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第三章 進君と舞香の関係 2

本日最後の投稿です。

楽しんでいただけると幸いです。

人使いが荒い。

 それは第三者の目を通して舞香が進をこき使う様子を見た時、誰もが抱く感想である。

 昼休みと放課後の二回行われる校内巡回。

 これはまだ良い。早足で歩けば十~十五分強の時間で校内を見回る事ができるからだ。というのも、舞香から重点的に見回るべき場所の指示を受けて見回っているので、そのチェックポイントさえ見回れば事は済むからである。その上、この巡回は生徒会で行う自主的活動という事になっている為、先生の評価も上がるのでその点でも進に文句はなかった。

 それに舞香曰く、「魍魎を退治した後しばらくの間は、魍魎は鳴りを潜めているものなのよ」という事らしく、進はビクビクせず気楽に見回れたのだった。

 問題は、『その他雑用』の方である。

「一応、おじいちゃんに報告書を書かなければいけないの。だから書いてよ」

「イスム、万が一魍魎が出た時のために、道具を校内に置いて置く事になったから、運ぶのを手伝いなさい」(ただし、実際に運ぶのは進だけ)

 これらの用事は、校内巡回の延長とも言える仕事だからまだ分かる。だが、

「イスム、舞香の代わりに宿題やって」

「イスム、肩こったからから肩揉んで」

「イスム、昼休みに食べるお菓子買って来て」

「イスム、雨降ったから駅前のカフェまで傘持って来て」

「イスム、あれやって」

「イスム、これやって」

 そうやって舞香の個人的な雑用まで押しつけられた進は正直げんなりした。

 ――どうして、僕がお前の個人的な用事までこなさなければならないんだ。

 進は不満タラタラだったが、呪を掛けられている以上舞香に逆らう事はできなかった。

 もっとも、それら雑用の中で、唯一、舞香の肩を揉むのだけは嫌ではなかった。

 ――知らなかった。女の子の体って、こんなに柔らかかったんだ。それに、女の子って、すごくいい匂いがする生き物何だな。

 同年代の女の子の体にこんな風に密着した事が無かった進はドキドキしながら舞香の肩を揉むのだった。特に肩甲骨の周りを揉む時が、プニプニした弾力があって舞香の体の柔らかさを一番感じる事ができるので、進の好みであった。

進も現金な奴である。やはり、体がヒョロイと舞香に罵られようとも、進も年頃の男の子なのである。顔だけは舞香に気味悪がられない様に、見た目は真剣そのものであったが。

それはともかく、近頃では調子に乗った舞香の要求は日々大きくなるばかりであった。しかも、進がどんなに一生懸命に舞香に尽くしても舞香からは慰労の言葉一つなかった。

この(あいだ)昼休みの見回りから帰って来た進が生徒会とか舞香の雑用とかでの疲労もあってぐったりとしている時も、舞香はクラスの女の子とぺちゃくちゃお喋りするのに忙しく、進に慰労の言葉を掛けるどころか見向きさえもしなかったのだ。

その時はクラスの女の子の前で恥ずかしいだけなのかなと好意的に考えた進だったが、放課後会った時も何も言ってくれないどころか気にもしていない様子だったので、

――この性悪女め。クラが言っていた『心の中身が顔に反映される世界では醜い女』という評価は正しかったんだな。

進は舞香に対して腸が煮えくり返る思いを抱かずにはいられなかったのである。

こうして舞香に虐げられている進であるが、進は一方的にやられて黙っている人間ではない。何とかやり返してやろうと、舞香の弱点を見つけるために舞香の事をじっくりと観察してみることにした。傍から見れば悪質なストーカーに見えなくもなかったが、本人はやり返す為だと正当性を主張している。

以下、進が数日掛けて観察した成果である。

まず、舞香に対する先生の態度である。これが他の生徒に対する場合と比べると異常であると言ってよかった。

皆どこかオドオドしていた。

ある女性教師など、舞香と目が合っただけで、

「うっ」

 別に舞香が睨んでいる訳でもないのに、急いで目を逸らし、それ以降は絶対に目が合わない様に、あちこちに視線を泳がせながら授業をする有様であった。

 その教師たちの醜態は進の目から見ても面白いものなのであるが、これでは教師の威厳も何もあったものではなく教授方法が一流であるという事以外では、栄光学園の教師は教授内容が上手いと評判の教師を高給でスカウトして来ている、生徒の尊敬を集める事ができていないのである。

