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第八章 進君と果し合いの関係 3

本日の投稿です。

よろしくお願いします。

 ――こいつはこんな三文芝居のパフォーマンスをすれば僕が何もせずに笑って許してくれると考えているんだろうが、そうは問屋が卸さないぞ!

 進は手渡された短刀をポイッとその場に投げ捨てると言った。

「君の気持ちは受け取った。でも、僕には君を刺す事はできないよ」

「なんで舞香を刺さないの?舞香の事が憎くないの?」

 ここまでは舞香の中で既定路線だったのだろう。そう言う舞香の顔にはどこか安堵の色があった。だが、進から返って来た返答は舞香の予想とは異なるものだった。

「君を刺しても問題は解決しない。だから、刺したりしない」

 進はつれない態度で舞香にそう言った。

 進が普段見せた事がない態度でそう言った事に、舞香は戸惑い、困惑した。

「刺す気がないんだったら、舞香を殴るなりなんなり好きにしてくれてもいいのよ」

 舞香は懇願するような声でそう代わりの提案をしてみたりもしたが、

「殴ったりもしない。殴っても、君を刺すのと同様に問題は解決しないし、それで君の事を許した事になるから」

 やはり進の態度はつれなかった。

「許したことになるからって……イスムは舞香がここまで言っているのに、舞香のことを許してくれないの?イスムのイジワル」

 舞香は上目づかいにジト目で進の事を見ながら甘える様に言ったが、進は手厳しかった。

「甘ったれるな!君は一応僕を殺そうとしたんだろ?こうして河川敷に僕を呼び出して謝ったくらいで、そんなに簡単に許してもらえると思うなよ」

「じゃあ、イスムは絶対に舞香のことを許してはくれないの?」

「そこまでは言っていない。君の態度次第だ。だから」

「だから?」

「だから、まず、君にはもう少し苦しんで欲しい」

「苦しんで欲しいって……イスムはそんなに舞香のことが憎いの?舞香が苦しんでいる所を見て笑いたいの?」

「そんな訳がないだろう。確かに姫様に殺されかけた事を怒ってはいるけど、だからと言ってそれで姫様を憎んでいる訳ではないし、ましてや、姫様が苦しんでいる所を見て笑うなんて悪趣味を僕は持ち合わせていない。僕はサディストじゃないからね。ただね」

「ただ?」

「もし、ここで君が苦しみ、それで悩む事がなければ、君は変わらないだろう?一生そのままだろう?君は変わらなければいけない。今ならまだ間に合うけど、このままだとすぐに取り返しがつかない所まで行ってしまうだろう。そうなれば君の一生が台無しになるぞ」

「舞香の一生が台無しになるって……そんなこと、イスムに言われる筋合いはないよ」

「ああ、確かにそうだ。僕たちはそんな関係じゃない。でも、だからこそ敢えて僕は君に忠告する。近しい人は誰も君に忠告できないから」

 進は舞香の肩をがっしりと掴むと、ある限りの胆力を込めて舞香に訴えかけた。

「いい加減に目を覚ませ。そして、気付けよ。君はお兄さんに依存し過ぎだ。でも、お兄さんは君に全然依存していない。互いに依存しあう関係にならないと、恋人に何かなれっこない。ましてや夫婦なんて無理だ。その事に君は気がついていない。だから、君は他人に不幸を撒き散らしまくっているし、自分自身をも焼いて苦しんでいる。だから」

 進はグッと唾を飲み込み、

「お兄さんの事はもう諦めるんだ。それが、僕が君の事を許す条件だ」

 舞香に自分が舞香の事を許す為の条件を提示した。

 だが、その兄の事こそ舞香の生き甲斐であり、舞香は今までの人生の中で多くの時間を兄に費やしてきたのだ。兄の事を否定する事は舞香の生き方を否定する事なのである。

生き方を否定された舞香は、当然、顔を真っ赤にして目を釣り上げた。

「そんなことはできないよ。だって、お兄ちゃんこそが舞香の生き甲斐だもの」

「そんな事はないさ。前に『限界だ』って言っていたのは姫様じゃないか。あの時の気持ちを思い出して、他の生き方を見つければいいじゃないか。世の中にはいろいろな選択肢がたくさん転がっているはずさ」

 その進の助言に、「でも、でも」と、舞香は子供の様にぐずった。

――不思議だ。何故こいつはこんな顔をするのだろうか。

 普段の進に対する舞香の扱いを考えると、今の舞香の反応は到底あり得ないものだった。

 ――舞香は悩み苦しんでいる。それは間違いない。だが、それは僕の狙い通りだから良い。それでこそ舞香は成長できるのだから。お兄さんから自由になれるのだから。

そう、進に取って舞香が進に「お兄ちゃんを諦める」と言うかどうかはどうでもよかった。舞香が悩み、会長から距離を置いて自分の事を考えられるようになってくれればそれでよかった。そして、それができれば舞香の事を許してやるつもりだったのだ。

