3.
「リリアン、夏休みはどうするんだい?」
聖堂の学び舎は夏の二週間、お休みがある。リリアンは故郷の街の教会に戻る予定だった。
アルフレッドにそう伝えると、
「候補が出るとその街に王族が視察にいく事になっているんだ。貴女も帰るなら一緒に行こう」
半ば強引に、帰郷はアルフレッドと一緒に行く事になってしまった。
ルーカスは王都で仕事があり、レオンは着いてきてくれるが、王子の護衛と共に行動する事になるようだ。
「こちらへどうぞ」
アルフレッドが馬車へ誘う。従者の馬車についでに乗せていってもらうくらいのつもりだったリリアンは、当然のようにアルフレッドの馬車に案内され目を白黒させた。
「視察の旅はいつも一人だから、貴女がいて嬉しい。今回は楽しめそうだ」
アルフレッドは機嫌よくリリアンをエスコートする。
「マグノリア様と行けば良いのでは無いでしょうか……?」
真っ直ぐに暖かい感情を向けてくるアルフレッドの気持ちは嬉しいのだが、婚約者を放っておくのは良くないと思う。それとも王子の気まぐれな遊びなのだろうか。
「マグノリアは……カイルが手を回した結果の婚約だ。マグノリアも可哀想に」
アルフレッドはため息をつく。
「理由はどうあれ……結婚はするつもりみたいだけど」
そんな事より、と、アルフレッドは話題を変える。
「故郷の話を聞かせてくれないかな」
季節の話、教会の話。一つ一つ楽しそうに聞いてくれるアルフレッドにいろいろ話していると、故郷が懐かしく思い出される。
「この季節には昔話にちなんだおまじないが流行るんですよ。むかしむかし、蛍の王子様が街の娘に恋をしたお話。意中の方の窓辺に気づかれないようにランプをおくと、恋が叶うっていうお話です」
「リリアンもランプをおいた事があるの?」
「ふふ、その話も時代で変わってきて、お世話になっている人に感謝を伝える事も多いんです。だから毎年、たくさんのランプを送り合うんですよ」
「ふーん、先に聞いておけばよかったな」
そんな話をしていると、遠い道のりもあっという間に故郷に着いた。
+++
「おかえり、リリアン。どうだった?」
二週間の休みが終わり、聖堂に戻ると、ルーカスが明るく迎えてくれた。
故郷ではお忍びのアルフレッドをあちこち案内したり、ランプを送りあったりとても楽しい時間を過ごした。
なぜかアルフレッドがレオンを撒こうとするのでそれは困ったが、王子様もたまには息抜きしたいのだろうと、一緒になってレオンを困らせてしまった。
二週間しか離れていないのに、ずいぶんと久しぶりな気がする。聖堂も息抜きをしたのだろうか、いつもより輝いている気がする。
庭を歩いていると、池の橋の上に、マグノリアが立っているのが見えた。陽を遮るのもがない所にいるのが珍しい。銀色の髪がキラキラと風に揺れ、とても美しい。
(何をしているのかしら)
リリアンは気になって近づくと、マグノリアは困った顔をして池をのぞいている。
見ると一輪の紫色の薔薇が、池に浮かんでいた。
(あれを落としてしまったのね)
リリアンは池のほとりの茂みから、なるべく長い枝を探し、それを使ってなんとか薔薇を拾い上げた。
「あの、それ、わたくしのなんですの……返してくださる?」
マグノリアがおずおずとリリアンに声をかける。
「もちろん、そのつもりで拾いましたから」
池に落ちても型が崩れていない。保存するように魔法をかけていたのだろう。
マグノリアに返すと、マグノリアははにかみつつ、花開くような笑顔を見せた。
(わわっ)
マグノリアの笑顔はリリアンもドキッとさせるほど魅力的だった。
「安心なさって。アルフレッド様からいただいたものではありませんから」
マグノリアがそういった時
「マグノリア! そんなに陽が当たるところにいて、何をしているんだ」
鋭い声がした方を見ると、カイルがこちらに向かっていた。
「お兄様」
「君の白い肌も価値があるものだ。大切にして欲しい」
「落とし物を、リリアンさんが拾ってくださいましたの」
カイルはマグノリアが大切そうに持つ花を一瞥する。
「そんなもの、家の庭にいくらでも咲いている。価値の優先順位を考えろ」
さあ、と、マグノリアの手を引いてカイルは戻って行った。
カイルはリリアンのことは全く無視をしていたが、マグノリアは振り向くと小さく手を振った。
+++
それ以来、リリアンはマグノリアと話す事が増えた。アルフレッドとマグノリアとリリアンの3人でいると、カイルもやってくる。
どうやらリリアンが邪魔をしないように見張に来るようだが、カイルがやってくるとマグノリアの目がほんの少しうるむ事に気がついた。
リリアンは一度、アルフレッドに聞いてみた。
「マグノリア様は、もしかして、カイル様の事が……」
「ああ、……婚約した頃にはもう、こうだったよ。カイルは全く気が付いてないのか、それとももわかってやってるのかはわからないけど」
「アルフレッド様は、それでよいのですか?」
「リリアン、私はこう見えてもちゃんと王家の一員なんだ。マグノリアは血筋が正統なものだから、それで仕方ないと思っていた」
ふとアルフレッドがリリアンを見つめる。
「これが一番いいと思っていたんだけどね。私も、最近考えが変わったところもある」
まあ、そんなに簡単には行かないのだけどね、と、アルフレッドは眉を下げた。