 無論、教師たちが恐れているのは舞香というよりはその背後に居る祖父の理事長の方だ。舞香の気に入らない事をして理事長にある事ない事告げ口されてはたまらないと教師たちは思って舞香に遠慮しているのだろうが、先生って意外に情けないな、とそんな先生たちを見て進は軽蔑の念を抱かざるを得ないのである。

次に進が観察していて気付いたのは舞香の女友達に対する態度である。これも酷いものである。

「原田さん、あれ、おやりなさいよ」

 と、まるで商家の主人が丁稚に命令している様な尊大な態度なのである。

 これは進が他のクラスメイトに聞いた話だが、こういった舞香の周囲に居る女の子の大半は女の子の親が舞香の親の会社の従業員なのだそうだ。

 ――なるほど。舞香に逆らえない訳だ。

 それを聞いた進は納得した。

 誰もそこまでは言っていなかったが、多分、彼女たちの親も娘が舞香の友達でいる事で少なからず恩恵を受けているのだろうし、娘たちも親から小遣いか何かで恩恵を受けているのだろう。そうでなければ彼女たちの舞香に対する従順ぶりは説明できないのだ。

実際、例の『復讐女王(リベンジクイーン)』関連の報復も大概彼女たちにやらせているという事だし、進の想像は当たらずとも遠からずと言った所だった。

もっとも、復讐女王の方について言えば進はその現場をほとんど見た事がない。わずかに一度目撃しただけである。というのも、最近では噂が立って龍之介に近付いて来る女の子も減ったらしいし、龍之介も以前よりうまくやっているみたいだし、更に舞香のやり方もより巧妙で人目につかないようになっているかららしかった。

その一度見た現場というのも、中途半端なものである。

「舞香様、実は……」

「分かったわ。それじゃあ、いつものようにしなさい」

 子分の女の子が舞香に耳打ちしたのに対して、舞香がそう簡単な命令を下すのを目撃しただけなのである。もっとも、そっちの方が具体的な指令を下す現場を見るのよりも、何をするのだろうと想像力が働いて余計進は恐かったのであるが。

それはそうとして、舞香の考えでは彼女たち子分の女の子は親子共々舞香の家来であるはずなのだ。

その点に関して気になった進は、ある日の放課後校内巡回の報告をする時、思い切って舞香に聞いてみた。

「姫様は、周囲に集まっている女の子の事をどう考えていらっしゃるんだい」

 進の敬語の使い方がなっていないのは、舞香に対して敬語で話すのが嫌で適当な敬語風の言葉使いで話しているからだ。

ただ、その点について舞香に注意を受けた事は無い。というのも、彼女も若く敬語の使い方についてあれこれ勉強した事が無く、敬語の使い方をよく知らないからだ。

「家来よ。あんたと同じね」

 舞香はさも当然という感じであっさりそう答えた。あまりにも当たり前と思い過ぎているせいか顔色一つ変えなかった。

 ――やっぱりそう思っているのか。

 自分の予想が当たってしまった事に落胆した進は、肩を落とし、ハアっと溜息をついた。

 それを見た舞香は自分の考えを分かっていない部下を教育すべく諭すように言った。

「言っておくけどね。この世の中には、大事な人か、家来、二種類の人間しかいないのよ」

 このどちらにも当てはまらない人間は、舞香にはとっては、人間ではないそうだ。

「あんた、人間扱いしてあげているだけマシなんだからね」

 と、自分で勝手に他人を分類している分際でやはり舞香は恩着せがましいのだった。

 この一言で、進の中で、舞香はこの世で一番恩着せがましい人間になった。進の中でそれまで一番恩着せがましい人物は、『浦島太郎』であった。

 なぜ浦島太郎が恩着せがましい人物であるかというと、巷に溢れている子供向けの浦島太郎の絵本では、『浦島太郎は亀を虐めている子供たちから亀を助けました』という事になっているが、これと元の『御伽草子』(岩波文庫版)に載っている話では随分違うのだ。

 元の話では、『漁師である浦島太郎は舟釣りをしていました。そして亀を釣りました。そして、その亀を逃がしてやりました』という話なのである。しかも、である。浦島太郎は亀を逃がす時に、「助けてやるんだから、この恩を忘れるなよ(恩返ししろよ)」などと、亀を釣りあげた張本人の分際で滅茶苦茶恩着せがましい台詞を吐いているのである。

