第四章 進君と舞香の関係 6
本日最初の投稿です。
第4章完です。
楽しんでいただければ幸いです。
その次の日の放課後の事だった。
「イスム。理事長室に来て」
進は舞香に呼び出された。
進が理事長室へ行くと、既に舞香は来ているらしく部屋の鍵は開いていた。進は周囲に誰も居ないのを確認すると、サッと中へ入った。
「こっち」
中へ入った進を舞香はそう手招きした。彼女は珍しい事にソファーに座らず理事長室の床に直に体育座りで座っていた。
舞香に呼ばれた進も舞香の横に体育座りで座った。
その後しばらくの間二人を沈黙が支配したが、そのうちに舞香の方から話を切り出した。
「これからどうするつもり?」
「うーん、そうだな」
「言っておくけど、舞香のお母さん、一度言い出したら聞かない人だから、このままだと舞香たち本当に結婚するハメになるわよ。舞香、あんたと無理矢理結婚させられるなんて絶対イヤだからね」
「そんな大げさな。姫様のお母さん、結婚は強要しないって言っていたじゃないか。それなら、僕たちが円満に別れた事にすれば、何とかなるんじゃないのか」
進は苦虫を噛み潰したような顔をしながらそう言った。
それは進が今日授業中ずっと考え抜いて出した結論である。確かに昨日、舞香の母親は娘を泣かしたら許さないみたいな事を言っていたが、それは逆に言えば舞香を粗末にさえしなければ円満に別れられるという事でもある。
「というか、そもそも付き合い始めたばっかで……実際にはつきあってもないけども、結婚って何だよ」
「それ、舞香たちの一族では割と普通の考え方。そもそもうちの一族には早婚する人が多くて、結婚する気もないのに男女交際するなんて考え方は許されていないから、つき合いだしたら無理矢理周りがすぐに『ケジメだ』って言って結婚させてしまうのよ」
「そうなの?……それにしても一応姫様のお母さんはああ言っていた訳だからどうにかなるんじゃあ」
だが、舞香はその進が出した結論をバッサリと切り捨てた。
「あんたは甘い」
「そうかなあ」
「お母さんね、昨日あんたが帰った後、『同棲するのはやっぱり高校を出てからかしら。今から二人で暮らすマンションを探しておかなきゃね』何て言っていたのよ」
「えっ」
「お母さん、舞香に、『早く結婚して家族を増やしてほしいわ』何て常々言っているから、今回はすごく期待しているみたいなの。それに、あんたのお母さんとも電話でなんか話していたみたいだし」
――何と言う事だ。というか、母さんたちやはり話を聞いていたのか。
将を射んと欲すれば、先ず馬を射よ!
その格言通り舞香母の手により着々と外堀が埋められつつある事を知った進は、舞香母の物事を強引に押し進めて行く行動力の高さに度肝を抜かれた。
「昨日、お母さんを直接見たあんたになら分かると思うけど、口では確かに『円満に別れたら何もしない』とか言っていたけど、それだけ期待しているお母さんを裏切ったりしたら、あんた死ぬとまでは言わないけど……いいえ、死ぬより辛い目にあわされることになるわよ」
舞香の話を聞いた進は蒼ざめた。
「どうすればいいんだ。そうだ。姫様が他の男を愛してしまって、それで別れるっていうのは?」
「それはダメ」
舞香は首を激しく横に振った。
「お母さん、十数年前に死んだお父さんの事を今でも想っている様な純な人なの。この前だって……」
「この前?」
「『あなた、とうとう舞香も高校生になりました』って、お父さんの位牌を抱きかかえて涙を流しながら報告していたんだからね。だから、そんなことしたら舞香がハレンチだって怒られるよ。最悪、座敷牢に入れられて一生出られなくされるか、家を追い出されるよ」
そう言った舞香は、母親に怒られる自分の姿を想像したのだろう、ガクガクと体を震わせた。普段他人に対して傲慢に振る舞っている舞香も母親にだけは逆らえないのだった。
その舞香の様子を見た進も、何だか自分まで舞香の母親に怒られているかのような錯覚に陥り怖くなってしまった。進はここに至りようやく事態の深刻さが呑み込めたのだった。
「どうしよう」
――もう打つ手がない。
