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【第二話】ルビーハート

 時計を見ると長針が7時前を差している。

「やばっ!急がなきゃ!」

 遅刻と言う訳ではなく、寧ろだいぶ余裕がある。

 慌てる心愛ここあに二人は不思議そうな顔をする。


「何故そんなに慌てるのだ?

学校は8時間15分からだろ?

まだ充分間に合うではないか」

 確かにそうなのだ。

 普通の高校生ならば。



 だが心愛は普通の高校生ではなく、人の痛みが分かると言う特異体質である。

 満員電車にも乗ろうもんなら、全身を蝕まれる、まさに地獄であった。

 だからなるべく人が少ない時間帯を選んで登校していたのだ。

(心愛は心愛で苦労しているのだなぁ…)

 黒木くろきは心愛に習って急いで残りのご飯を食べ終えた。



◇◆◇



 心愛達の通う学校は下宿先から電車で一駅のところにある。

 寮に通うことができたら徒歩で通えたのだが、何分寮費が高かった。

 自分で作らなくとも朝ごはんと晩ごはんが食べれて、学校には徒歩で通える、そんな高校生活を理想としてい たが、寮費と言う壁にその理想は打ち砕かれたのである。



 空は雲がゆるやかに流れていて、朝露がに草木が濡れている。

 心愛は朝早くに家を出る理由は、この風景が好きだということもあった。

 毎日この特異体質に悩まされた時、唯一の癒しの一時で、早起きした物にしか味わえないご褒美である。

 振り替えると、白崎しろさきと黒木も同じく、心地よさそうな表情をしていて、思わず顔が綻びる。



 心愛は立ち止まると、両手を大きく広げて、吹き抜ける風を受け止める。

「あたしね、この空気が一番好きなんだ。

嫌なドロドロした気持ちを洗い流してくれるみたいで」

 と、まるでパッと花が咲いたような笑顔を向けた。

 二人は、心愛と出会って初めて見せる笑顔で、少しだが胸が高鳴った気がした。



 駅のホームは努力の甲斐があってか、平日だと言うにも関わらず人は殆どおらず、いても清掃員の人や、早出のサラリーマンが数人いるくらいである。

 これでも人の痛みを受けることはあるが、それでもまだ幾分か気は楽であった。

 人が増えて来る前に二つも早い電車に乗り込もうとした時、三人は不穏な空気を敏感に感じ取った。

 ズキッ、心愛の頭に目眩のような酷い痛みが襲う。

全身の重みを受け止められず、線路に倒れ込みそうになる。


 咄嗟に黒木が心愛の腕を引っ張り抱き止める。

「大丈夫か?」

 心愛は黒木の腕で荒々しく呼吸をする。

 すると、背後に先程まで隣で電車を待っていた通勤中らしき女性の影が現れた。

 化け物だ。

「嬉しい…。こんなとこでルビーハートに出会うなんて!」



 化け物は鋭く尖った爪で二人を引き裂かんと、腕を振りかぶる。

 心愛に気を取られて、気付くのが遅れてしまった。

 銃が納められている宝具に手をかけようとした瞬間、化け物の身が切り裂かれ、鮮血が広がる。

「ぎゃあぁああ!」

 化け物は悲痛の声をあげて、浄化した。


「貸し、一個だな」

 刀を肩にかけながら、ニヤニヤと白崎が笑っている。

 まさか、白崎に助けられるとは。

 黒木は表情にすら出さないが、部が悪そうに心底悔しがっている。

 未だ熱を帯びて苦しんでいる心愛を姫抱きにして、立ち上がった。



「礼は言わんぞ。

お前が守ったのは俺じゃなく心愛だ。

俺が守られた訳ではい」

 あくまで否定する姿勢である。

 嫌いな相手だからかも知れないが、相当見栄っ張りだ。

「けっ。口の減らねぇ奴」

言い捨てて白崎は刀を宝具に戻した。



 一体何事かと周りがざわつく。

 いつの間にか人集りができていた。

 それは体調が悪そうな心愛を心配する者や、イケメンに姫抱きにされて羨ましいと思う者など、色んな意味が混じりあっていた。

 そんな女性達に注目されてることなど露知らず、黒木はまだ乗客が少ない電車に乗り込んだ。




 ◇◆◇



 心愛ここあは学校の保健室で目を覚ました。

 熱はすっかり冷めていて、授業に出られるくらいには回復した。

「もう大丈夫なのか?」

 黒木の声が聞こえてそちらに視線を向けると、その瞬間黒木の温もりが甦って来て急に恥ずかしくなる。

「まだ顔が赤いな…」

「なっ、なんでもない!

もう大丈夫だから!」

 心愛は慌てて顔を布団で隠す。



「無心君がずっと看病してくれてたの?」

「あいつならと学校に着くなり、友達とやらに連れて行かれた」

 友達に連れて行かれた…なんて、やや物騒な表現ではあるが、ただ一緒に教室に行っただけだろうと心愛は思った。

 どうやらそれなりに、この異世界にも馴染んでいるのであろう。

 それは、白崎の天性の才なのだとも思う。



「白崎の方が良かったか?」

「ううん、そんなことないよ。

心君に比べて、無心君の方が静かだし落ち着くから…」

 

 それはなんの悪意のない、本心からの言葉だったが、どうやら黒木はそうは捉えなかったようだ。

 少し俯き加減に、やっくりと口を開いて語り始める。

「俺がこんな性格になったのは、ルビーハートを失ってからだ…。

それまでは、白崎程ではないが、もっと年相応の…明るい少年だったのだ」


 

 黒木はどこか遠い記憶に思いを馳せているようだった。

 遠い遠い、ルビーハートを失う前の記憶。

 それは一体どんな物で、黒木が言うことが本当ならば、昔はどんな性格だったのだろうか。

 心愛は少し、興味が沸いた。


 

 黒木は無表情のまま、どこか寂しそうな顔を浮かべているように、心愛の頭を撫でる。

「お前は俺がルビーハートを取り戻して本来の姿を取り戻したら、幻滅するだろうか?」

 まるで本心を見透かされたような台詞だ。

 心愛は透き通る目に、吸い込まれそうな感覚を覚えて、目を反らす。

「幻滅なんて…」



 そもそも、ルビーハートを手に入れたら元の世界に帰るのに、それ以上のことがあるのだろうか?

