第四章 進君と舞香の関係 4
本日1話目の投稿です。
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ドタドタ。
廊下の方からそう人が走る音が聞こえたかと思うと、
「貴様かあ!」
そう叫びながら老人が一人客間に入って来て、
「このおおお!」
いきなり進の胸倉を掴んだ。老人は進を絞めあげるために掴んできたのだが、進が咄嗟に両腕を上げ首の所を防御したため完全には絞まらなかった。
それでも進は結構呼吸が苦しくなり、息が荒くなった。そんな進に対して老人は、
「貴様、貴様か!俺から舞香を攫いに来たという極悪人は」
容赦なく問い詰めてくる。
「ご、極悪人?」
見知らぬ老人にいきなり絞めあげられた上に極悪人呼ばわりされた進は、完全に戸惑ってしまったが、それでも何とか声を出して抵抗した。
そんな進と老人の一連のやり取りを見て、現と舞香が老人を止めようと介入して来た。
「お父さん。お客様に対していきなり何をしているの」
「おじいちゃん、止めて」
そう、この老人こそJKK会長にして某市学院理事長、更には柳流忍術の当主である柳聡一朗その人であった。
先程、門番たちが「会長」と聞いて想起したのはこの人だったのであり、だからこそ若い進が会長に呼ばれるはずが無いと思ったのだった。
聡一朗は娘と孫の訴えを無視して話を続けた。
「貴様か。舞香とつき合っている男というのは」
「えっとお。そのお」
「はっきりせんか!」
「はい」
絞めあげられて苦しかった進は、「いいえ」などと答えたりしたら「不誠実だ」何て老人に言われて攻撃が激しくなると思い、心ならずもこう返事した。
「やっぱりそうなのか。言っておくが、舞香は誰にも嫁に何かやらんぞ。ずっとこの家で俺と一緒に暮らすんだ」
――そんな事僕に言われましても。
「それとも何だ。お前の方が婿に来てここで舞香と一緒に暮らすのか。どう何だ」
「いや、僕たち、まだ、結婚とかそういうのは」
話が飛躍し過ぎているので進が言い淀むのは当然なのだが、その煮え切らない態度が祖父には気に入らなかったらしい。
「何だと!貴様、舞香を嫁にする気が無いのにつき合っているというのか。ははあ。さては、遊ぶだけ遊んで、舞香の事をゴミの様に捨てるつもりだな。許さん!許さんぞ!」
聡一朗はそう決めつけると進の首を絞める力を更に強めた。その力はとても強く、防御し切れなくなった進の両手が悲鳴を上げ始めた。
――やっぱり、この反応を見る限りでは最初に「はい」って言ったのは正解だったな。それにしても、あなたは舞香の事を嫁にもらって欲しいのか。それとも、もらって欲しくないのか。どちらなんですか。まあ、僕の方は欲しいと思った事は無いが。
そうこうしているうちにも進の顔色はどんどん悪くなって行った。
「お父さん!」
「おじいちゃん!」
事態の打開を図ろうと現と舞香が聡一朗を力尽くで止めようとしたが、忍者の親玉だというだけの事はあって聡一朗の実力は確かで、女二人の力ではどうしようもなかった。
八方手塞がりの現は、とうとう側に控えていたお手伝いさんに命令した。
「亀岡さん。龍之介を呼んで来て。それから、門番の誰かも。早くしなさい」
「はい、畏まりました」
命令を受けた亀岡さんは慌てて客間から出て行った。果して、進は助かるのだろうか。
***
結論から言うと、進は助かった。
「祖父ちゃん、みっともないから止めてくれ」(龍之介)
「お祖父ちゃん、岩清水君本当に死んじゃうよ」(綾香)
「あんたって人は。年甲斐も無く、何をやっているんだか」(柳美琴:聡一朗妻、現母、龍之介・舞香祖母)
「オヤジ、いい歳をして何を考えているんだ」(柳孝一郎:現弟、龍之介・舞香叔父、綾香父)
「お義父さん。いい加減にしてください」(柳節菜:龍之介・舞香叔母、綾香母)
「御屋形様、お止め下さい」(オールバック門番)
そんな風に一家総出で進から聡一朗を引き離したからだ。
