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【第四話(終)】決断

 白崎は急に泣き出す心愛に、まだどこか痛むのか?と的はずれな質問を投げ掛けてくる。

 心愛馬鹿馬鹿しくなってこれ以上考えることを放棄すると、ゆっくりと立ち上がった。

「お、おい…」

 白崎に引き留められるが、何も言わずまだ痛みが残る身体を引きずりながら、アパートに向かう。



「大丈夫かよ、無理すんなって…!」

 白崎に手を捕まれるが、すぐさま振りほどくと、涙で濡れた目で睨みつける。

「来ないで!」

 そう言うと、無理矢理重い足を持ち上げて、走ろうとするが言うことをきかず、その場に倒れ込んでしまった。

 地面に激突する寸前で、黒木が心愛を抱き止める。



 だが心愛はそれを拒むように、残りの力を振り絞って押し退けた。

「触らないで!

どうせ心配なのは私じゃなくて、ルビーハートなんでしょ!

だったら、それ以上優しくしないで!」

 初めて見せる心愛の表情に、黒木はそれ以上は何も言わず、ただただ見守るしかできなかった。



 その夜、心愛を除く三人で話し合った結果、姫も暫くはこのアパートに住まうことにした。

 一人ならそれなりに広い部屋が、四人となると許容範囲を超えていて、息苦しい。

 早くなんとかして、ルビーハートを手に入れたい。

 そして、元の世界に戻りたい。

 三人は各々の思いを巡らせながら、狭いリビングで眠りに着いた。



◇◆◇



 白崎と黒木がこの世界に来てから、十日目の朝。

 日曜日と言うこともあり、心愛はいつもより遅く目を覚ました。

 時計を見ると、10時を回っている。

 いつもやかましい二人の声が聞こえない。

 不思議に思い、心愛は体を起こすと、白崎の声が耳に届いた。

「おはよ。もう大丈夫か?」



 相変わらず昨日何故泣いたのか分からない様子の白崎に、肩を落とす。

 黒木と姫もそこにいた。

「全然大丈夫じゃない」

 素直に答えると白崎が慌てる。

「だったら寝てろよ!それか、なんか食うか?

雑炊とか…」

 そういう意味じゃない、と心愛は首を振る。

 白崎はどうしたらいいのかと、困惑している。

 心愛は一層深く溜め息をつくと、白崎の腕を引っ張り唇を触れる寸前で止めた。



 白崎の心拍数が上がっているのが分かり、意地の悪い笑みを浮かべる。

「キスすると思った?」

 そう言うと心愛は白崎の腕を放した。

 白崎はまだ何が起こったのか分からず、放心している。

「昨日ね、あれから考えてたんだけど、なんで心君はお姫様に人間に戻って欲しいの?」



 唐突に聞かれて白崎は、一瞬口をつぐんだ。

 そして暫くして、ゆっくりと話出した。

「俺は…、元々姫様の護衛になる前は、単なる傭兵だったんだ。

でもある日、姫様と出会って護衛になれって言ってくれた。

だから、姫様は俺にとって、恩人でもある。

だから、姫様には人間に戻って欲しいんだ」

 


 なるほどね、と心愛は心の中で呟いた。

 (案外ちゃんとした理由だったんだ)

 とも思った。

 そして今度は、先程から何も言わない黒木に視線を向ける。

「無心君は?」

「え…?」

「無心君はなんで、ルビーハートが欲しいの?」



 まさか自分にも振られるとは思っておらず、呆気に取られていると、目を閉じてゆっくりと話し始める。

「俺は前にも言ったと思うが、元々こんな人間ではなかったんだ。

白崎程ではないが、明るく年相応の少年だった。

だが、母親を殺されたことをきっかけに、ルビーハートを失い、今のような残忍な性格になってしまった。

だから俺は、ルビーハートを取り戻し、人間に戻りたいんだ」


 

 心愛は改めて二人のルビーハートに対する熱意を聞き、胸が傷んだ。

 いつまでも好きな人ではない人とキスなんかできないなどと、甘えている訳にもいかない。

 心愛は胸の前で拳を握り締めた。

「私もね、このままじゃダメだなって思ってるの。

いつかは決断しなくちゃって。

ずっと思ってたよ。

人の痛みが分からなくなればどんなに楽かって。

でも、それで化け物になるのはもっと嫌」


 

 心愛は一度区切り、ゆっくり深呼吸をする。

 一体どんな決断を下すのかと、三人がハラハラしながら心愛を見守る。

 

「皆の気持ちも良く分かるの。

皆願いが叶えばいいなって。

でもね、自分を犠牲にしてまではできない。

だからね、このままでいたいんだ

ごめんね…」

 


 三人は唖然とした表情で心愛を見つめた。

 考えもしなかった答えだった。

 だがその反面、それでもいいと思えた。

 心愛を化け物にしてまでルビーハートを手に入れることに、白崎と黒木は良しと思えなかったのだ。



 しかし、そう思わない者が一人いた。

 愛胡桃だ。

「待て心愛!そんなの許さぬ!

