第六章 進君と魍魎退治の関係 1
本日2話目の投稿です。
だい6しょうスタートです。
楽しんでいただければ幸いです。
進がここ数日の出来事を思い出しているうちに、ワゴン車は現場に到着した。
現場はどこかの大きな工場の様で、ワゴン車の運転手が門の守衛に何やら話しかけると、入口の鉄扉がガガガと大きな音を立てて開き、まるで巨大な穴にでも吸い込まれる様な感じでワゴン車が中に入って行った。
ワゴン車はそのまま工場の中を進んで行き、広めの広場の様な所まで来ると、そこで止まった。工場に入ってからここまで人っ子一人おらず、進は不気味な感じがした。
「さあ、着いたから、降りるぞ」
龍之介の掛け声と共に舞香と綾香がワゴン車から降りた。進も、訳が分からないまま、二人についてワゴン車から降りた。
ワゴン車から降りると龍之介たちは、それが日常の出来事なのだからだろう、ワゴン車から黙々と荷物を降ろして準備し始めた。
進もそれを見て荷物を降ろすのを手伝い始めたが、どうしても気になって舞香に聞いた。
「ここはどこなんだい?」
「ここ?ここはね。THIの関東ドックだよ。ここはね、主に船の修理に使うドックなの」
「THI?」
その会社名について進は聞いた事があった。確か、日本最大級の重化学工業メーカーで、テレビでよく「船の何でも屋さん THIグループ」何てキャッチフレーズでコマーシャルを流しているのを進は何度も見ていた。キャッチフレーズ通りに事業の主力は造船だが、他にも原油の精製や製鉄業もやっているという話であった。
「THIはね、舞香ちゃんのお祖母ちゃんの実家が経営しているんだよ」
「えっ、そうなの」
以下、綾香が説明してくれた話をまとめると次のようになる。
THIは剣重工業(Tsurugi Heavy Industrys)の略で、本社は四国の剣市という所にある。ただ、本社は確かに剣市にあるのだが、THIでは本社とは別に本店を進たちの地元関東地方の某市に置いてある。
以前は東京の都心の方に置いてあったのだが、事業が拡大してそこが手狭になったのと、何より、龍之介・舞香兄妹の母親の現に都合が良かったので、某市のしかもJKK本社ビルの隣の空き地に新社屋を建てて引っ越してきたのだった。
なぜ某市に本店がある方が現にとって都合が良いのか。
それは、THIの社長が現だからである。
そもそもTHIを創業したのは龍之介と舞香の祖母の美琴の更に祖父である。それを婿養子である曽祖父が引き継いで会社をここまで大きくしたのだった。
ここで誤解無き様に書いて置くと、龍之介・舞香兄妹の叔父の孝一郎と母の現は確かに姉弟だが、母親が違う。それに、曽祖父と娘婿の聡一朗は仲が良くない。そして美琴は曽祖父の一人娘で他に兄弟姉妹はおらず、美琴の子供といえば現一人なのである。
だから、曽祖父は自分の後を唯一の自分の血を引く孫である現に継がせたがり、自分が社長職を退き会長になった時に、現に社長の座を譲ったのであった。
JKK副社長とTHI社長という二足のワラジを履く事になった現は当然忙しくなり、少しでも時間を節約するため本店を某市に設置する事になったのである。某市ならば、電車でも車でも都心まで三十分と掛からず取引の上でも全く不都合がなかったからだ。
本社と本店で何が違うのかと言えば、本社がドックなどの生産管理や下請け会社との調整を担当しているのに対して、本店は外部からの資材の購入や製品の販売の交渉を担当している点に違いがある。だから、社長である現は普段某市で外部との取引の状況を管理把握し、時折本社へ行き生産の現場を管理する様にしているのである。
「なるほどね」
舞香から話を聞いた進は話の内容に感心した。参考になるなとも思ったが、何の参考になるのかは自分でも分からなかった。
進が舞香から話を聞いているうちにすっかり準備が整い、いざ出発、という事になった。
「今回の現場は、三番乾ドックだ。俺と舞香は先行して様子を窺うから、岩清水と綾香は荷物を持ってゆっくり追いかけて来てくれ」
「オーケーだよ。龍君」
こうして進と綾香は荷物を持って先行する龍之介たちの後を追う事になった。
運ぶべき荷物は、二、三キロくらいの重さの布袋が五つだったが、その内の三つを進が持ち、残りの二つを綾香が持つ事になった。
出発地点の広場から三番乾ドックまでは歩いて十分ぐらいだが、その道のりを進と綾香はゆっくりと進んで行った。
その途中の事である。突然、綾香が進に話し掛けて来た。
「こんばんは、岩清水君。こうしてちゃんとお話しするのは初めてかな」
――さっき舞香の家でちょこっと話した気もするが、ちゃんと、と言われると初めてだろうな。
「そうだね」
と、進は返事した。
「それはそうと、舞香ちゃんとはどうかな」
「どうかなって、言われても答えにくいな」
そう進と舞香はつき合ってすらいない。だから、舞香とどうなっているかと聞かれても進は答えづらかった。
だが、綾香は進がそう考えているとは思わず、二人の関係が結構進んでいて恥ずかしくて答えにくいのだろうと勘違いして、ニコニコ笑いながら話を続けた。
「さっきも言ったけど、舞香ちゃんは女の子らしくて可愛い子だし、お料理も上手だから、お嫁さんにするのはお買い得だよ」
「そうだろうね。今日食べたご飯も、この前の弁当も美味かったしな」
進は舞香の料理の腕についてだけは認めた。
「そうだよ。それに、舞香ちゃんも岩清水君の事を大好きみたいだしね」
「うん?」
それについて進は初耳だった。
――というか、ありえないだろう。
進は心に当然の疑念を抱いたが、綾香は進のそんな気持ちなどに気付かず話を続けた。
「本当の事を言うとね。今回の件だって、私と龍君は岩清水君に手伝わせる事に反対だったの。魍魎が見えるだけの人が参加するのは、危険であまりいい事だとは思わないから。でもね」
「でも?」
「舞香ちゃんがね、『好きな人と一緒に仕事がしたい』って言い出したから、龍君も私も仕方なく岩清水君が参加するのを認めたんだよ」
――まさか、あの女が本当に僕の事を?
進は何だか狐にでも化かされている様な気がした。でも、確かに今日の舞香のやたら親切な態度といい、この前突然弁当をくれた事といい、彼女の心境に変化があったと取れなくもなかった。
そこまで考えた所で、進はこの考えを綾香に絶対に悟られないように、
「ああ、そうなんだ。照れるなあ」
と言いながら、必死になって本当に照れくさそうな顔をした。
一応、この前話しあった通り、進と舞香は恋人同士という事にしている。ここで下手を打って、進と舞香が実は恋人でも何でもないという事が綾香にばれて舞香母にでも伝えられる事になっては一大事だった。
綾香とじっくり話してからしばらくすると目的地に着いた。
明日は3話投稿します。
最初は10時投稿です。
乾燥いただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。