 ――これでは亀が怒って、恩返しするフリをして浦島を竜宮城へ連れて行き、喜ばせた後で地獄のどん底へ突き落とし、トドメにジジイにしたのももっともな話だ。

 絵本に載っている話ではなぜ亀が恩人である浦島太郎に酷い事をしているのか分からなかった進だが、『御伽草子』を読んで初めてこう納得したものだった。

 この状況はまさに今の進と舞香の関係と同じ状況である。ただし、進と舞香の関係の場合、進の方に今の所反撃の手段は無くただ耐えるのみである。だから、浦島太郎の話を思い出す度に進は忸怩たる思いを抱かないではいられないのであった。

 そんな舞香の特殊な友達事情の中、唯一舞香の真の友達と言える人物が二人いた。

 その二人とは、けいちゃん(本名・喜多村恵子:きたむらけいこ)とゆりちゃん(本名・沢田百合子:さわだゆりこ)という名前の二人の女の子である。

進はこの二人とは挨拶程度しか言葉を交わした事が無いが、見るだけでもこの二人だけが舞香にとって特別な人間である事は分かった。

 というのも、この二人だけが舞香に話す時、何のケレン味も無く、自然体で話し掛けているからである。

 舞香もこの二人の事だけは親友であると思っているらしく、

「けいちゃんに、ゆりちゃん、あのね」

 尊大な口調を使う事も無く、

「相談に乗ってくれる?」

 物を頼む時もどこか甘えた様な声で言ったりして、他の女の子には絶対見せない態度を取るのだ。舞香のその他の女の事との扱いの差には歴然としたものがあった。

 このようにして舞香の事を観察していた進だったが、肝心の舞香の弱点は中々見つからなかった。

 そうこうしているうちに、進の中で舞香に対する鬱憤が溜まって行き、とうとう耐え切れないレベルにまでなった。

 ある日、帰宅した進は、

「ご飯できているわよ」

 自分を呼ぶ母(岩清水洋子:いわしみずようこ、年齢四十歳)の声で二階の部屋から降りて来ると、ブスッとした表情で黙ってご飯を食べた後、

「兄ちゃん、遊んで」

 そうせがんでくる弟妹たちの声を無視して、さっさと自分の部屋へ帰ってしまった。

 ここで岩清水家の兄弟構成を述べておくと進を始めとして五人の兄弟が岩清水家にはいる。

まず、長女の綺羅羅(きらら、六歳)は小学一年生の女の子である。それから、二女で保育園年長組の里音(りおん、五歳)、三女で保育園年中組の瑠依(るい、四歳)、二男で保育園年少組の大地(だいち、三歳)と続く。

全員進とは随分歳が離れているが、別に母親が違うとかそういう文学的な要素は無い。

 進はいつもならこれらの弟妹たちと遊んでやってから部屋に帰るのだが、この日ばかりは舞香に対する鬱憤が溜まり過ぎているせいで虫の居所が悪かった為、そんな事をする気にはなれなかったのだ。

 部屋に帰った進は上の服を脱ぎ下着を捲ると、自分の右肩の紋章(タトゥー)を睨むように見つめた。

 ――こんな物のせいで、僕は平舞香に逆らう事ができない。

 そのまま進は苦々しい思いで紋章の事をじっと見ていたが、ある瞬間、爆発した。

 机の引き出しからカッターナイフを取り出すと、ビクビクと刃先を震わせながらも、紋章に刺したのだった。

刺さったと言っても、ほんの数ミリ以下の話なのでそんなに血は出なかったが、それでも痛みはある。

「くっ」

 進はその痛みを我慢しつつカッターナイフに何度も紋章の上を走らせた。何度もカッターナイフが走ったせいで紋章はグジャグジャになったが、ふと、進はそこで気が付いた。

 ――これって、どうしたら紋章を破壊した事になるんだ?

 そう気が付いた事で進は冷静になり、紋章をいじる事を止めた。

 ――というか、これいじって大丈夫だったのか。

 進は自分の軽率さを後悔した。

 進の頭の中に舞香の「絶対にいじるなよ」という台詞が蘇り、背筋に冷たいものを入れられたような感覚を覚え、恐怖した。

 結局、それから数日しても体に変調は無く、進はホッとしたのであるが、

 ――慣れない事はするもんじゃないな。

 進は自分の行いを反省するのであった。


明日は5話投稿予定です。

最初は7時の予定です。

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