第一章 進君とオカルト大好き人間の関係 3
本日4話目の投稿です。
楽しんで読んでいただけていれば幸いです。
「すみません。おにい……じゃなかった。生徒会長さんはいらっしゃいますか」
進が生徒会室で資料作成の仕事をしていると女の子が一人入って来た。どうやら、生徒会長を訪ねて来たみたいだったが、生憎と会長はまだ来ていなかった。今生徒会室に居るのは進一人なのである。
「いや、会長はまだ来ていないですよ」
「そうですか。それでは来るまでここで待たせてもらいます」
女の子は進の返事を聞くや否やそう強引に宣言すると、一片の遠慮を見せることも無く、ドタドタと生徒会室に入って来て部屋の片隅にある来客用のソファーの上にドカッと勢いよく座り込んでしまった。
ソファーに座った女の子はスマフォを取り出すと、ゲームかネットでもするつもりなのだろう、ニコニコ顔で携帯をいじり始めた。
進はこの女の子の事を知っていた。
平舞香。進と同じ高等部の十年一組の生徒で、生徒会長の妹である事は進も知っている。尚、某市学院ではローカルな呼称として学年が下の方から順に中学生をそれぞれ七年生、八年生、九年生、高校生をそれぞれ十年生、十一年生、十二年生と呼ぶ。だから、高校一年生である進のクラスは十年一組となるのだ。
同じクラスではあるが、平舞香と進は別に親しい間柄ではない。
入学から早一週間、話した事はあるにはあったが、「おはよう」とか「さようなら」とかいった紋切り型の挨拶を何回かした程度である。まともな会話はした事がなく、平舞香も進の事があまり印象に残っていない様であった。
実際、今生徒会室に入った時に進に話し掛けてきた口調も見知らぬ他人に対するそれであり、全く感情が籠っていないのであった。
それに進の方もあまり平舞香の事を好もしく思っていなかった。
そもそも平舞香はかなりの美人で男子生徒の間でものすごく人気がある。
十代、思春期の男の子ならば九割九分の人間が制服の上からでもはっきりと分かる大きな胸を見れば一度は触ってみたいと思うはずであるし、その艶のある豊かで長い髪の毛を見れば撫でてやりたいと思うだろうし、その柔らかそうな唇を見ればキスをしたいと思うはずであった。
進もそれら男子生徒の気持ちは十分理解できる。だから、進も彼女の事を美人だと認めてはいたが、その美人は彼の求める美人とはおよそ異なっていた。
高校生にしては濃すぎる様に感じられる化粧や高そうなカバン(某市学院では学校指定のカバンはなく自由であった)、紅みの入った派手な茶色の髪の毛など、それは普通の男にとっては彼女の魅力を引き出す要素なのだが、それらを見ていると進には平舞香が何だか違う種類の生き物であるかの様に思われて、進の性的欲求を刺激してくれないのだ。
その上、彼女のどこか不遜で横柄に感じられる言動や態度も、進には、お高くとまっているようで近寄りがたく感じられるのである。
例えば、入学式の後の各クラスでのオリエンテーションでの出来事である。オリエンテーションでは各自が順番に自己紹介して行くのだが、彼女の自己紹介はひどいものだった。
「どうも、中等部から上がって来た、平舞香です。祖父がこの学校の理事長をやっていますので、困った事があったら何でも言ってくださいね」
――まさか本当にそんな事を言う人毛がいるなんて。
いけしゃあしゃあと捲し立てる様に言う舞香の姿は、進には到底信じられないものだったのだ。この発言で平舞香は進の恋愛対象から滑り落ちて行ったのだ。
進の好みは隅田川先輩の様な清楚でお淑やかな(人前でイチャつく事を気にしないなど恋愛観に関して進的に多少難有りだが)女性なのである。
そんな風に平舞香にあまり興味がないものだから、進は平舞香の事を半ばいないものとして仕事を続けていたのだが、しばらくすると、また女の子が一人生徒会室に入って来た。
「すみません。りゅうく……じゃなかった。生徒会長さんはいらっしゃいますか」
この子も平舞香同様生徒会長を訪ねて来たようだ。
制服からすると女の子は某市学院の初等部の生徒のようだった。耳が隠れる位の長めのショートカットで黒い髪がフワフワとしているのが印象的な可愛らしい女の子だった。
――この子は将来絶対美人になる。少なくとも平舞香よりは僕の好みの子になる。
そう進が感じた程だった。
「いえ、会長はまだ来ていませんが」
「そうですか。それじゃあ、来るまで待たせてもらいます」
女の子はそう言うとやはり強引に生徒会室に入って来て来客用のソファーに座った。
「あ、舞香ちゃん。もう来ていたの」
「アヤカ!」
女の子と平舞香はどうやら知り合いらしく女の子が平舞香の隣に座ると二人は一緒になってぺちゃくちゃと喋り始めた。
――二人とも仲がいいみたいだな。まあ、結構なことだ。
女の子二人が喋り続けている間も進は黙々と仕事に精を出していたのだが、やがて、
「よお、待たせたな」
生徒会長がやって来た。
平龍之介。それが生徒会長の名前である。
十一年生なのに生徒会長をやっているなんてすごい!と進は生徒会長の事を尊敬していた。事実、龍之介は優秀で生徒会の仕事もそつなくこなすし、学業成績もよい。あの荒川先輩を押さえて学年一位の成績なのである。その上、スポーツもでき、容姿もよく、おまけに家は裕福なのである。だから女の子にもモテる。まさに完璧超人と言えた。
ただ、どんな立派な人物にも欠点というものがあって龍之介にももちろんある。その点だけは進も尊敬できないのだが、すぐ後に述べる機会があると思うのでここでは書かない。
それはともかく、会長がやって来ると女の子二人は嬉々とした表情で近づいて行き、
「龍君、待ちくたびれたよお」
「お兄ちゃん、遅いよお」
と言いつつ、じゃれ合う子猫の様に龍之介に抱きついて行った。あまりにも自然に抱きついて行ったので見ていた進が、あれ?何で抱きついているの?と目を見開き、思わずその様子をボーっと眺めてしまい、全く反応できなかった程であった。だが、
「悪かったな。それじゃあ、早速行くか」
と、会長がさっさと生徒会室から出て行きそうなのを確認すると、我に返り、
「会長、ちょっと待ってください」
「何だ、岩清水」
「何だ、じゃないですよ。生徒会の仕事を放っといてどこ行くつもり何ですか。今日中に資料の大枠を作っておかないと次の全体集会に間に合わないんですよ」
会長は一瞬、そうだったと困った様な顔をしたがすぐに神妙な顔になると、まるで仏でも拝むかのように手を合わせて、
「すまん。今日は無理だ。三人でやってくれ」
「そんな無責任な」
「ほんっとうに悪い。今度、皆に美味しい物を奢ってやるからさ」
そう強引に進に頼み込むと、
「それじゃあな」
さっさと生徒会室から出て行った。
「まったく」
一人残された進には、最早、憮然とふくれっ面になる道しか残されていないのであった。
本日、後3話投稿の予定です。