どっこいしょ
驚くことにケティール=ベルガモット(ミカタ=セイギノ)は魔界城にて、くそ真面目に就労に励むが続いていた。
「ハギさん、待たせてごめんね」
ケティール=ベルガモットは持ち上げる5段積みの、製品が詰まる木箱を配送係の魔女に差し出した。
「ミカタさん、配送に異動して欲しいっ!」
「あはは。ハギさん、わたしには無理ですよ。運搬用の箒に乗るに、免許がないですからね」
「残念っ! でも、あなたの力自慢は素敵よ」
「いやぁ、ハギさんほどではないですよ。安全箒飛翔で先方に製品を運ぶハギさんを、わたしは尊敬しています」
「うふうふ、ありがとう。ところでミカタさん、あなた《魔界城 生産管理課 副主任》に昇格したのよね」
「はあ、配送係にもその情報が……。」
「嬉しくなかった?」
「仕事だけど、色々とやることが増えたのが……。あ、つい、愚痴ってしまった」
「ごめんごめん。だけど、あなたの頑張りは誰もが知っている。だから、これからもあなたらしくいてね」
魔界城ターミナルにて、配送係の魔女は箒にまたがり、30と数珠繋がる木箱を牽引しながら飛翔する。
見上げるケティール=ベルガモットは「ほうっ」と、堪らず心地好い溜め息をつく。
ぱっぽう、ぱっぽう。
魔界城から持たされた、小型通信機の着信音だった。
「はい、ミカタ=セイギノです。……。はあ、またですかあ。わかりました、直ちに伺います」
ケティール=ベルガモットは「ぶう」と、頬を膨らませながら通話を終わらせる。そして、いそいそと城内に入るのであった。
***
ーーうわぁああんっ!!
魔界城の製品生産部署で、ひとりの魔女が癇癪を起こして対応に困り果てた部署の班長が、堪らずケティール=ベルガモットを呼び出した。
「ミカタさんっ! 何とかしてっ!!」
班長の魔女は上司を見るなり怒鳴った。
因みに癇癪を起こしている魔女は、以前『魔界城を辞める』と嘆いて逃げたのだが、結局は仕事を続けていた。
「ひっく、ひっく。えっぐ、えっぐ。ですね、ですね……。」
ケティール=ベルガモットはとりあえず魔女を別の場所に移動させて、何が言いたいのかを探ることにした。
「あー、メザシさん。身体キツそうだから、お家のひとを呼んで帰ろうか?」
「呼べません。家族のみんな、家にいません」
「じゃ、頑張ってひとりで帰れる?」
「……。は、はい。では、帰ります」
相変わらず、何が何だかわからない奴だ。ぐっだぐだと言うだけ言って、けろっとしていやがる。
気が重かったが、ケティール=ベルガモットは魔女への対応を班長の魔女に報告をする。
「ミカタさん。あなた、甘いっ!」
「でしょうね。でも、トードーさん。指示や指導は優しくしてよ」
「これでも我慢してるのですっ! でも、メザシさんの我が儘には付き合いきれませんっ!!」
班長の魔女の「がっ」と、怒りが膨らんでいるのがわかった。
自分、何やってるのだ?
気が付くと、昼休み時間が終わっていて漸く昼食を摂るケティール=ベルガモットであったーー。
***
日中はひーこらと慌ただしいが、定時で業務が終了するのは幸いだ。ただ、安住地を得られないのを除けばだが……。
『それ、ちゃんとした“正義の味方”を果たしたのと同じよ。ほら、証拠に鉱石板の色が黄緑に彩っているわっ!』
すっかりアウトドア生活が定着している気になる大樹の幹にて、ケティール=ベルガモットとカモミールはスーパーマーケットで夕食にと購入した〈なんちゃってごちそう〉を食していた時だった。
「1色か……。ま、いいか。根気よく“正義の味方”の熟練度をあげていこう。仕事では明日から主任に昇格、ちょっとずつだけど、魔王室に入れる資格が得られるのに近付いている」
『違うよ、一気に7色ベースアップ。使える魔法は変化魔法“スガタカエラレル”に飛翔魔法“ソラトンジャウヨ”で。と、耳痛的な……。違った、ケティールにとっては、どれも実用的な魔法を得られたわ』
は?
「カモミール。あんた、嘘ついてる?」
『疑うのは自由にしていいけど、試しに“スガタカエラレル”を唱えてみたら?』
「ふぅん。で、詠唱の台詞はあるの?」
『ないわ。なりたい象りを念じて好きに唱えて』
カモミールの口の突きが矢鱈と角張っている。どうやら真面目に言ったのだ。
では、さっそく。
ケティール=ベルガモットは瞳を閉じて「すう、はあ」と、呼吸を整える。
ーーコレガワタシ、スガタカエラレルッ!!
ケティール=ベルガモットは“光堕ち”前の姿を想い描き、詠唱する。すると、全身に痺れを覚え、視野が黄色く眩しくなる。そして、ケティール=ベルガモットは「ぶほっ」と、小麦粉のような粉混じりの息を噴く。
『すごい、すごいっ! ケティール、前のあなたに変化したよっ!!』
カモミールは「ぱちぱち」と、拍手した。
「言われても、自分では見えてないよ」
『世話が妬けるね。ケティール、鏡を持ってないの?』
「あんた、たまに頭がいいことを言うね。あるよ、持っているよ」
ケティール=ベルガモットは“モノデテコイ”(自分が所有している道具を呼び寄せる)を唱えて手鏡を召喚させる。
そして、ケティール=ベルガモットは鏡に映る自分の姿を見て、涙ぐむ。
「父上、母上……。」
ケティール=ベルガモットは両親を恋しがったのだ。もう、かれこれどれくらい面と向かって会っていなかったのだろうかと振り返ったとたん、押し込めていた想いがぶあっと、溢れてしまった。
『ケティール。魔法の効果は長くは続かないけど、お家に帰る?』
カモミールも堪らず涙ぐむ。
「勿論よ。効果が切れる目安はあるの?」
『うん、今から明け方までくらいだよ。因みに朝に魔法を唱えたなら夕方までかな。だけど、連続して唱えられない。ごめんね、ケティール。それほど変化魔法は、負荷が掛かるの』
「あはは、どっちみち本当に家には帰れないか」
ケティール=ベルガモットが言うことに、カモミールは言い返されなかった。
ケティールは“光堕ち”をしたことで、特に両親と袂をわけてしまった。情況が変化したのにもかかわらず、ケティールが後ろ向きになったのを見たことがない。
『それでは、さっそくお家に行きましょう。一応、元気な姿をご両親に見せる為にね』
「あんまりずるずると家には居られないかも。そうね、ささっと挨拶をするくらいにしとこう」
『それだけでいいの?』
「だって、今のわたし“正義の味方”でしかも働いているもん」
カモミールは「はっ」と、した。
ケティールは“今”をはっきりと自覚して、前へ前へと向かっている。
ケティールは“真の光”を輝かせている。とりあえず、安心しとこう……。
「では、我が家にレッツラゴーッ!」
ケティール=ベルガモットは「むんず」と、カモミールを鷲掴みにして、自宅へと向かって駆け出して行く。
『うが、うべヘベぇええ……。ケティール、少しおとなしく走ってよーー』
ケティール=ベルガモットのぶんぶんと振りかざす掌の中にいるカモミールは、半ば具合が悪そうだったーー。




