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連載している「破滅する推しの義妹に転生したので、悪役令嬢になって助けたいと思います。」の、転生先の元ネタの話として作成しました。
どちらかだけ読んでも、どちらも読んでも全く問題なく、物語のネタバレなども特にありません。
白の宝珠が光り輝いたのは、実に50年ぶりのことだった。
ブラン公は驚いたが、これでようやく長いお役目から解き放たれると思うと体が軽くなるのを感じ、深いため息をついた。そして一抹の寂寥を覚えた。
宝珠の光は、力を束ねるように小さく縮小し、しかし眩くチカリと一度光ると、箒星のように尾を引きながら飛んでいく。
その光は細く長く、長く長く伸び、聖堂を出て王宮を出て王都を出て、街道を行く。そしてブラン領の端の田舎町の教会の一室に届いた。
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リリアンはその時、教会の2階にある自室で書き物をしていた。教会を手伝ってくれた子供達に渡すカードを作っていたのだ。
窓の外が一瞬明るくなり、誰かが呼んだ気がした。
窓を開けると光が胸元に飛び込んできた。
鏡で光を集めて当てたように、小さく細い光が胸元に当たっている。痛くも熱くもないが、気分がふわりと暖かくなる。
その細い光は、長く長く、街道の方へ続いている。
「これは…」
光が当たるところに違和感がある。服の上からそっと胸元を触ると固くなっているように感じた。
襟元をくつろげ見てみると、白い小さな小さな石が、瘡蓋のように肌にはりついていた。
「リリアン!」
バタバタと部屋に入ってきたシスターマリアは、光と、戸惑うリリアンを目にした。
「まさか…私」
それは、50年ぶりのブラン候補の誕生だった。
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創世神話。
まず大地があり、大地は五柱の聖霊を産んだ。
ブラン、ノワール、ルージュ、ブルー、ジョーヌ。
五柱の聖霊は力を合わせ大地を守り育て繁栄させる。大地は国となり、人になって王となった。聖霊は国の住人の中から使者を選び、その使者に役割を譲渡した。
この国は、王都の周りにこの聖霊の名を冠する五つの領があり、それぞれの公爵が治めている。
公爵は聖霊に選ばれた使者が成る。領土の中の子供に、神託が下るのだ。
通常、20から30年に一度、12歳から18歳までの子が選ばれることが多い。
選ばれた子は候補と呼ばれ、聖霊の儀式を経て後継となり、現公爵の養子となる。
どのくらいで後継となるか、どのくらいで侯爵となるかはその時による。しかし、資質の問題か聖霊の気まぐれか、後継となる前に加護が失われることもある。
そのため、候補となったものは、数年間を王都の聖堂で教育する習わしがあった。
この国の人間は皆知っていることなので、リリアンに起きた出来事はすぐに広まった。
すぐに王都から使者がやってきて、リリアンが王都の聖堂に向かう日はあっという間に決まった。
せっかく育てた子を養子に出す事に抵抗する家族も居るが、一族そろって王都に移り住み、変わらずに家族として過ごすこともできるし、子が公爵になれば家族も貴族の扱いを受けられるので、神託が下りることは喜ばしいこととされる。
しかもリリアンは天涯孤独の身、教会で育ち、16となった今はシスターの手伝いをして子供達の面倒をみている。子供達は別れを惜しんでくれたが、教会の人たちや街の人たちには、おめでたい事として受け取られた。
聖堂からの迎えの馬車が来た日。
街中の人が見送りに来てくれた。野次馬も多いが、頑張り屋さんで心優しいリリアンは町の人気者、今回のことを心から祝福し応援する人も多い。
「今まで育てていただきありがとうございました」
「聖霊様もリリアンに目をつけるとは見どころがあるね。おめでとう、リリアン」
シスターマリアが目に涙をためて抱きしめた。
「リリアン、もしつらかったりしたら、神託なんてほっといていつでも帰っておいで」
「ありがとう、…そうならないように、がんばるわ」
馬車は出発する。遠ざかる故郷の街が見えなくなるまでリリアンは手を振っていた。
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「しばらく寂しいだろうが、王都は賑やかだ。慣れれば楽しくなるよ」
馬車の中で、これから世話役となる青年、ルーカスがいろいろと話してくれる。緊張や不安をほぐそうとしてくれている気持ちが伝わってきて、リリアンはほっと息をついた。
「君はラッキーかも。聖堂は4年前にノワール候補を受け入れたばかりだからね。まだみんな対応に慣れてるから。そういえばノワール候補は君と年も近いよ、4年前に13で候補になったから今17だ」
「そうしたら、一つ年上になるのかしら。心強いです」
