第六章 進君と魍魎退治の関係 4
本日最後の投稿です。
呼んでくれた読者の皆様に楽しんでもらえたら幸いです。
「一体、魍魎って何なんですか」
魍魎を退治した龍之介たちが帰り支度をしている最中に進がそう問うてきた。
「魍魎の正体はね、あの世から来たエネルギー生命体だよ」
その進の疑問に答えてくれたのは綾香だった。
「あの世?エネルギー生命体?」
綾香の回答に対して進の眉間に皺ができた。進が困惑した時によくする顔である。これに対して、綾香の顔は眉ひとつ歪める事なくい普段と変わらなかった。舞香と龍之介も同じである。それはこの事実が彼らにとってごく当たり前の知識である証左だった。
「あの世はね。この世と完全に重なり合う所にある別の宇宙なの。同じ場所にあるのに行くには遠い。そんな場所だよ」
「重なり合う?」
「そうだよ。だからね、例えば」綾香は人差し指で一本の電柱を指し示した。
「あの電柱だって、この世に存在するとも言えるし、あの世に存在するとも言えるんだよ」
「そんな事って……ありえないだろう」
「進君がどう思おうがそれが現実だよ。ただ重なり合ってはいるけど、あの世とこの世では位相がずれているから、お互いに簡単には行き来も干渉できないってだけの話だよ」
綾香の説明を聞いた進の顔の眉間のしわはますます深くなった。
「別に驚く様な事じゃないよ。人間の魂だって、魍魎と同じあの世から来たエネルギー生命体なのだから」
「えっ、そうなの」
「そうだよ。さっき生霊について説明した時に言ったでしょ。生霊は人間の魂の一部が魍魎としてこの世に現れたものだって。ということは、人間の魂と魍魎が同じものだってことでしょ」
――そういえば、そんな事を言っていたな。
進の驚愕をよそに綾香は説明を続けた。
「人間の魂と魍魎とで異なるのはその性質なの。そもそも魂というものは完全にこの世に現れる訳で無く、現れるのは一部だけなの」
「一部だけ?」
「そう。一部しか出てきていないからこそ、私たちも魂の力を使えるの。でね、一つの魂は、『善なる魂』と『荒ぶる魂』の二面性を持っているの。そのうちの善なる魂がこの世に現れたのが人間の魂で、荒ぶる魂がこの世に現れたのが」
「魍魎という訳かい」
――というか、人間の魂に幾つかの部位があるなんて、初めて聞いたな。
そう進は思ったが、人間の魂が幾つかの部位に別れるという思想は古くからある。
例えば、古代エジプトでは人間が死んだ時魂もあの世へ行くのだが、その時あの世へ行くのは魂のうちのバーと呼ばれる部分だけで、残りは肉体に残ると信じられていたのだ。
だからこそ、エジプトでは将来あの世からバードが帰って来た時の為にわざわざミイラを作って後生大事に肉体を保存しようとしたのだ。
「そ。まあ、生霊の様に両方の側面が一度に現れる事もあるけどね。そして、この世に現れた荒ぶる魂は、魍魎として、この世で地脈のエネルギーと魂の力を使い不思議を起こして悪さをするの。さらに厄介なのは」
「というか、まだ何かあるの」
「あるよ。魍魎がこの世で活動するには地脈のエネルギーが必要なのはさっき言ったよね」
「うん」
「地脈のエネルギーを魍魎が使うとね、地脈の流れがどんどん乱れて行くの。地脈が乱れると、最終的にどうなると思う?」
「さあ、分からないな」
分からないと言ったものの、進の中では悪い予感しかしていなかった。
「天変地異が起こるんだよ。過去にはそれで人類が滅亡しかけた事もあるの」
「えっ、そうなのかい」
――何か、荒川先輩が聞いたら喜びそうな話だな。
進は呑気にそんな事を考えていたが、綾香の表情は真剣そのものだった。
「そうだよ。だから、私たちの一族は人類を災厄から守るためにずっと戦って来たのだし、その為の道具も作って来たの。例えば、これ」
そう言って綾香が見せてくれたのは、封禅の儀でも使った小剣だった。
「この小剣に使われている金属。『ヒヒイロカネ』という金属何だけど、これ、私たちの御先祖様が開発したかなり特殊な金属なのよ」
「特殊って……どんな風に?」
「岩清水君は、『超ヒモ理論』って知っているかな」
「ああ、超ヒモ理論ね。聞いた事があるかも」
進はまだまともだった頃の荒川先輩がそれについて話してくれた事があるのを思い出した。
「超ヒモ理論は物質の最小単位をヒモと考える理論何だけど、ヒヒイロカネを構成するヒモはあの世のヒモとこの世のヒモを依り合わせたハイブリッドなヒモなの」
「ハイブリッド?」
ハイブリッドと聞いてどこの自動車の事かと進は思ったが、そもそもハイブリッドとは『異なる種類の物を組み合わせる事』である。
今の自動車の例で言うと、ハイブリッド車とは内燃機関であるエンジンと電気モーターという異なる動力機関を組み合わせて動かす車という事になる。
「だからこそ、この世に存在できてかつあの世の生命体である魍魎にダメージを与えられる武器を造る事ができるんだよ。すごいでしょ」
綾香は自慢げにそう語ったが、それがどれだけすごい事なのか、この時の進にはまだ理解できなかったので、綾香の説明を聞いても進は、「ふ~ん、そう何だ」とポカンとするだけであった。
綾香の説明が一通り終わると、今度は龍之介が進に近付いてきた。
「どうだ、岩清水。少しはお前の願いだった世界の真実を知る事ができたか」
「まあ、ぼちぼちとは」
「そうか。でもな、岩清水」
龍之介は重苦しい雰囲気で進の肩をポンポンと叩いた。
「世界の真実を知ったという事は、もうこの世界から抜け出す事はできないという事だぞ。その点についてお前は理解しているのか」
「と、言われましても」
重苦しい雰囲気の龍之介に対して進はあくまでのんびりとそう答えた。
「お前は呑気だな。でも、幾ら呑気なお前でも、『抜け忍』という言葉は知っているだろう」
「抜け忍?ですか?」
抜け忍とは組織から脱走した忍者の事である。進も荒川の影響で抜け忍については知っていた。だから、抜け忍と聞きすぐに蒼ざめた。
「抜け忍は、艪櫂の及ぶ限りどこまでも追いかけて始末するのが忍びの一族の掟だ。無論、柳一族も例外ではない。その事はお前も心得ておいてくれよ」
そこまで言うと龍之介は進を暗がりの方へ引っ張って行き、
「なるべく俺にそうさせてくれるなよ。俺も可愛い妹が泣き崩れる様を見たくはない」
そう進に忠告した。進はガクガク震えて言葉を返すだけの余裕がなかったが、それでも首を縦に振って頷いた。
進に言うべき事を言った龍之介は、進を伴って元の場所に戻り、片付け作業を再開した。
そして、片付けが概ね終わり、今から出発地点の広場に帰ろうとした時だった。
明日は2話投稿します。
10時、20時の予定です。
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