迷子になって、正義の味方
前回のエピソード終盤で登場したうるさい小娘の名は、ケティール=ベルガモット。魔王・ハバネロの娘でファザコンだ。
小娘は機嫌が悪かった。父親である魔王がヘタレ勇者・スポロ=ルクスを自宅に持って帰ることにだ。その目的は、煮るではなく焼くわけでもなく生で食べるでもないのは解る。
「まあ、勇者を。うんうん、先ずは洗って干すわ」
帰宅すると、母親(魔王の嫁)が気絶してくたくたしているスポロの首根っこを摘み、二層式洗濯機に放り込む。本洗い、脱水、濯ぎの過程を経て洗濯されたスポロは室内干しをされるのであった。
「……。ううっ」
「うふふ、丁度よく起きたね。でも、まだ乾いてないから、暫くは干されてなさい」
スポロは両腕に洗濯ばさみで挟まれ、しなしなと干されている状態で目を覚ます。そして、母親はにこにことしながらスポロを促す。
一方、状況を見届けていたケティールは不満だった。母が、躊躇わずに勇者をもてなしていることにだ。
勇者なんて、勇者なんてっ!
怒りの矛先は当然のように、スポロに向けた。
室内干し状態のスポロをサンドバッグ代わりにボコボコと拳で叩き、回し蹴りをするのであった。
「ケティール、勇者を安全に扱いなさい」
ハバネロは娘の品がない行動に堪り兼ねて叱った。
ケティールは頬の裏を噛み締めた。父親に叱られるのはよくあるが、いつもと違う目付きをしている。父は本気で怒っていると、ケティールは哀しんだ。
父上に嫌われた。もう、嫌だ。
「あらあらあら。ケティール、外出しちゃったわ」
「いつものことだよ、お腹を空かせたら帰ってくる」
「うんうん。あなた、そうよね」
「うん、そうだよ」
夫婦は娘を放任している様子に伺えるが、何だか扱い方を心得ているようにも見える。しかし、娘に危険が迫っているのは気付いていなかった。
ケティールも、同じくだった。
自分自身に、これから迫る試練の過程にーー。
ケティールは魔界の森林公園にいた。そして、帰り道を失っていた。要するに、迷子になっていた。
移動魔法“カエローゼ”はもとから覚えていない。箒に乗って飛び立とうとしても、樹木の枝がハエたたきのように地面へと叩き落す。
畜生。
ケティールは悔しがった。樹木の枝にとまって「ばーかー」と、囃す梟に拾い上げた岩を投げ飛ばし、命中させた。
ーーかなり荒れているね。もう、手の施しがないくらいに、あなたは哀しみに満ち溢れている……。
誰だ。
ケティールは耳元でぶんぶんと羽根音に混じって上から目線の声が鬱陶しいと、落ち葉を集めて火魔法“チャッカー”で燃やし、煙を燻す。
ーーごほごほ、あたしは害虫じゃないわ。でも、あたしのことは一応わかったみたいだから、いいけどね。
はあ?
ーーあたしは真の光を照らす、正義の味方を捜していたの。哀しみに暮れていても、おきあがりこぼしのようにころころと立って打たれ強い。それがあなただと、あたしはずっとあなた傍らにいたの。でも、あなたに掛けられていた悪い魔法が邪魔をしていて、こんなにうんと近付くことが出来ないでいたの。
「……。ちょっと、待った。わたしはもともと魔王の娘よ。そんなわたしを、あんたは何にスカウトしようとしてるのよ」
『がはごほ。一応、話しを聞いてるみたいね。あなたの大切な気持ちは真の光。さあ、闇を振り払って目覚めなさい』
ケティールは、女子ちっちゃいものを「むんず」と、鷲掴みしていた。そして、女子ちっちゃいものは噎せながらケティールを促すのであった。
大切な気持ち? 父上、父上……。
『……。あなた、それしか頭にないのね。ま、いいけど。だから、あなたの中に埋まっていた光を輝かせなさい』
女子ちっちゃいものは、ぶわぶわと光の粒を口から吹き出す。すると、ケティールの全身が光の粒まみれになる。
痛いけれど、肩こりが治った。あ、足の小指にできていたタコもだ。いい、これでいい。わたしは、わたしは……。
ケティールは様々な症状で慢性化していた渾身から解放され、会心となった。
違った。そうよ、あの勇者がいけないの。父上を脅かす素行をする勇者を、わたしは……。
先程の会心が出鱈目に思えるが、ケティールは何だか色々と変わっている志しを芽生えさせた。そして、魔界の森林公園は眩い光に包まれ、樹木が次々となぎ倒されていった。
『自然破壊したけど大切な気持ちが源の、真の光の正義の味方があなたの本当の姿っ!』
「いけないことをやったわたしを正当化させたあんたは何て呼べばいいの?」
『カモミールよ。さあ、ケティール=ベルガモット。真の闇をぶっ飛ばしに行きましょうっ!』
「おっけい、カモミール。今こそ、あの勇者をこのわたしの手で捻り潰すっ!」
光の中から現れたケティールは、頭に蒼い三角定規を型どる装飾品を乗っけてふりふりの白いレースがあしらわれている蒼いワンピースを身に纏い蒼い編み上げブーツを履いた姿で、右手で鎖繋ぎの鉄球をぶんぶんと振りかざしていたーー。