私は人間に戻りたい!

もうこの手で人を殺めるのは嫌なのだ!」

 姫が、怒りを爆発させて、胸の内を叫ぶ。



 とその刹那、辺りに一際輝く美しい紅い石が眼前に現れ、四人は目を見張った。

「まさか、これは…!」

 皆の意見が的中した。

 そう、まさしく皆が求めたルビーハートである。

 その宝石はキラキラと輝きを放ちながら宙を舞い、心愛前で止まった。

 心愛がゆっくりと手を伸ばすと、その石は心愛の掌に収まった。



 それを姫が奪い取ろうと手を伸ばしたが、紅い電撃に阻まれた。

「姫様!」

 熱い電流のような物が体内に流れ、姫はその場にうずくまる。

 心愛は何故ルビーハートが現れたか分からず、困惑していた。

 しかし、心愛はまるで石が、自分にこう語りかけているようにも思えた。



「誰にあげるかは、自分で決めろ」、と。

 すると心愛は石を握り締めて目を閉じると、暫く瞑想に耽った。

 漸く目を開けると、それを姫に差し出した。

「それが、そなたの答えか?」

 こくり、と心愛が頷く。

 まるで全てを理解しているかのように、心愛が自身に満ちた笑みを浮かべている。



 姫は手を伸ばし、それを受け取ると口含み、ゆっくりと嚥下えんげした。

 すると、目映い光が姫を包み込むと、先程まで殺伐としていた姫の空気が消えて行く。

 暫くして、姫が目を開けると、心愛を優しく抱き締めた。

「ありがとう、心愛。

あなたのお陰で人間の心を取り戻すことができました」



 優しい笑顔、優しい声、それは紛れもなく化け物になる前の姫であった。

「姫様!」

 白崎が満面の笑みを浮かべる。

「姫様!元に戻られたのですね!」

「白崎も、苦労をかけてごめんなさい」

「とんでもございません!

姫様の為ですから!」



 人間の姿に戻り喜びあっているのをただただ見ていた黒木が、重い唇を開いた。

「良かったな、白崎。

姫が人間に戻れて」

「無心君…」

 掛ける言葉がなく困惑している心愛を見かねた姫が、黒木に向き直る。

 一歩踏み出して、両手で頬を包むと、深く口付けた。



 その瞬間、また辺りは目映い光が現れる。

 しかし、先程とは違いルビーハートが現れる訳ではなく、ただただ光が黒木と姫を包むだけである。

 長い口づけのあと、二人は同時にゆっくりと目を開ける。



「これは…」

 黒木は半ば放心状態で、姫を見つめる。

「これでもうあなたも、人を殺めなくて済むわ」

 言うと黒木は、徐に銃を納めていた宝具に手をかけ、銃を解放した。

 しかし、今まで銃を持つと沸き上がった殺意が全くない。

 黒木の手から銃が滑り落ちると、まるで面のように張り付けていた顔の変わりに、柔らかい笑みを浮かべていた。

 それは、文字通り、年相応の少年だった。



 その表情に心愛は不意を打たれ、思わず胸が高鳴った。

「本当に、人間の時とは違うんだ…。

私、こっちのが好みかも…」

 その言葉に白崎が慌てる。

「なっ、何言ってんだ!

そんなのダメに決まってんだろ!」

「はぁ?何言ってんの。別に私のこと好きな訳じゃないんでしょ?」



「そうだよ、白崎君。

心愛さん、困ってるじゃん」

 喋り方までも全く変わっている黒木に、さすがに二人は違和感を覚えて、苦笑いをする、心愛と白崎であった。


◇◆◇



 余談であるが、これから三人が異世界に帰るのは当分先で、白崎と心愛、黒木と胡桃が恋人になるのは、まだ先の話である。



〈完〉


ーーーー


ここまでお読み下さりありがとうございました!

もし宜しければブックマークや感想下さると、幸いです!


 

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