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第四章 進君と舞香の関係 5

本日2話目の投稿です。

楽しんでいただけると幸いです。

「今日は本当にごめんなさいね。急に呼び出したりして。それにお祖父ちゃんがアレだったのも……年寄りの戯言だと思って許して下さいね」

 正門まで見送りにきた現は頭を下げて進に謝った。母親が頭を下げる一方で、横の娘は憮然と突っ立っていたが、母親にキッと睨まれると、慌てて頭を下げた。

「いえ、別に気にはしていませんから、頭を下げるのは止めてください」

 ――そんな訳ないだろう。あれで気にしない奴が居るか!

 本心ではそう思っている進だが、もちろんそんな思いはおくびにも出さず、顔だけはニコニコ笑いながらそう言った。

「そう言ってくれるとありがたいわ。お祖父ちゃんね。自分やあたしと髪の毛の色が同じである舞香の事が、三人の孫の中では一番可愛くて堪らないらしいの。だからね、舞香の事になるとたまに我を忘れる事があるの」

 ――髪の毛の色が同じ?そう言えば、あの舞香のお祖父さんも、目の前のお母さんも髪の毛の色が茶色だな。

 つまり、舞香の髪の色は染めたものでなく生来のものだったのだ。今まで派手な色に染めているとばかり思い込んでいた進は意表を突かれた感じがしたが、よく考えると、舞香の髪の毛が地毛である可能性は高かったのだ。

 というのも、生徒があんなに派手な髪色をしていれば、元々校則が緩く多少髪の色について大目に見てもらえる某市学院であろうとも、地毛でない限り、幾ら理事長が後ろ盾だとはいえ舞香が怒られないはずはないのだ。

逆に、地毛でしかもその色が理事長と同じだということであれば、この場合舞香を叱るという事は理事長に盾突くのと同じ事になる、保身の為に先生たちは一切文句を言わないはずであった。

「それはともかく、一つ岩清水君には勘違いして欲しくない事があるの」

 ――勘違い?

「何でしょうか」

「今日のお祖父ちゃんの行動は確かに行き過ぎだったけど、舞香が大事な事はあたしや他の家族も変わらないからね。だから、舞香を泣かせたりしたら……ただじゃおかないからね!」

 現は強力な眼光と共にそう言い放った。

 現の強力な眼光をまともにその身に受けた進は思わずのけ反る。そして、最初に会った時現に感じた凄みの正体に気が付いた。

 ――何て圧倒的な威圧感を放つ事ができる人何だ。そして、その威圧感から来る凄み。伊達に何万人もの部下に命令を下している訳じゃないんだな。やっぱり、この人だけは絶対に敵に回すべきではないな。

 進が改めてそう誓うと同時に、進の心を不安な気持ちが支配し始めた。もっと言うと、進は現に対して恐怖を覚え始めていた。

 そんな進を見た現は、進の不安を紛らわすためなのか、優しい声で話し掛けてくれた。

「大丈夫。ちゃんと大事にしてくれれば、誰も何もしないから。分かってくれたかしら」

「はい」

 現にすっかり魂を抜かれてしまっていた進は、その感情から逃れるためについ「はい」と言ってしまった訳だが、それは現の罠だった。

 進の返事を聞いた現はさらに攻勢を懸けて来た。

「それと、帰る前にこれに記入してくれるかしら。これに名前を書いてくれるだけで、あたしとしては大分安心できるんだけど」

 そう言って現は一枚の紙切れを出してきた。それを見た進は目を丸くした。

 ここで、舞香が、

「お母さん、いい加減に……」

 三度(みたび)首を突っ込もうとした。

「お母さんは、あんたの為にしているんだから。あんたは黙って見ていなさい」

「はい」

 だが、母親にすごい形相で睨まれた舞香は、やはり、黙り込んでしまうのだった。親子の応酬が終わったのを見届けた進は会話を再開する。

「あのお、これは……」

「大丈夫。ちゃんと書く物は用意していますからね」

 ――いや、言いたいのはそこではなく。

「これって『婚姻届』ですよ、ね」

「そうよ。そう書いてあるでしょ」

 現が出してきたのは何と婚姻届であった。しかも、進が婚姻届をよく見ると、そこには既に舞香の名前が記入されていた。その上、現は、

「はい、これ万年筆ね。それと印鑑ね」

 筆記具はもちろんの事、ご丁寧に『岩清水』と彫られた印鑑まで用意していた。そして、

「大丈夫。これに名前を書いたからって、別に結婚を強要したりはしないから。まだ、二人とも若いんだし、これから色々とあるでしょうし、その中には別れるという選択肢もあるでしょ。ただ、ね」