八方塞がりとなった進は、こうなったらいっそのこと舞香に結婚してくれと頼もうかと思った。そうすれば少なくとも進も命だけは助かるし、舞香も家を追い出されなくて済み、最悪の結果だけは免れる事ができるからだ。
だから、舞香が頬を赤らめて、
「こうなったら、何もかも諦めて、舞香と結婚してみる?舞香にとっては、お兄ちゃん以外と一緒になるのなら、誰と一緒になっても同じ事だし」
そう舞香の方から言い出した時には、こいつは人の考えている事が分かるのか、と進は吃驚仰天した。その上、
「その代わり、最初の一人だけはお兄ちゃんの子供を産ませて。舞香、それでお兄ちゃんの事を諦めるから。もちろん、二人目からはちゃんとあんたの子供を産んであげるからさ」
などと、更に衝撃的な事を言い出すものだから、進は訳が分からなくなり、しばし呆然とした。
しばらくして我に返ると、進はこれまでの人生の中で一番真剣な表情で舞香に尋ねた。
「本気なのか」
「もちろん、冗談よ」
舞香はクスクス笑いながらあっさりとそう言い切った。
「ちょっとイタズラしてみただけ。あんたが、どんな顔をするか見てみたかったから。あんた、今、とても面白い顔をしていたわよ」
そう本気で思っている証拠に舞香はケロッとした顔をしていた。
――くそ、こんな非常時にまで男の気持ちを弄びやがって。ちょっと恥ずかしそうな顔をしたのも演技だったのか。この性悪女め。
からかわれた進の方は顔をブスッとさせたが、
「あら、気分を悪くした?ごめんね」
舞香は、心が込もっているのか、いないのか、そう冗談っぽく謝っただけだった。
「それはそうと、冗談はこれ位にして、本気でどうするか考えなきゃね。一応、舞香に考えがあることはあるんだけど」
「考えがある?それは何だい?」
エヘン、と舞香は偉そうに咳払いをした。
「こうなったら、舞香が他の男に愛されて無理矢理その人に奪われるっていう設定のストーリーで行く」
「他の男って……君はお兄さんじゃないと嫌なんじゃないのかい」
「そうよ。だからお兄ちゃんに奪ってもらうの」
――まったく、次から次へと碌でもない事を考える奴だな。
舞香の提案を聞いた進は呆れてしまった。
「大体、そんな破廉恥な事をしたら、姫様は家を追い出されるんじゃなかったのかい」
「お兄ちゃんと一緒ならいい」
「会長、確かに女の子には弱いけど、人並みの倫理観は持っているみたいだから、この計画は上手く行かない様な気がするけど」
「そこは気合で乗り切る」
計画に乗り気ではない進に対して、舞香は生き生きとしてこの失敗の確率が高い計画を押し進めようとしていた。
――この前、限界だなんて言っていた割にはやる気満々だな。まあ、こいつらしいと言えばそれまでだが。
「まあ、そこまで言うんなら勝手にやればいいじゃないか」
「なに他人事の様に言ってんのよ。あんたも協力するのよ」
「はあ?何で?」
不思議そうな顔をする進に対して、舞香はすごく真面目な顔で答えた。
「当然でしょ。この計画が成功すればあんただってイヤな結婚をせずに済むんだから協力するのが当たり前でしょ」
「そんな倫理に反する事に協力するのは嫌だ」
進はそれでも計画に協力しようとしなかったが、そんな進に対して舞香は最後の手段を取ってきた。
「協力しないって言うんだったら、舞香、おじいちゃんに言いつけるわよ」
「言いつける?何を?」
「イスムにいやらしいことをされた後、ゴミクズの様に捨てられた、って言う。そうすれば、激怒したおじいちゃんの命令で配下の忍者軍団がすぐに動き出して……後は言わなくても分かるでしょ。それとも、舞香の口から言って欲しい?」
「そんな出鱈目を……」
「言ってもおじいちゃんが信じないと思う?舞香とあんたなら、おじいちゃん、どっちを信じるかしらね」
当然、舞香祖父は舞香を信じるに決まっていた。
――この最悪の性悪女、いや、悪魔め。この前、ちょっとでもこいつの事をいい奴なのかも何て思ったのは間違いだった。
「分かった。協力する」
「分かればよろしい」
結局、進は渋々舞香の計画に協力することに同意したのだった。
本日あと1話投稿します。
20時の予定です。
よろしくお願いします。