第七章 進君とカフェでのひと時の関係 3
本日2話目の投稿です。
皆様にあの死んでいただけると幸いです。
「呪縛を解こうとした?って、何をしたんだい」
舞香の呪縛を解く!
二人のその言葉を聞いた進は二人がどんな事をしようとしたのが、俄然、興味を持った。
「何を、って。それはね、舞香のお兄ちゃんに舞香の事を直接フッてもらおうとしたの」
「ふ~ん、どうやって」
「舞香をけしかけたんだよ」
二人の話によると、高校進学を控え舞香は相当焦っていたらしい。龍之介と綾香の仲が進展して二人のラブラブっぷりが激しくなったからだ。
「それを見ていい機会だと思ったうちらは、それだったら思い切ってお兄ちゃんのベッドに潜り込んで優しくしてもらいなよって、けしかけたの」
二人は舞香を引き連れてデパートに行くと、大人っぽいちょっとエッチな下着と透け透けのネグリジェを買わせた。そして、その格好でお兄ちゃんのベッドに潜り込む様促したのだった。ご丁寧に、こうすれば上手くいくんじゃないかという様な演技指導までして。
無論、二人は舞香に龍之介とくっついて貰いたくてそうしたのではなく、そうすれば妹に興味がない龍之介が舞香をフッてくれて、それで舞香が呪縛から解放されるのを期待してそうしたのだった。
――この子たちも舞香の友達だけあって、とんでもない事を考えるな。
進は呆れる思いがしたが、よく考えると、そのくらいの荒療治をしなければ舞香を変える事はできないなと思い直した。
「でも、結局うまくいかなかったのよね」
それは、舞香がヘタレたのが原因だった。
「寂しいから一緒に寝て」そう言って兄のベッドに潜り込む事に成功した舞香は、じっと兄が優しくしてくれるのを待っていたのだが、龍之介は何もしてこなかった。それどころか、「夜一人で寝るのが恐いから一緒に寝てくれだなんて、舞香はいつまで経っても子供だな」なんて言われる始末。
「違うの。舞香、お兄ちゃんに抱いて欲しくて来たの」思い切ってそう言おうかと舞香は迷ったが、ベッドに潜り込む段階で既に精神力を使い果たしていた舞香には果たせず、結局、何も状況に変化は起こらなかったのであった。
「うちらは、成功も失敗もしなかったというあまりにも無残な結果に、もう笑うことしかできなかったわ」
――喜多村さんたちの話を聞く限りでは、会長の舞香への性的興味の無さっぷりは相当なものだな。普通、妹とはいえ女の子がそんな恰好をしていたら少しは気持ちが動くだろうに。この前の舞香の作戦が悉く失敗したのも必然だった訳か。
そう思い、けいちゃんたちの心情を慮った進は彼女たちへ慰めの言葉を掛けようとしたが、言葉に詰まってしまった。掛ける言葉が見つからなかったからだ。こういう悲惨な話というのは、誰でも、掛ける言葉に困るものだ。
それでも、
「それは」
辛うじてそんな短い言葉が出てきたが、それ以上はダメで、進は困った顔をした。
その進の顔を見たけいちゃんとゆりちゃんはおかしかったのか、クスクスと笑い始め、それに釣られて進も笑い出し、お互いに、「はははははは」と大爆笑する事になった。
「あー、おかしかった」
笑い終えたけいちゃんは、笑い過ぎで出てきた涙をテーブル備え付けの紙ナプキンで拭うと、話を再開した。
「とにかく、ね。うちらがあれこれ画策しようと、舞香をお兄ちゃんから解放することは難しいのよ。だから、君の出番というわけ」
「えっ、僕?」
進は目を点にしてキョロキョロと首を横に振り、周囲を見回した。誰か他に該当者がいないかと確認した訳だが、無論、そんな人間は誰もおらず、進が該当者である事が確定しただけであった。
「そんな事言われても……僕はそんな力を持っていないよ」
弱音を吐く進に、けいちゃんはニッコリとほほ笑みながら言った。
「そんな事は無いよ。君は舞香の心に、お兄ちゃん以外では、初めて入り込んだ男の子だよ。舞香の心の中でお兄ちゃんに取って代り、舞香を助ける事ができるとしたら君しかいないよ」
「そんな事はないだろう」
――舞香にとって僕は家来にしか過ぎないんだし。
「そんな事あるよお」
とは、口を挟んできたゆりちゃんの言である。
「舞香ちゃん、私たち三人で話す時、昔はお兄ちゃんの事ばかり話していたんだけど、最近はあなたの事もかなり話すようになったもの」