――だが、こんな風に悲しそうな顔をしてぐずるのまでは想定外だ。せいぜい、悩んでふて腐れた顔で黙り込むくらいが関の山だろうとしか考えていなかったのに。

進には舞香が分からなくなった。

――何せ、お兄さんと添う為に僕を殺そうとした女だ。逆ギレして、「それなら許してもらわなくて結構よ」位言ってもおかしくないはずなのに。それなのに、何故こいつはこんなに悲しそう何だ。これでは、舞香が会長と僕。両方諦めたくないみたいじゃないか。まさか、本当に……

「舞香は君に心を開き始めているよ」けいちゃんの台詞が進の頭をよぎる。

 ――いや、こいつに限ってそれは無い。こいつの事だ。自分の作戦が失敗して、僕に許してもらえなくて、気持ちの整理がつかなくて、モヤモヤして、駄々をこねているだけさ。要するにこいつは我儘なだけ何だ。それに決まっている。

 進は即座に自分の甘い希望的な考えを否定し、舞香の今の反応の理由をそう決めつけた。

 人間が人間を理解するのは難しい。結局、進は舞香の事を誤解してしまうのだった。

 二人の気持ちがすれ違う中、我儘な舞香は駄々をこね、口をヘの字に曲げながら吠えた。

「イスムは身勝手だよ」

 ――お前の方がもっと身勝手だろう。

 ここに至ってもそういう事しか言えない舞香を見て進は何だか絶望的な気分になったが、それでも、自分の為にも舞香の為にも言うべき事は言わねばと心を奮い立たせた。

「まあ、無理に、とは言わないよ。それは姫様が決める事だし、ね。ただ、条件を呑まなければ、僕が姫様の事を許す事は無い。姫様がそれでもいいと言うのならば止めはしない」

 そう言った進は土手に落ちていた小石を拾うと、やけくその様に腕をブンと大きく横に振って川へ向かって投げた。小石は上手い具合に水を切りながら数回跳ねた後、ポチャンと水の中へ沈んで行った。

「それに、別に許さないからと言って、姫様との関係を変えるつもりはないよ。今まで通り校内の巡回はちゃんとするし、他の雑用や頼みごとも聞く。僕は姫様の家来だからそれはする。ただ、今回の事については許さない。それだけの話さ」

 「僕は姫様の家来」。その言葉を聞いて、舞香の胸が痛んだ。傷んだ理由は先程書いた通りだが、その理由に気付けない舞香は訳が分からないまま心に大剣が刺さった様な苦しみを覚え、もがいた

 だが、舞香のそんな胸の内など進に分かる訳もなく、進は独自に判断しに行動する。

「それじゃあ、僕はこれで帰るから。お兄さんの事を諦める気になったらいつでも言ってくれ」

 突き離した様にそう言うと、進は本当にその場から立ち去った。少し離れた所で、

「イスムのくそバカ!」

 舞香の叫び声が聞こえた。その声はどこか寂しげで痛々しい感じがした。その声を聞いた進は何となく舞香の悲しそうな顔を想像してしまい、できれば舞香に手を差し伸べてやりたい気持ちになった。

 ――こうしないと本当に舞香は終わってしまう。

 だが、心を鬼にして無視する事にした。土手を後にした進は自転車に乗ると、さっさと帰路に着いた。

 家に帰った進は自分の部屋で悩んだ。

 ――今日の舞香への対応はあれで本当に良かったのか。

 そう自問し、悩みに悩みまくってしまいには気分が悪くなってしまい、

 ――何で、僕は舞香の事でこんなに苦しんでいるんだ。

 そう思うに至った。進がそこまで悩む理由は、けいちゃんたちと話した事がきっかけで、いや、実を言うとそれ以前から進の中で舞香の立ち位置が変化しつつあるからなのだが、進はその事に気がついていなかった。

 そして、悩んでいるうちに進の中で再び怒りの感情が生まれて来た。いや、正確には思い出したと言うべきだろう。ただ、その怒りの方向は舞香へ向かなかった。

 ――舞香をあんなにしたのは会長何だ。

 進の怒りの対象となった人物。

 それは龍之介だった。

龍之介からすればとばっちりである。この事態を招いたのは龍之介ではなく舞香なのだ。

進もそれは分かっている。だが、同時に進にとっては正当な怒りでもあった。第一、龍之介も完全に白という訳ではないのだ。

「よし」

 そして、進は決心した。


明日は11時投稿の予定です。

乾燥いただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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