えんやあ、とっと
物語は、ひっちゃかめっちゃか。
蒼と白のふりふりと、可愛らしい姿だが武器は鉄球の光堕ちした(らしい)ファザコンのケティール=ベルガモットは父のハバネロが代表取締役を務める魔界城に就職した。目的は、父と商談する勇者・スポロ=ルクスを倒す為に。
所々で何故か現実の社会っぽい表現は受け流すことにして、あの生意気な小娘が真面目に仕事をしているのかを逐うとしよう。
***
魔界城へはちょくちょくきていたが、内部を隅々まで見てはいなかった。其処にまさか、勤めることは微塵にも思っていなかった。
“ミカタ=セイギノ”と偽名を用いるのは不本意だ。自分がご覧の通りの状況下に至ったのは矢張りーー。
「ねえ、ねえ。魔王様のご息女だけど、最近ちっとも来なくなったね」
「そうね。きっと、親離れしたのよ」
「来たら来たでうるさかったけど、ちょっと静かすぎて何だか物足りないわ」
ケティール=ベルガモットは、魔界城での労働休憩時間に廊下ですれ違った3魔女の会話に怒りと悲しみを覚えた。それだけではない、あっちはとびっきりのメイクと魔界で流行りのファッションできらきらと誇らしげにしていることにも恨めしい。
『あの魔女達、魔界城で秘書を務めているのよね。と、いうことは、魔王とは密接なーー』
「その続きを言いたい? それとも今すぐすべてを失いたい?」
『……。ぎゅるむぐがふ。どっちもいやだから、おりこうさんにして』
ケティール=ベルガモットは、魔界城生産部門従事専用の制服である黒のポロシャツとグレーの七分丈パンツを身に纏い、こっそりとくっついている女子ちっちゃいもの、カモミールを力任せに握った。
「ふんっ。言いたいことをべらべら喋る年増魔女達なんて知ったことないけど、父上がいる魔王室に全然辿り着けないのが頭にくるっ!」
『魔界城で従事していていても、限られた人事のみが扉を開ける。見事なセキュリティー対策をシースルー出来ていたのは、あなたが魔王の娘だったから』
「わたしの今は、どちらにもあてはまらない。それが、とてもつらい」
『それにしても、魔界城は来るもの拒まずなのが幸いよ。あなたのように“光”の魔力を備える者でも従事者と迎える。時代が変わったのね。変えたのは、あなたのお父さんであるハバネロが血を滲ませるほどの魔界改革をやり遂げたからよ』
「まるで、父上とは最初から馴染みがある言い方をするのね」
『!!!! あはは、ちょっとした想像よ。ほらほら、休憩時間が終わる鐘の音がしているから、あなたの持ち場に行きましょう』
「……。うん、カモミール」
ケティール=ベルガモットは、だらだらとした足取りで魔界城〈魔具生産場〉に向かったーー。
***
魔界城〈魔具生産場〉にてケティール=ベルガモットが配属された“魔害虫駆除具 製造ライン”での業務内容は、従業員が流れ作業で部品を組み立てて製品を生産させる。
「ミカタさんっ! 指差し確認はどうしたのっ!!」
「ミカタさぁ~ん、其処にいると邪魔よぉ~」
昔お姉さん魔女は何かとうるさい。
ケティール=ベルガモットは半ば苛ついていた。出来上がった製品が詰まった木箱を出荷場へと運ぶのに、すれ違いさまでの情況にだった。
「はい、数が揃ったからいいよ」
出荷場にいた先輩魔女は、ケティール=ベルガモットが運んできた木箱の個数を確認する作業にあたっていた。
「お疲れ様です……。マツヤニさん」
「かぶれるよ」
「あ、ごめんなさい。マツヤマさん」
「あっはっはっ、別に謝ることじゃないよ。それにしてもあなた、見た目と違って打たれ強いね」
「ヘヘヘ、よく言われています。あ、持ち場に戻ります」
ケティール=ベルガモットは「ぺこっ」と、お辞儀をして翻した。そして、あと僅で持ち場である製造ラインに到着するところであった。
ーーうわぁあんっ!!
