第八章 進君と果し合いの関係 6
本日2話目の投稿です。
第8章完です。
楽しんでいただけると幸いです。
「お兄ちゃん!イスム!」
「龍君!」
舞香と綾香が河川敷公園に現れたのは進が倒された回数がちょうど九十回になった時だった。蒼かった空が赤くなり、もうすぐ陽も沈んでしまいそうな時刻になっていた。
何故二人がここに現れたかと言うと、放課後龍之介に会うために龍之介の教室へ行った綾香が、「平なら、生徒会の後輩の男子と果し合いだってよ」と龍之介の友達から聞き、舞香と一緒に二人が果し合いをしそうな場所を探し求めてあちこちさまよい、今ここにたどり着いたからであった。
「お兄ちゃん、一体イスムと何をしているのよ」
「ケンカしている」
「そんなことは見れば分かるわ。舞香が聞きたいのはそこじゃなくて」
舞香はかなり矛盾した事を言ったが、本人は興奮していてその点には気がついていなかった。
「なんでお兄ちゃんとイスムが闘っているのかってことを聞いているのよ」
「こいつは、俺の事を許せないと言ったんだ。『女の子たち』を泣かせる俺を、な。だから、闘っている」
その兄の言葉を聞いた舞香はハッとなった。兄が、『女の子たち』と発言する時に舞香に向けた視線と兄の口調から、ピンと来てしまったのだ。兄の言う『女の子たち』と言うのが誰の事なのか。進が誰のために闘っているのか。それが分かってしまったのだ。
分かってしまった舞香は、頬がほころぶと同時に目から涙がこぼれた。それは正と負、二種類の感情が心から溢れた印であった。
ただ、今の舞香にはそんなに長く感傷に浸っている時間は無かった。舞香の見る限り進は既にボロボロで闘えるような状況ではない。このままじゃイスムが危ない。二人を止めなければならない。と、舞香は思った。
「お兄ちゃん、やめて。このままじゃ、イスム。死んじゃうよ」
「そうだよ、龍君。いい加減にしなよ」
綾香も舞香に追随して意見するが、龍之介は、
「お前ら、止めるんじゃない。これは漢と漢の決闘だ。決して女が口を挟んでいいものじゃない」
と、普段舞香や綾香に言わない様な漢らしい台詞を吐くのだった。
「でも」
「いいか、こいつは俺に最初から勝てないのを承知で勝負を挑んで来ている。もし、万が一、お前らが止めに入ったからといって俺がこいつに背中を向けて帰ったりしたら、こいつの心意気が無駄になる」
「そんなこと言っても……イスム、ボロボロで傷だらけじゃない」
「ケンカでできた傷は漢の勲章だ。女があれこれ言って汚していいものじゃない。それとも、お前らはこいつの勲章を土足で踏みにじるつもりなのか」
龍之介はグッと拳を握ると、鋭い声と、
「そんな事はこの俺が許さないぞ」
二人に見せた事がない様な恐い顔で言った。龍之介がそう言った所で、今まで地面に倒れ伏していた進も立ち上がり、
「会長の言う通りだ。だから、姫様と綾香ちゃん。止めないでくれ」
二人にそう頼みこんだ。
こうなると舞香と綾香にできる事は見守る事だけだった。
「さあ、岩清水。かかって来い。お前の気が済むまで相手をしてやる」
「はい」
それから、進が挑んでは龍之介に倒され、また、進が挑んでは龍之介に倒されという繰り返しが再び始まったが、進が倒される事、計九十九回。進、百回目の挑戦にて、
ドカ。
「うぐっ」
「はは、やった。ついにやったぞ」
進の渾身の蹴りが龍之介のみぞおちを捉えた。急所に一撃をくらった龍之介は、よろめいて地面に膝をついた。
同時に力尽きた進も地面に倒れた。倒れたが、何とか最後の力を振り絞ると、仰向けに体をひっくり返した。
「岩清水、いいキックだったぞ。お前もようやく漢になれたようだな」
龍之介が進にそう声を掛けてやると、進は、
「へへへ、どうもありがとうございました」
龍之介に短くお礼を言うと、そのまま気を失ってしまった。
それを見た女性陣の顔がたちまち蒼くなったが、龍之介だけは落ち着いた様子で倒れた進に無言で近づいて行くと、傷の具合を見るため進の体に触った。
進の体に触って命に別条がなさそうなのを確認した龍之介は、
「舞香、後はお前が介抱してやれ」
そう舞香に命令すると、
「綾香、俺たちは帰るぞ」
綾香を引き連れてその場を立ち去った。その帰り道で、
「やっぱり、今からでもひき返して、私も岩清水君の手当てを手伝った方がいいかな」
と、綾香が言い始めた。だが、龍之介は首を振って、
「余計な事はするなよ。いいから、二人きりにしてやれよ」
そんな風にやんわり止めるように促したのだが、綾香は意外にしつこかった。
「でも、舞香ちゃん、傷の手当てあんまり得意じゃないし」
「お前も、案外強情だな。まあ、しょうがないか」
仕方なく龍之介は最後の手段をとる事にした。龍之介は綾香の後ろに回ると、
「ちょっと、龍君」
ひょいっと後ろから綾香を抱きかかえる様に抱きあげ、
「言う事聞かない悪い子にはお仕置きだ」
綾香に無理矢理キスをした。最初は、
「こんな天下の往来で……恥ずかしいよ」
そう龍之介の事を拒んでいた綾香だったが、龍之介にキスされているうちにそんな事はどうでもよくなり、最後には、
「龍君。私、幸せだよ」
そう言いながら、今度は自分から龍之介の胸に抱きついて行くのであった。
***
一方、残された進と舞香の方はというと、
「イスム、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。大分楽になって来たよ」
「よかった」
ようやく意識を取り戻した進を舞香が介抱していた。二人は河川敷公園の真ん中にあるベンチに移動してきており、そこで舞香が膝枕してやりながら、進は横になっていた。
「でも、あんたバカすぎ。あんたがお兄ちゃんにケンカ挑むなんて無謀にも程があるわ」
「そうかな」
今現在こそ舞香もこうして進の悪口を言える程になったが、
「イスム、死んじゃイヤだあああ!」
先程まで、中々目を覚まさない進を心配して大声で泣いていたのだ。そのせいで、舞香の化粧は大分剥がれ落ちていた。
でも、化粧なんかしていなくても舞香は可愛らしかった。前に舞香の家に行った時もそうだったが、寧ろ、そちらの方が清楚な感じがして進の好みだった。
そんな舞香のすっぴん顔を見て進は思った。
――『心の中身が顔に反映される世界では醜い女』っていう、こいつの噂。あれは嘘だな。だって、他人の為にこれだけ泣ける女の子の心が醜い訳がないじゃないか。
明日は10時投稿の予定です。
活動報告にも書きましたが、今度新作を投稿する予定です。
この作品を気に入っていただけた方なら気に入ってもらえると思うので、そちらの方もよろしくお願いします。