはありません、称賛すべきです」

「そうだと思っているけど」

「殆どのバイオロイドにとって造られることが目的ではありません」

「うん、それは分かってるよ」

()()()()()()()()()使()()が与えられたことに感謝し、矜持(きょうじ)を保つことが必要です」


「シー、ソー、シー、カム、シー、ソー、シー、カム」

 ガタンッゴトン、線路の継ぎ目が心地よく体を振動させる。



 双子が入れ替わって『どっち』なのかを親など()()()()()()()()に聞いたりすることがある。汎用型のバイオロイドは寸分変わらぬ外見でありながらその様なことをしないのは、外見による識別を必要とせず『個』に対して与えられる役割でバイオロイドという歯車を識別しているからである。


 そして役割は自ら選ぶことは出来ない。だがその対価として使命を全うしたならば大地に根を張ることを許される。それはバイオロイドにとって定説であり、この世界の社会規範となっている。


 見慣れた《預かり場》に到着すると、いつもの3体が出迎えた。この先にある住処まで付いて来るのだろうか? 不思議と落ち着いた気分だ。リロダリアがこの補佐官とどんな話しをするのだろうと気になっていた。随従者であるピアナジュには知らせれていないことも多く、この世界を旅したからこそ知った事もあった。


「では我々はこれで引き返します」

「そうなんだ」

「2日後が食材の定期配給日となってますのでお忘れなく」

「うん、わかった。ありがとう」


 補佐官やバイオロイド達が中央プラントへの帰路についてしまい、肩透かしなお別れとなった。ピアナジュが《預かり場》を後にした時には夕刻に近づいていたものの、日差しは強さを保ったままだ。いつもの往路を歩いて進むと、そう遠くないところに瓦礫が見えはじめた。雑木と化したバイオロイドらしきものが枝葉を貯えてはじめている。顔らしきところも厚い樹皮でハッキリとはしない。


 雑木になってしまえば生えている場所で()()を区別する様になる。それは無意識にバイオロイドとしての価値を感じなくなってしまうからなのかもしれない。この辺りの雑木も大抵は誰かだったはず。ボクはベッドの上でスイーツを食べる主人と同じ類い、同じDNA、そして共存できない不和合性。


 タマリアさんの部屋に寄って帰ろう、リマリアさんの事が何か分かる様な気がする。


 ボクにも終えることのできる未来がある。



つづく




※初期投稿時、掲載を優先するためイメージイラストは作成していません


※2025.10.27より修正と加筆を開始




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