「ただ?」

「舞香を大事にする事の保証としてこれに名前を書いて欲しいだけなの」

 現はニッコリと笑った。その現の笑顔を見た進は恐れ入った。

 ――さすがだ。一見無茶苦茶な行動だが、かなり理に適っている行動でもある。

 現の用意の良さと相手を追い詰める時の周到さに舌を巻いた。

 何せ今し方進は、「娘を大事にしてね」という現のお願いに対して「はい」と返事をしたばかりである。「娘を大事にする保証」という理由で婚姻届を書けという相手に、この流れで断るという事は、相手の要求が無茶だとは言え、中々勇気がいる事だった。

 しかしながら、婚姻届に自署するという事は大きな責任を負うのもまた事実だ。世間では、『婚姻届に記入→(法的に)婚約済と看做される→一方的な婚約破棄=莫大な損害賠償+社会的制裁』という図式になっている。

 そこで進は、書いた場合、書かなかった場合のメリット・デメリットをシミュレートしてみる事にした。

 A案 記入する

取り敢えずこの場は切り抜けられるし、その後舞香と相談してうまくやれば婚姻届をなかったできる可能性あり。ただし舞香を泣かしたと相手が判断した場合は手酷い目に遭う。

B案 記入しない

 確かに法的責任は負わないが、この場を平穏に切り抜ける事は難しくなる。その上、すぐさま目の前の恐い舞香の母親の報復が開始される。デメリットの方が大分大きい。

 C案 何もかもぶちまけて実は進と舞香がつき合っていないと告白する

 最悪の選択。進は一度現の目の前で舞香の祖父に対して「つき合っているのか」と聞かれて「はい」と答えている。つまり、あれは嘘だったという事になり、「騙したのね」と舞香母の激しい怒りを買う事になる。もしかしたら、生きて帰る事ができないかもしれない。

 結論 一番ましそうなのはA案である。

 進は渋々書くことに決めた。それでも、一応聞いてみた。

「あの、ちなみに、もし僕がこれを書いたとして、その後で平さんと別れたりしたら、どうなりますか」

「別に、普通に円満に別れるんだったら何もないわよ。ただ、娘を粗末に扱った場合、これを使ってきっちりと報復させてもらいますからね。それだけの話よ」

 『報復』という言葉に進は身の毛もよだつような恐ろしさを感じチビリそうになったが、それでも何とか冷静に判断する事ができた。

 ――やはり、取り敢えず記入してこの場を切り抜けて、後で舞香と相談してトラブルなしで別れた事にするしかないか。

「分かりました。お母さんがそこまで仰せになるのなら仕方がありません。名前を書かせてもらいます」

「あら、決断してくれたの。ありがとう」

 サラサラっと、進は万年筆を走らせた。

 こうして進は婚姻届に名前を記入した。記入はしたが、本当に記入して良かったのかと、帰り道で進はずっと悩み、憂鬱な気分だった。

 憂鬱な気分のままで家に帰った進は、台所のテーブルの上にお土産を置くと、

「これ、どうしたの」

 と聞く母親に、

「先輩の所へ遊びに行ったらお土産をくれたんだ。皆で食べてくださいだって」

 そう答えるとさっさと自分の部屋に上がった。

「うわー、お鮨だ」

「お鮨だ。お肉だ」

「お菓子もある~」

「わーい、プリンだ。ケーキだ」

 突然の御馳走にありつけて弟妹たちはもちろんのこと両親も喜んだみたいだったが、進はお腹が一杯だと言って宴には加わらず、それは実際そうだったのだが、大人しく部屋で本を読んで一日の残りを過ごした。

 宴の後、母親が舞香の家へお礼の電話をしたりして結構色々あったようだが、進は詳しくは知らない。しかし、それから両親の進に対する態度が妙に優しくなったのは、舞香とのことを聞いたからだろうと進は思っている。

 その両親の反応は当然と言えば当然の反応だった。進と舞香が結婚する事になれば、世間的に見れば逆玉の輿であり、例え息子を平家に売る事になってもプラスが大きいのだ。

 ただ、息子を売る事に対して親として多少思う所があるのか、両親はその事に関して進に何も言ってこなかったし、進の方も自分からその事について両親に喋る気はなかった。


明日も2話投稿します。

10時、20時の予定です。

乾燥いただけると嬉しいです。

評価いただけると励みになります。

よろしくお願いします。

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