「えっ、そうなの?」
予想外の事実に進は驚き、思わずビクッと上体を反らせた。
「だから、うちらは舞香をお兄ちゃんの呪縛から助ける事ができる人がいたら、岩清水君しかいないと思ったわけよ。だから」
けいちゃんは、真剣な顔で進の事をビシッと指差した。
「だから、君、舞香から奪っていいよ」
「奪うって、何を?」
進にはけいちゃんの答えの予想がついていた。だから、そう言った進の口調はどこか慌てている感じのものだった。
「あの子の体も心も全部だよ。遠慮せずに、本当に全部盗っていいよ。その方があの子も幸せになれるはずだから」
「そんな事は不可能だ」
半ば予想された回答だったとは言え進に突拍子もない事をさせようというけいちゃんの言葉を聞いた進は、思わず叫んでいた。
――あの傲慢な舞香が僕何かにそんな事を許す訳がないだろう。
普段の舞香の態度を知っている進にはそうとしか思えないのだったが、けいちゃんに言わせれば違うようだった。
「そんな事はないよ。あの子、あれで、意外と押しに弱い所があるから、強引に迫ったらきっと君の事を受け入れてくれると思うよ。ちなみに、この事は覚えておくと普段でも使えるテクニックだよ」
「う~ん」
けいちゃんの発言を聞いた進は言い返す事ができずに黙り込んでしまった。というのも、彼女の言葉は、彼女が舞香の親友であるだけに、説得力がある様に進には感じられたからだ。それでも、
「しかし、それが可能だとしても、僕が舞香の事を助けてやる義務はない。僕と舞香の間にそこまでの義理は無いよ」
とは、何とか言った。だが、
「あるよ」
けいちゃんは進の言い訳を許さなかった。
「だって、さっきも言ったけど、君、もう既に舞香の心に入り込んでいるんだよ。それに」
「それに?」
「君の心にも舞香が入り込んでいるんでしょう。それも結構奥の方までね。心当たりがあるんじゃないの?」
――僕の心に舞香が入り込んでいるだって?そんな事があるはずが……
けいちゃんによって事実を指摘された進は、「ない」とは答えられず、再び黙り込んでしまった。その進の様子を見たけいちゃんはトドメを刺しに来た。
「お互いに深く心の中に入り込んでいる仲なのに、相手のピンチに何もしてあげないなんて、不義理とは言わないまでも、つれないとは思わない?」
そこまで言った所でけいちゃんはそれ以上進を追及するのを止め、矛を収めた。彼女の目的は進を決定的に追い詰める事ではない。進に舞香を救うように動いて欲しいのだ。だから、進を追い詰め過ぎて反発されては逆に困った事になるのだった。
だから、最後には、
「どうか、お願いします」
ゆりちゃん共々ペコリと頭を下げた。
そうお願いされても進は、「うん」とは言わなかった。言わなかったばかりか、ブスッとした顔をしながら腕を組み、指をしきりと小刻みに動かしだした。それは進が不機嫌である時によくする癖だった。
その進の様子を見たけいちゃんたちは、彼女たちは別に進の癖を知っていた訳ではなかったが、今日はこれ以上話しても事態が進展しないばかりか逆効果だと判断した。
「まあ、最後にどうするか。決めるのは君だけどね」
そう言うと、二人は立ち上がり、伝票を持ってレジへ向かった。
「今日はつき合ってくれてありがとう。コーヒー代はうちらが出すよ」
「それはどうもごちそうさまです」
不機嫌な進だったが、それでも奢ってくれる事に対し素直にそうお礼を言った。普通ならブスッとしたまま何も言わなくてもおかしくはない場面なのだが、こういう律義な所が進のいい所なのである。
「それよりも、舞香の事、本当に頼むよ。『決めるのは、君だ』何て言ったけど、舞香を助けられるのは君しかいないよ。願わくは、助けてやって欲しい。それじゃあね」
それだけ言うと、けいちゃんたちは去って行った。
――僕は一体どうすればいいんだ。
残された進は、今更ながらけいちゃんに「舞香を奪っていいよ」と言われた事が恥ずかしくなり、赤面しながらも、う~んと真剣に悩んだが、結論は出なかった。
明日も10時、20時の投稿です。
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