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とまぁそんなわけでフェルヒ家の末っ子長女に就任し皆から可愛がられる日々を送ってるわけですが、ただ安穏としてるかといえばそうではなく。
1人、この屋敷には怪獣がいる。
ヤダモン怪獣その名をエックハルト兄様。
私がこの家に来た1年前、兄様は2歳になる前だった。
初めは一緒になって「かーいーねぇ」とキラキラ笑顔で覗き込んでくれたものだが、突如奪われた愛され末っ子の地位へのヤキモチと寂しさでひねくれた気持ちと第一次反抗期が重なり、見事な怪獣が生まれた。
何をしても「イヤ」、しなくても「イヤ」、あげく何が嫌なのか本人も分からなくなり泣きやめなくなる。
こうなるともう手に負えない。
抱っこしても、泣き止むまで見守ってみても、敢えて1人にしてみても、人を変えても、ひたすら泣き続ける。
見てる方は、息が止まるのではとハラハラする。
泣いてない時はと言うと、ひたすら母に引っ付いてる(物理)か、物を投げる、壊す、叩く、蹴る、引っ張る、わがままを言う、など暴れまわっていらっしゃる。
まぁ状況的に正直仕方ないんではないかな〜と、私なんかは罪悪感も感じつつ思うんだが、そんな兄様の一番のターゲットも当然私だったりする。
今日も我が家の数少ない使用人が忙しく動いてる。
私は空気を読んで大人しく部屋の中で玩具を使って一人遊びをしていた。
(中々思うように置けなくて難しかったが、後ちょっとっ・・・)
狙うは柱の上。横から当たらないよう慎重に目測を図りながら、そ~っと右手を近づける。
(もう、すこしっ・・・あっ!)
不意に現れた手が目標を軽く押した瞬間、ガラガラと音を立てて崩れていく。
(・・・あ〜・・・残念、置けなかったか)
右手にはこれが最後だった三角の積み木。
そう、もうすぐ完成しそうだったのは積み木の家だ。やっと1歳の我が身は中々動かすのも難しく、狙った所にいかなかったり、力加減が難しかったりで、意外と積み木積みが良いトレーニング兼暇つぶしに最適だったりする。後、お絵描きとか。流石にぬいぐるみとかでは遊べない、心が恥ずか死ぬ。
「ふーんだ! どうだ!」
(ふーんだ、て可愛いな・・・)
私が積んでた積み木を崩したのは勿論エックハルト兄様。目の前に立って私をドヤ顔で見下ろしている。が、元が良いので可愛くしか見えない。
(別に暇つぶしでしてたから悔しくもないし、どうしようかな、このままじゃ・・・)
ボーッと兄様を見上げながら呑気に考えていたが、案の定兄様の導火線に火がつきだす。
「なんだよ!」グイッ!
伸ばしてきた手が私の前髪を掴んで引っ張りだした。
「ぃ!(たたたたたたたっ、いたいっいたいっ)」
「あ!! 坊ちゃま、いけません! お離しください!」
部屋の中で、子守しつつ繕い物をしていた乳母が気付いて諫めるために声を掛けた瞬間、
ドン!!
「ふぇ」
ゴチッ!!
(いったーーーーーい!!)
声を掛けられて驚いた兄様が、掴んでた髪ごと思い切り突き放し、結果、頭の重い1歳児は受け身も取れず床で後頭部を強打した。ふかふかラグの上なのになんでこんなに痛いんだ!?
「ぅ〜ぅわ〜ん!」
こんな事で泣きたくないのに勝手に涙が出てくる。全く赤ちゃんって大変だ。
「あらまぁ、お嬢様、大丈夫ですか? 痛かったですねぇ」
乳母が抱き上げ頭を撫でながら慰めてくれてると、バタバタと廊下を走ってくる音がして突如部屋のドアが開いた。
「珍しくコルネリアの泣き声がしたけど、どうしたんだ!?」
入ってきたのは練習用の木剣を差したアルフレート兄様。そして時を置かずにフライムート兄様も現れる。
近くの部屋で勉強中だったフライムート兄様より庭で訓練中だったアルフレート兄様の方が速いって凄くない!?
「それが、その、後ろに転倒した際に積み木の角で後頭部を打ってしまわれて・・・」
(妙に痛いと思ったら床じゃなくて積み木だったのか)
乳母の説明で判明した痛みの原因。痛いはずだ。まだズキンズキンするが、いつまでも泣くのは恥ずかしい。ってかエックハルト兄様も思わず押しただけでわざとじゃないから泣き止んであげないと・・・。
「コルネリア〜、大丈夫か? 痛かったな、可哀想に。兄様が来たからもう大丈夫だぞ〜」
乳母の腕からアルフレート兄様が抱きおろし、頭を軽く撫でた後、ニパッと笑いながら高い高いをしてくれた。
まだ10歳なのに体格も良く力もあるのでフワッと浮き上がる感覚は意外と楽しい。
思わず笑ってしまうと、調子に乗った兄様が何度も上げ下げし始める。
しかし、フライムート兄様の尖った声が聞こえた途端、それも止まった。
「エックハルト、貴方が転ばせたのではないですか?」
「そうなのかっ!? エックハルト!」
フライムート兄様とアルフレート兄様に問いただされたエックハルト兄様は、叱られそうな気配に逆に気配が尖っていく。
「・・・ぅ〜、あぁ〜ぅ、んぅ〜(兄様達、私なら大丈夫だから怒らないであげて)」
「エックハルト、正直に言いなさい。」
「エックハルト。コルネリアはまだこんなに小さいんだぞ? お前も男として下の弟妹は守らなければいけない。ましてや、お前自身が危害を加えるなどあってはならないことなんだ。わかるか?」
(やっぱ伝わらなかったー!)
