第三章 進君と舞香の関係 4
本日2話目の投稿です。
第3章完です。
貴様……何をしようとしている!」
ドスの効いた声が理事長室の中に響くと同時に、進の喉首の上を冷たい感触が支配した。
進は知らなかったが、その冷たい感触の正体は、『鎧通し』と呼ばれる戦国時代侍が倒した敵の首を掻き斬る時に使ったり鎧の隙間から突き刺したりするのに使用した厚みのある短刀だった。
「今、姫様に対して狼藉に及ぼうとしただろう」
凄まじい形相でそう言うと、ドスの効いた声の持ち主は手に持っている鎧通しに力を込めた。たちまち進の皮膚が裂け、ジワーッと出血し始めた。情けない事に、進はこれら一連の行為に対して一切抵抗する事が出来ず、ただ震えるのみであった。
「蛍火、止めな」
異変に気付いた舞香が止めてくれなければ、進の首はそのまま胴体と離れ離れになっていたかもしれなかった。
「しかし、姫様」
「こいつにあたしに何かする度胸はない。仮にこいつがなにかしようとしたら、お前がしなくても、あたしの方で処分する。だから、お前は向こうへ行っていなさい」
「そうですか。畏まりました」
蛍火と名乗る女の子は、明らかに不満そうな顔をしながらも渋々舞香の命令を了承した。だが、去り際に、
「姫様に何かしようとしたら、次は遠慮なく刺すからな」
しっかり進を脅しておく事だけは忘れなかった。
蛍火が去った後、命の危険からは脱したものの進の足はまだ震えていて足元がおぼつかない様子だった。それでも、何とか精神から恐怖の成分を排除すると、進は舞香に聞いた。
「あの子は誰何だい?」
「あの子は蛍火。舞香付きの忍者よ。学生に変装して舞香を見守ってくれているの。おじいちゃんが、舞香たち三人の孫に一人ずつ付けてくれているんだよ」
「忍者って……どこでそんな人を雇ってくるの」
――そこは、どうして君に忍者が付いているの?とか、そういう質問をする所だったんだろうな。
進は自分でも分かる位相当ピントのずれた質問をしたが、この時は神経が興奮していたせいか、それに気が付いたのは家に帰って大分経ってからであった。
進の質問を聞いた舞香は苦笑しながらも、
「あら、言っていなかったっけ。おじいちゃん、柳流忍術の頭領なのよ。だから、一族の人間を丸ごと抱えていて、生活を保障するかわりに色々と働かせているのよ」
進の疑問にきちんと答えてくれた。その顔は先程まで悲壮感漂う清楚系美少女のそれではなく、いつもの舞香のものだった。
「柳流忍術?頭領?」
「そうよ。まあ、おじいちゃんはもうすぐ、というか、ようやくか。家督を叔父さんに、あ、この人はお母さんの弟で綾香のお父さんね、に譲るつもりらしいけど。ついでに言っておくと、叔父さんの次の頭領は叔父さんの一人娘である綾香の婿であるお兄ちゃんね」
「あれ、さっき、会長、平流?と源流?だっけ。その二つの流派の後を継ぐって言っていなかったっけ」
「ええ、もちろんそっちも継ぐわよ。でもね、そもそも、平流、源流、柳流、これらの三派は役小角様を始祖とする同族なの。だから、お兄ちゃんが三つの流派の頭領を兼ねたって別に不都合はないでしょ」
――何か微妙に話の論点がずれているな。
進は何だかはぐらかされた気がしたが、その点を追及すれば舞香が怒る様な気がして、そうなるとさっきの蛍火とかいう女忍者がまた出てくるかもしれないので、追及するのは止める事にした。
この日、進と舞香はこれで別れた。その別れ方は、舞香の話と蛍火のせいで多少ぎくしゃくした雰囲気があったものの、
「イスム、またね」
「ああ、さようなら」
普段と別段変わりの無いものだった。だが、この日を境に二人の関係が変わり始めた事に二人はまだ気が付いていなかった。
本日あと3回投稿の予定です。
14時、18時、22時投稿の予定です。