びゅん、びゅん
そういえば、あのヘタレ勇者はどうしているのか。筆者は危うく、その存在を忘れそうになっていた。
奴の初っ端は、ケティール=ベルガモットの父親である魔王・ハバネロに挑むが敗北の危機に瀕していた。それから、何かよく分からないが魔王の自宅に招かれもてなされ、調子にのってハバネロの妻・カプチーノを取り入った。
ヘタレ勇者の名は、スポロ=ルクス。そのヘタレっぷりのツケを払う時が、いよいよ迫っていたーー。
***
場所は魔界城の最上階。ヘタレ勇者・スポロ=ルクスは其処にいた。それで、何をしているのかといえばーー。
「いやあ、さすが魔王様ですねぇええ。本当に、お強いですねぇええ。もう、敵いませんよぉおお」
「じゃんけんで負けたくらいでほざくな。次はeスポーツで手合わせだ」
(まだ、やるの? こっちはうんざりしてるのですけど)
スポロ=ルクスは魔王・ハバネロと対峙していた。武器や魔法等の使用ではなく、どこか現実っぽい手法でだ。その緩い状況に、スポロ=ルクスは飽きていたのであった。逃げ道を開こうとするもののハバネロの戦略(なのか?)に隙がなく、嫌々ながら引き摺り込まれるのを繰り返していた。
「いーすぽーつ?」
「なんだ、そのわざとらしい問いかけは?」
「いや、本気でお訊ねしています。魔王様、教えてください」
「ここにある設備品を見てわからないのかっ!!」
(はあ?)
スポロ=ルクスは、魔王・ハバネロが指差す方向に啞然となった。32型の液晶テレビ、家庭ゲーム機。因みにテレビの画面に映るのは格闘ゲーム《ファイト・ストイックV》のオープニングムービー。
(マジ、かよ?)
スポロ=ルクスは際悩んだ。幼少の頃、何度も両親にねだっていたゲーム機、《アタックノートレ》を魔王が何故、所有しているのかと。いや、eスポーツが何かは知っていたが、魔王がそれを何故、戦う手法にしたのかをだった。
てれってれん、てーててっ、てれってれん、てーててっ。
プレイスタートの表示にカーソルがクリックされ、ユーザーがプレイするキャラの画面に切り替わる。勿論、魔王によってだ。流れるBGMは闘いの物語に誘われ、猛者の士気を高める。
「勇者」
「ああ、魔王。臨むところだっ!」
スポロ=ルクスは魔王・ハバネロにゲーム機のコントローラーを渡される。そして、操作するキャラに〈オカムーラ〉を選ぶ。因みにハバネロは〈アク=ジョーシ〉だ。
ファイトッ!
闘いが始まった。
スポロ=ルクスは〈オカムーラ〉の技を発動させる為に、コントローラーのボタンを押しまくる。
↓↓→↘↘↙↕↔◯□△✕
〈オカムーラ〉の技“セイサンセージョーショー”のコマンド入力だ。複雑のわりには発動された技のかまえはどう見てもラジオ体操。
□△◯→
ハバネロが操作する〈アク=ジョーシ〉のコマンド入力だ。なんとも単純な入力だが、その威力はと言うとーー。
『シン、パワハーラ』
ボイス付きの、残忍で残虐な技だった。静な声色で思考と行動を停止させ、3秒以内にフニッシュ。
〈アク=ジョーシ〉のアクションはといえば、腹立たしいことに直立不動の腕組み。
『オヴアアアッ!!!!』
〈オカムーラ〉のHPを示すゲージが、瞬きする暇なく真っ赤になる。哀しいことに絶叫のボイス付きで宙に舞い、山積みになっている木箱に落下していった。
ーーかあ、かあ……。
〖①プレイヤー、勝利!!〗
魔界城の外で魔烏が鳴いた、偶然に笑えた。
テレビの画面に〈アク=ジョーシ〉の勝ちを讃える表示と冷静沈着なアクション。一方、落下の衝撃で粉砕した木箱に埋もれて微動だにしない〈オカムーラ〉の敗北した表れが痛々しい。
(負けた……)
〈オカムーラ〉を操作していたスポロ=ルクスは尽きた。仮想の戦いでも魔王は強いと、打ちのめされた。