泣きながら駆け足をしている魔女がいた。魔女はケティール=ベルガモットの肩に「どすっ」と、ぶち当たっても振り返ることをせずに走ることすら止めなかった。
「ちょっと待ったあっ!」
ケティール=ベルガモットは怒りを膨らませ、魔女を追い掛けた。そして「むんず」と、魔女の襟首を後ろから掴むのであった。
「あちしを慰めないでくださぁあいっ!!」
「そんなこと、微塵にも思っていないっ! 寧ろ、謝れっ!!」
「いゃああっ!! あちし、何も悪いことしていないぃいいっ!!!!」
「何か腹立つけど、あんたは何でそんなに喚いて逃げているの?」
「もう、いいですぅううっ! 此所、辞めますぅううっ!!」
魔女はケティール=ベルガモットを振りほどき、弾丸のように走り去った。
やべ、早く戻らないと婆魔女どもがぐったぐたと口を動かす。……。げっ、あっちから来やがった。
「あはは、戻りが遅くなってたのは寄り道していたのではないのです」
ケティール=ベルガモットは苦笑いしながら目の前にいる魔女と目を合わせる。
「ミカタさん、此処を通った魔女見た?」
「……。あー、見ましたよ。何かおいおいと泣いて、喚いて、わたしにぶつかって、逃げていきました」
ケティール=ベルガモットはさっきの魔女を庇う気はなかったらしく、正直に状況を告げるのであった。
「はあ、そうなの。それにしても、最近此所に雇われる魔女は何か脆いのよね。でも、あんたは結構強いと思う」
「出荷場のマツヤマさんにも同じようなことを言われました」
「そうだったの。あ、ミカタさん。急いで持ち場に戻って仕事の続きをして」
「はい」
ケティール=ベルガモットは見ていた。魔女が小型通信機を取り出して、着信を確認しているのをだ。
ーーはい、詳しくは会議室でお話し致します。
細々と、弱々しい魔女の声が聞こえたーー。
***
魔界城での業務時間が終わったのは、日没した頃だった。ケティール=ベルガモットは「ふんっ」と、鼻息を荒く噴いて夜道をずんずんと歩くのであった。
仕事は得られたが住まいは安定していない。何とも惨めな現実に、ケティール=ベルガモットは「かっ」と、頭に血を上らせる。
『結局此処を住まいにするしかないのよね』
「仕方ないでしょう。家借りたくても持ち前がないのだから」
『せめて、夜だけでも前の姿に変化出来たらいいのにね。そしたら、あなたのお家に帰れるーー』
今、何て言った?
『ぎゅるぎゅる、恐いことをしないでケティール』
「教えなさいっ! さあ、わたしが“正義の味方”になる前の姿に戻るのを、バラしなさいっ!!」
ケティール=ベルガモットはカモミールを掴んで「ぶんぶん」と、振り回していた。
『ぶふぇええ……。あなたの“正義の味方”熟練度を上げるの。今の熟練度はこれで確認出来るわ』
カモミールはふらふらしながら掌を翳して「ぼわん」と、名刺サイズでの鉱石の板を出した。
「何も書かれてないけど?」
『色で見るのよ。因みに色は……。茶色だから、まだまだ駆け出し“正義の味方”ね。あと3色彩りをさせたら変化魔法“スガタカエラレル”を取得出来るわ』
「で、その熟練度を上げるのにばんばんと“正義の味方”をやらなければならない、色を彩らせるのも同じく」
『うん、彩らせる色に応じて使える魔法が得られるわよ。でも、金を彩らせるのはかなり相当な“正義の味方”をやりこなさないとね』
「色は何種類あるの?」
『……。兎に角、色が明るくて爽やかに彩りをしていくようにあなたは“正義の味方”を頑張りましょう』
「何か答えられなくて誤魔化されたような気がしたけど、やるならとことんやるわよっ!」
ケティール=ベルガモットは、帰り道で寄ったコンビニエンスストアで購入した〈美味しい揚げ鶏弁当〉をむしゃむしゃと食べたーー。




