第四章 進君と嘘の噂話の関係 1
本日3話目の投稿です。
第4章です。
進と舞香の関係がちょっぴり進展します。
香の恋愛事情を聞いてからしばらく経った昼休みの事である。生徒会室で資料整理の仕事をしていた進を、荒川が訪ねて来た。
「岩清水君。君、女ができたそうだな」
荒川先輩は開口一番そう言うと、肘で進の頬をグリグリつつき始めた。
「痛いから止めてください」
「何が痛いだ。最近、オカルト研への出席が滞りがちだと思ったら、女とイチャイチャしていたとはな」
その後、「違いますってば」「隠すなよ」というような言い合いがしばらく続いたが、結局昼休みの終了のチャイムと共にお開きになった。
ちなみに、進は同じ事を先程大星にも言われたばかりだった。その大星の台詞は次の通りである。
「進、噂は聞いたぜ。お前、いつの間に平舞香ちゃんとつき合う様になったんだよ。好みじゃないとか言っていたくせに。クゥ~、この、羨ましい奴め」
そう。進がつき合っていると噂されている人物。それは何と、舞香なのであった。
***
荒川に茶化される前日の事である。
「ちょっと、一体どうなっているのよお!」
放課後、舞香に学校の屋上に呼び出された進は会うなり舞香に胸倉を掴まれた。進は落ち着いた口調で、
「取り敢えず気を静めな」
と、舞香を諭したが、舞香火山は一向に鎮火する気配を見せず、
「お前のせいだ」
更に口を汚くして進を罵るのであった。
そんな舞香を子供の様にあやし、あるいは宥めすかして、なぜ怒っているのかを聞きだした成果は次の通りである。
要するに舞香は昨日家で兄の龍之介に言われたらしい。
「舞香、お前、岩清水とつき合っているんだって」
「えっ。なんの話?舞香たちつき合ってなんかいないよ」
「違うのか。でも、お前らが教室でイチャイチャしたり、仲良く歩いたりしているのを見た人がいるって噂になっているぞ」
そんな事が家であったらしく舞香は根も葉もない噂に対してこうして怒っているのである。無論、その怒りを進にぶつけているのは単なる八つ当たりだが、舞香の話を聞いた進は、間髪入れず物凄く冷静に対応した。
「根も葉もない噂どころか、めっちゃ心当たりがあるんだが」
「どういうことよ」
「あのな、お前、この前理事長室の扉をちゃんと閉めていなかった時があっただろう」
「あっ」
そんな事もあったな、とばかりに舞香は口を抑え、目をパチクリさせた。
「その時に、誰かがこっそり開けて見たんだよ。それに違いない」
そもそもの話として、舞香は進と会う時人目につかないようこっそり会う様にしている。
だから、まず人が入ってこない理事長室を利用したり、入場制限がある校舎屋上を利用したり、あるいは、学校近所の公園内の人目につかない場所を利用して会っている。
それなのに、この前理事長室を利用した時に、うっかり扉をきちんと閉めなかったのだ。
「理事長室なんて、普段開かずの間だからな。ちょっとでも開いていると見れば、誰かに覗かれる可能性は高いな」
進はそう冷静に分析して見せたが、だからと言って舞香の怒りが収まる訳が無い。寧ろ、進のその冷静さが彼女の怒りを更に掻き立てた。
「うるさい。うるさい。全部お前のせいだ」
舞香は自分の失敗を棚にあげ、あくまでもこうなった責任を進に押し付けてくるのだった。だが、無実の罪をなすりつけられるとあっては進も黙っていなかった。
「僕のせいって何だよ。姫様が扉をちゃんと閉めなかったのが悪いんじゃないか」
「うるさい。黙れ」
ピシャリとそう言うと、とうとう舞香は暴力に訴えて来た。
拳を振り上げて進をぶん殴ろうとする。もっとも、この場合進も無抵抗な訳が無い。
振り上げた舞香の拳をサッと掴むと、そのまま振り降ろせない様に押さえてしまった。
「何よ。家来のくせにご主人様に逆らう気なの」
「幾ら主人でも罪の無い家来を殴る権利は無い」
二人は全力で互いを牽制し合い、そのままお見合いになってしまうかと思われた。
「ふん」
「うっ」
だが、次第に進が舞香に押され始めた。というのも、舞香の方が進よりも力が上で、体捌きも進よりはるかに上手だからである。