 と言うより自分は、どちらかを選べるのだろうか?

 いやむしろ、本当に選ばなくてはいけないのだろうか?

 色んな思いが心愛の胸の中をかき乱す。

 


 ふと、心愛はある疑問が浮かんで視線を黒木に戻す。


「そういえば、ルビーハートが失くなったら私はどうなるの?」

 その瞬間、黒木の表情が明らかに陰りを帯びて、不穏がよぎる。

 暫く沈黙した後、黒木は重い唇を開く。

「俺同様、人間の心を失うことになる」

 心愛の全身から血の気が引いて行く。



「人の心を失くすって、それって…!」

 その言葉はチャイムの音にかき消されてしまった。

 重い沈黙が流れていたが、ドアが開いたと同時に破られた。

「大丈夫か、心愛!つーか黒木、お前何もしなかっただろうな?!」

 心愛は思わずがっくりと肩を落とす。

 緊張感が台無しである。

 だが、心愛はむしろそれがありがたくて、今回ばかりは白崎に感謝した。


 


◇◆◇



 異世界、ブラン王国では、化け物と化した哀れな姫こと愛胡桃あいくるみが暴れていた。

 尖った耳、鋭く尖った長い爪は一見人間の姿を纏っているものの、人間の臓器を貪る様は、まさに化け物ないし殺戮の舞台女優と言ったところである。

 化け物と一口に言えど様々で、ただただ人の苦しむ姿を見て楽しむ為に殺す者も言えば、空腹を満たす為に殺す者もいて、姫の場合は後者である。

 元々、人の痛みが分かる心優しき姫であったが、戦争の凄惨さを目の当たりにし、気が狂った結果、優しさがむしろ人を傷つける道具でしかないことを知り、自らルビーハートを手放してしまった。



 同じく自らルビーハートを手放した黒木と違うのは、人間の心の残量にあった。

 かろうじて人間の心を持っていた黒木は、まだ心を制御コントロールできるが、人間の心を全く失ってしまった姫は、制御コントロールできない。

 だから自分の意思関係なく、気のすむまで人を殺め続けるのだ。

 まるで人の命をを弄ぶかのように…。



 そんな姫の姿がいたたまれなくなり、ルビーハートを求め遠路遙々異世界に来たのが、白崎なのだが…。



 

「全く、白崎は今何をしているのだ!

ルビーハートはまだ見つからんのか!!」

 ガシャン!と姫の寝室から、硝子が割れるような音がして、側近で姫の世話をしていた男が慌てて飛んで来た。

「どうなさいましたか、姫様!」

 ギロリ、と鋭く睨みつけられて、男はヒッ!と肩を震わせる。

「どうなさいましたかじゃないわ!

ルビーハートはまだ見つからんのかと聞いているのだ!!」



 姫はたまにこうして癇癪を起こし、暴れ回り部屋中の物を壊すことがある。

 割れた硝子の音の正体は、丁寧な装飾が施された男の給料など半分は飛びそうな、効果な坪だ。

 男は暴れまわる姫を取り押さえるが、化け物になってからは鍛え上げられた男一人の力では押さえられない程に強く、あっさりと振りほどかれた。


 

 その時、西の空に先程まで輝いていた月が、虹色に光り始めると、姫は急に大人しくなり、そちらに視線を向ける。

 姫とは対象的に、男はどよめき声をあげる。

「なっ、なんだあれは!月が虹色に…!!」

 その瞬間、強い光が現れたかと思うと、姫がその光の中に吸い込まれて行った。

 自分一人を残して…。




◇◆◇



 その頃、心愛達は学校を追え、家路に着いていた。

 三人とも当然の如く帰宅部なので、放課後のチャイムが鳴ったと同時に、さっさと学校を出たのだ。

 スポーツが苦手な心愛はともかく、二人は何かに所属すればいいのに、と思う。

 実際、体育初日から二人共年相応と思えない身体能力っぷりを発揮して、各スポーツ部からの勧誘が絶えなかったのだ。



「別に良かったんだよ?部活、断らなくても。

私は一人でも帰れるし」

「そんな訳には行かないだろう。

俺と白崎が二人いても、今朝みたいに襲って来る奴もいる。

それに、お前を守るのが俺の役目でもある」

 一見紳士的なことを言ってるように聞こえるが、本当の目的を知ってる以上、素直に受け入れられないのが、心愛の本心である。



「そうだぜ。それに、襲われなかったとしても、その体質上四六時中見張っとかないと心配だもんな」

 後頭部に手を回して、はにかみながら白崎は言う。

 なんだか、この裏表のない笑顔に、心愛は身を許してしまいそうになるが、迷いを振り払うように首を振る。

 

 最初こそ、こんなイケメン二人と生活するなんて、おとぎ話のようで全く現実味がなかった心愛なのだが、流石に三日目ともなると、いよいよ現実であることを受け入れなくてはならない、と考え始める。



 こんな人の痛みが分かる体質なんてなくなればいいのに、それは長年の悲願であった。

 だが、その体質を失えば、自分も化け物になってしまう。

 今まで自分を襲った人みたいに…。

 

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