「ちょっと変わったやつだから、頼るならボクにしといたほうがいいよ。あいつはちょっと特別。候補になって一年もたたずに後継になって、今はもうノワール公の補佐をやってる」
公爵は国の要職につく。ノワール公は国の宰相である。
「そんな優秀な人もいるんですね……」
「普通は後継の儀式まで3-4年かな、途中で辞めちゃうのも実は結構いるしね。本人がやる気がなくなると加護がなくなるみたい。逆に覚悟が決まると儀式になるのかな。ま、そんなに身構えなくていいよ」
「一応、街の学校は出たんですけど、ついていけるか心配です」
「だーいじょうぶ、スラム出身の候補者も、3年で何とかするすごいカリキュラムだから」
ルーカスは、聖堂の日常の話や公爵の話を楽しげに聞かせてくれる。
「ブラン公爵はすっごくいい人だから、キミも安心して。今の五公爵で変わってると言えばルージュ公かな、会ったら多分びっくりするよ。今女性の公爵はルージュ公だけだから、いろいろ教えてもらったらいいよ」
聖霊は出身や男女関係なく公爵を選ぶ。結果、いつどこで誰が選ばれてもよいように、基礎的な教育の機会や権利は平等に与えられている。聖霊によって選び方に特徴があるので実情は異なる場合もあるが、ブランは辺境の地から選ばれることが多い。そのため隅々まで教育が行き渡っている。ブラン領の学校を出ているなら大丈夫、という事だった。
「聖堂は候補の他に、王族とか公の推薦がある子も通ってるから、結構沢山人がいるよ」
「そうなんですか」
明るいルーカスの説明で、だんだん不安も解消されてくる。
ルーカスは聖堂の学び舎担当の一員で、担当の中で一番若いので今回世話役となったらしい。気さくなやさしい明るいお兄さん、といった感じで、リリアンは心が軽くなる。
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ブラン領の街道を王都に向けて進む。
ブラン候補の誕生は隠せるものでもないので、街道沿いの町で休憩するときには歓待を受けることもある。
この町でも、教会の広場に招かれた。
(どこの教会も、同じようなつくりなのね)
リリアンの生まれ育った教会との同じところ、違うところが興味深い。
「ブラン候補様も教会のご出身なんだってねえ。この教会は裏の庭が自慢なんだよ」
きょろきょろしていると、老婦人が、庭を案内しようと申し出た。
ルーカスは町長と何やら話しているようだ。後ほど教会でブラン候補に祈りをささげてほしいと言われたのでその打ち合わせかもしれない。
他の従者も忙しそうだ。少しくらいいいだろうと思い、ついていく。教会のわき道を抜けると、生け垣が美しい裏庭に出た。
「わあ、きれいにされているんですね」
リリアンが感嘆の声を上げる。
「そう言ってもらえると嬉しいね」
裏庭の奥に入る。ベンチがあり、そこに腰掛けるように促された。
なにかお話があるのかと座ったとき。
「いまだよ!」
「!!」
後ろから太い男の手が伸びリリアンを羽交い絞めにし口をふさいだ。
老婦人が懐からナイフを取り出す。
「うちの孫はブラン領で一番いい子って、評判なんだ。あんたはなんかの間違いだ!!」
そうつぶやいてナイフを振り上げた。
「間違いではないし、そういう親族がいる子供に神託は降らない」
「いたたっ!!」
後ろから近づいた赤い髪の青年が、ナイフを持つ手をひねり上げる。
そしてリリアンを羽交い絞めにする男を鋭くにらみつけた。
「ま、待ってくれ、俺はただ脅かすだけだって聞いて」
男は慌ててリリアンから離れる。青年は女を突き飛ばすと男を容赦なく殴り飛ばした。
「レオンー! リリアンは無事かー?」
バタバタとした足音と、どこか場違いに明るい調子のルーカスの声が聞こえてくる。
「はあ、はあ、何やってるんだよリリアン! 君はもう、結構、重要人物なんだからさ、そう、ふらふらしちゃダメだよ!」
走ってやってきたルーカスを見て、レオンは素早く二人を縛り上げる。
「ルーカス、ブラン候補に何を説明していたんだ。こういうこともあると言っていなかったのか?」
「だって最初からそんなこと言ったら、不安になるかと思って」
まだ息が荒いルーカスはリリアンに向き直る。
「説明してなくてごめん。候補に選ばれたい人って結構いるんだよ。それで候補を辞退させたり……殺したりしちゃえば、次に回ってくると思っている人もね、結構いるんだよね、そんな事ないんだけど」
「は、あ」
リリアンは恐怖と驚きで固まっていた。
「だから、ずっと護衛がついてたんだけど、怖がらせちゃうかなと思って。従者に交じっててもらったんだ。彼が君の専属の護衛だよ」
「レオンだ。王都に行った後もしばらく俺が付く。できるだけ見ているが、自分から危ないところに行くのはやめてくれ。それか俺を連れて行ってくれ」
不機嫌そうにレオンが自己紹介をする。
「不愛想だけど、悪い奴じゃないから、じゃんじゃん使って」
レオンはルーカスに言われて苦い顔をする。それを見てリリアンはようやく息を吐いたのだった。