自分の優勢を悟った舞香はニヤリと笑った。
「言い忘れていたけど、舞香って一応忍びの一族の人間だから、小さい頃から忍術の修業を受けているのよね。あんた、男だからって理由で舞香に勝てるとは思わないことね」
――忍術の修行って……それは忍者って事かよ。お前、この前自分は法術使いだとかなんだとか言っていなかったか。反則にも程があるだろう。
進は心の中でそう文句を言ったが、舞香は進の心の動きなど斟酌する事なく、
「さあ、勝てないと分かったなら、大人しく殴られなさい」
更に攻勢を強めるのであった。
その勢いに進は少しずつ地面に向かって倒されて行った。そして、とうとう完全に地面に倒れた進に対して、馬乗りになった舞香は勝ち誇った様に言った。
「さあ、覚悟しなさい」
――このままではボコボコにされる。
そう直感した進は、「ふんっ」と最後の力を振り絞って上半身を起こすと、殴られたくない一心で舞香の上半身に思い切り抱きついた。
「ちょっと、このバカ。変態。何すんのよ」
抱きつかれた舞香は顔を真っ赤にしながらそう叫び、進を引き剥がそうとしたが、殴られるのが嫌な進は舞香に抱きつくのを決して止めようとしなかった。
ちょうどその時だった。
バタン。
屋上と校内を繋ぐ扉が開いて誰かが入って来た。それは舞香が今日も鍵を掛け忘れたせいだったが、舞香も進も予想していなかった事態にビクッと体を反応させ、思わず扉の方を見ていた。
「か、会長?」
「お兄ちゃん?」
屋上に入って来た人物とは、某市学院生徒会長兼舞香の兄である龍之介だった。
龍之介は二人の様子を見るなり、ニヤニヤした顔をして、
「邪魔して悪かったな」
と、短く言った。一体何を邪魔したのかと言えば、この場合、妹と進がイチャイチャするのを、という意味であろう。
確かに事情を知らない人が見れば、今の進と舞香の態勢はカップルがイチャイチャしている様に見えなくもなかった。龍之介に言われてその事に気が付いた二人は、慌てて体を引き離すと、立ち上がって、直立不動の姿勢を取った。
「お兄ちゃん、これは違うの」
舞香は慌てて否定したがもう遅い。龍之介の中では完全に進たちがカップルだという事になっていて、
「別に隠さなくてもいいだろ。それにしても、お前ら、女が上になるのが好み何だな。俺はあんまり好きじゃないけどな」
そんな更に進たちが恥ずかしくなる様な台詞を吐くのだった。
その台詞を聞いた進と舞香はこの場から蒸発したい思いに駆られたが、龍之介は容赦なく、
「まあ、舞香は勝ち気だからな。勝ち気な女は上になる方が好みだっていうのは、よく聞く話だしな」
とか、
「舞香、お前もこうして目出度く男とつき合う様になったんだから、あんまり我儘ばかり言わずに、少しは相手に合わすようにしろよ。岩清水も舞香の我儘があんまり過ぎる様だったら、遠慮なく俺に言ってくれ」
更に恥ずかしげも無く言ってくるので、二人の羞恥心メーターは上昇する一方であった。
龍之介はトドメに、
「お前ら、二人でイチャイチャしたいんだったら、どっかちゃんとしたとこへ行けよ。学校の屋上じゃ目立ち過ぎるし、床も固いだろ。……そうだな。川の河口の所にホテルがあるだろう。あそこ安い割に設備は立派だぞ。高校生カップルも結構使っているし」
そう余計なアドバイスをすると、「ちょっと来い」と、進の袖を引っ張って屋上の隅に連れて行き、舞香に聞かれない様に耳打ちしながら、
「あのな、岩清水。もしホテル代が無いんだったら、遠慮なく俺のとこへ来いよ。可愛い後輩と妹の為だ。そのくらいのお金はいつでも用立ててやるからさ」
と、これまた余計な事を言うのであった。
言いたい事を言った龍之介は、すっきりとした顔で、
「じゃあな。がんばれよ」
そう言い残して去って行ったが、後に残された二人の気分はどん底で、
「最悪」
舞香は最後にそれだけ言うと、もう進を殴る気力も失せたのか、さっさと帰ってしまった。
――それはこっちの台詞だ。
進にできる事はそう思いつつ去って行く舞香の背中をじっと睨みつける事だけだった。
本日は残り2話の投稿です。
18時と22時投稿の予定です。
よろしくお願いします。