***
赤子の手をひねるは好まない。だが、呆れが宙返りしているとしか言いようがない。
魔王・ハバネロは、床に突っ伏しておいおいと泣き崩れるスポロ=ルクスを見下ろしていた。その形相は、とてつもなく汚いのを見てしまったように。
「もう、よい。勇者よ、国に帰る為の身支度をするのだ」
ハバネロはスポロ=ルクスを追い返すことを決めた。もう少し骨があるところを見たかったが何度やっても同じ結果だと、ハバネロはスポロ=ルクスを諦めた。
しかし、スポロ=ルクスは返事をしなかった。うつ伏せの状態で、反応がない。ハバネロは気になった。まさかと、スポロ=ルクスの息を確かめようと掌を翳そうとした。
ところがーー。
『ははは……。魔界の王は随分と腑抜けだな。それも、前の魔界の王と比べてだ。確か、今の魔王は天人との合の子だったな。そうか、その時から魔界は……。はっはっはっ、わっはっはっ』
スポロ=ルクスが突如「むくり」と、起き上がり、悍ましい声色で嘲る。
ハバネロは「ぴくり」と、窄めた。スポロ=ルクスの、豹変ぶりに堪らず驚愕をした。
「そうか、貴様は“勇者”を被った悪魔だった。臆病風を吹かせて私の目を眩ませていた。どうだ、そういうところだろう」
ハバネロは意外にも冷静さを保っていた。
『けっけっけっ、それは間違いだね。本当に弱いんだよ、どうやってあんたを巻こうかと一生懸命考えたさ。でもさ、あんたはそれでも俺と闘って勝った。満足したのだろう、だから俺を此処から追い出すのを決めたのだろう』
は?
ハバネロはスポロ=ルクスの言い方に軽く怒りを覚えた。何かよくわからないがこいつに費やした時間は無駄だったと後悔した。
「……。さっさと此処を出ろ。そして、二度と来るなっ!」
ハバネロは、本当にスポロ=ルクスのことがどうでもいいとなったのだろう。掌で「しっしっ」と、スポロ=ルクスを追い払う仕草がその表れだと覗える。
「え? まじっすか!?」
なんだ、この反応は。
「ころころと気を変えるのはどういうことだっ!!」
「いやいやいや、魔王様。そのようにあっさりと促されてはこちらとしては困るのです。ほら、俺に何か訊くはしなくていいの? と、ですね」
「ないっ!!!!」
「即答は、あんまりです。お願い、訊いてくださいぃいい」
先程までの挑発的な威嚇が消えている。いや、どちらかといえばこっちが素。
ハバネロは泣きっ面のスポロ=ルクスに装束の袖を掴まれ嫌々と引き摺っていたが、渋々と靴を鳴らすのを止めるのであった。
「何を訊かれたいのだ?」
「さっきの俺……。何を言っていたかは覚えています?」
「知らん、自力で思い出せっ!」
「はあ、そうですか。では、行きます」
スポロ=ルクスは背中を丸め、窓際に向かう。
これでよい。ハバネロはスポロ=ルクスにいつまでも思わせる素振りをするのは奴の為にはならないと、冷たくした。奴は今の立ち位置で移動魔法“カエローゼ”を発動させる。体力、魔力を酷使しない戦いの手法でそれらを温存させた。
スポロ=ルクスの全身が眩くなる。魔法を発動させたのだと、ハバネロは奴の背中を見据えていた。しかし、だった。ハバネロは、危険を察知した。奴がくるりと振り返り、掌を翳したのにだった。
『ちっ、感付きやがった』
スポロ=ルクスは舌打ちをした。攻撃魔法“ヤッタモンガチ”をハバネロが躱したことを悔しがった。
ーーこの馬鹿め。此処から落ちて、あとは自分でなんとかしろ……。
ハバネロは、眉を吊り上げた。そして、スポロ=ルクスの鳩尾に踵を押し込む。
しゅるしゅる、どすり。
ハバネロによって魔界城の外へと放り出されたスポロ=ルクスは、地上に落下したーー。