冷静で常に正しくあろうとする次兄と、騎士を目指す長男らしく優しく諭そうとする長兄だが、それは悪手。案の定・・・
「ちあない!! エークハリュトじゃないもっ!! きぁい!! きやい!! あっちぃけ!!」
(あ〜、爆発しちゃった・・・怒りすぎて舌っ足らずになってるし・・・)
手当たり次第に先程の積み木を投げまくり、積み木の入っていた木の箱も投げようとして重くてすぐ目の前に落ちたことにまた怒り、最終的に泣き伏して「イヤだ〜っ!!」を連発するエックハルト兄様。
こうなると泣き疲れるまで待つしかないので、私達は乳母から散歩を言い訳に早々に部屋を出された。
私の子守は暫く兄達にバトンタッチだ。
「エックハルトがすまなかったな、コルネリア。あいつももう少し成長すれば落ち着くと思うんだ。許してやってほしい。」
のんびりと気持ちの良いそよ風と、揺れる花々は見てて心が和む。しかも視界の低い幼児の目には、花に付いた小さな虫達がものすごく幼心を擽られる。
そんな中、傍で見守ってくれていたアルフレート兄様が、そっと頭を撫でながら呟いた。まだ10歳なのになんて素敵なお兄ちゃん!
「あー、うぅー、あーぁ(気にしてないから大丈夫! 仕方ないよ、やっと3歳だもん)」
ニパッと笑ってみせると、兄達も少し和んだようだ。幼児の笑顔は癒やされるからね! 私なんかで良ければ存分に癒やされると良いよ。
「コルネリアはお利口さんですね。できればエックハルトのようにイヤイヤ言わずこのまま素直に育つのですよ。」
「うー!(任せて!)」
フライムート兄様からも撫でられご満悦になりつつ、エックハルト兄様が気になってつい屋敷の方を見てしまう。
「なんだ、コルネリアはもう帰りたいのか? 疲れたのか?・・・そろそろエックハルトも泣き止んだようだし戻ってみるか。」
結構な時間外にいたので確かに疲れた、というか眠いかな? 小腹も空いたし、おやつを貰ってお昼寝しようかな。なんて思っていると正門の開く音がして、馬車が入ってくる。
「母上がお帰りだ。」
玄関を潜りかけていた体を反転させた兄達が、ポーチに停まる馬車を出迎える。
降りてきたのは茶会に行っていた母。
「母上、おかえりなさいませ。」
「あらまぁ、お出迎え有難う。帰ってすぐ顔が見られるなんて嬉しいわ! ・・・エックハルトはもしかしなくてもまた泣いているの?」
「先程泣き出してしまい、私達は一度退出して散歩していたところです。声が聞こえなくなったので、今から戻るところでした。」
フライムート兄様が母を出迎えてエスコートしようと手を差し出せば、母も嬉しそうにその小さな手に自らの手を乗せて可愛らしいエスコートに一際嬉しそうな笑みを覗かせるが、先導して歩きだしたアルフレート兄様が母の問いに答えると、僅かに眉を曇らせた。
「そう。・・・泣いてばかりではあの子もキツいでしょうに。弟妹の面倒を見てくれて有難うね、アルフレート、フライムート。」
母はそう言うと、兄達と私のこめかみに順にバードキスを贈り、優しく撫でてくれた。
「ん、まぁ〜ぁ、あぅ〜(聖母の微笑みの威力やば〜、じゃなくて、こっちこそごめんねお母様)」
私達に向ける母の笑顔はホントに慈しみ溢れた聖母のようで眩しく心が温かくなる。
「私がエックハルトの所へ行くので、もうしばらくコルネリアのことをお願いしても良いかしら?」
「問題ありません。しばらく外に出て疲れたようなので、おやつをあげて休ませておきますね。」
「有難う、よろしくね。」
もう一度兄達の頭を撫で軽く抱き締めると、母は急ぎ足で子ども部屋に向かって行った。
「さぁ、コルネリアは兄様達とおやつを食べような〜。」
「あーぅ!」
「・・・二人とも、夕食が入らなくなるほど食べすぎてはいけませんよ。」
「わ、わかっってるさ! なぁ、コルネリア?」
「ぅ、うー!」
賑やかな兄達とおやつを食べ、たっぷりお昼寝した後は、勿論夕食もしっかり完食しました、まる。