現に呼ばれた龍之介と門番はともかく、なぜその他の家族が出て来たのかというと、まず、綾香に関して言えば龍之介の部屋で龍之介と一緒に居たからである。彼女は暇な時はよく龍君の部屋に行き、本を読んだり、お勉強したり、果ては龍君のベッドで一緒にお昼寝したりして龍君とべたべたするのが大好きなのであった。
問題なのはその他の家族である。何と彼らは舞香の彼氏が家に来ていると聞き、隣の部屋で盗み聞きをしていたのである。あまり良くない事ではある。だが、確かに盗み聞きは良くないが、彼らだって舞香の事が心配だからこそそういう行為をしたのであり、そのおかげで進も助かったのだから、結果オーライとも言えた。
「離せ!俺は、俺は!」
一同に他の部屋へ連行されて行く途中も聡一朗は五月蝿かったが、その様子を一人のんびりと見物している人物がいた。
その人物とは、いつの間に客間に入って来ていたのか、毛の長い客間のカーペットの上で気持ち良さげにゴロンと横になっていた老描のニャン太である。
ニャン太はカーペットの上でこの騒動の顛末を見守っていたのであるが、そのどこか飄々とした風貌からは、「人間って、歳をとっても全然落ち着かニャいんだな」と言っている様に、偶然ニャン太がいる事に気付いた進には感じられた。
その後、聡一朗を除いた家族の自己紹介があった。尚、聡一朗は龍之介と門番により別室に閉じ込められていた。
「どうも、舞香の祖母の美琴です」
美琴は舞香によく似ていて、いや、既に書いた通り舞香や現が彼女に似ているのだが、美人だった。高校生の孫がいるという事はかなりの年齢のはずなのに、ものすごく若作りで三十代だと言われても進は信じてしまいそうな気がした。
「どうも、舞香の叔父の孝一郎です」
孝一郎は進より少し背が高い貫禄のある人物であった。貫禄があるというのは恰幅がよいという意味ではなく、恰幅がよいどころか孝一郎は筋骨隆々のがっしりとした肉体の所有者だが、威厳と迫力があるという意味である。というのも、彼はJKKの社長だという事で、姉の現ほどではないものの、やはり大企業の経営者である以上それなりの威厳や迫力は持っているのだった。
「どうも、舞香の叔母の節菜です」
節菜はすごく背の低い人だった。せいぜい小学生くらいの身長しかない。柔らかい感じのする顔立ちの人で、美人ではあるがそれよりも可愛らしいという印象を受ける人だった。後で進が舞香から聞いた話によると、この人は姉さん女房だとの事だ。
混乱する人がいるといけないのでここで書いて置くと、孝一郎は現の弟であり、節菜は龍之介と舞香の亡くなった父親の妹である。つまり、龍之介・舞香兄妹と綾香は、父方、母方どちらから見てもイトコ同士なのである。
自己紹介が済んだ後は和気藹々と過ごした。
大量の料理やお菓子がどこからともなく出て来て、
「遠慮せずに、お食べ」
そう皆が勧めてくるので、断りきれない進はかなりの量を食べさせられる事になった。
最も、料理自体は高級料亭や高級菓子店から取り寄せた握り鮨や和食、お菓子等の美味しい料理がテンコ盛りだったので、味という点では進も満足した。
――家に持って帰って、母さんや綺羅羅たちにも食わせてやりたいな。
進はそう思ったりもしたのだが、その進の気持ちを察したらしい舞香の祖母の美琴が、
「家にお土産を持って帰りなさい」
と言って、料理を重箱に詰めて持たせてくれる事になった。
「ありがとうございます」
進はこの美琴の措置に素直に感謝した。
「酒も飲むか」
そう孝一郎が聞いてきたが、それはさすがに遠慮した。
食事会が終わると、
「それでは、もう帰ります。色々ありがとうございました」
進は家に帰る事になった。
「舞香、岩清水君を見送るわよ」
家に帰る進を、舞香と母親の現が正門まで見送りに来た。
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