ためしにばってん
ケティール=ベルガモットは家を建てた。自分の為にではなく、カモミールの為に。
気になるのは、ケティール=ベルガモットが本来の家庭に戻るか戻らないかだ。
「あれからまた、変化魔法で前の姿になって家に帰ったけど。……。ちょっと、なあ」
『居づらかったの?』
「うーん、それとは違う。父上も母上も優しくしてくれたけど、けど……。」
『前のように、お家を恋しいのはあんまりないとか?』
「うぅうう……。」
ケティール=ベルガモットは唸りながら、頭を抱えた。
『わかった、わかったわ。だから、悩まないで。ほら、今日はいよいよ会議で社長と対面するのだから、身支度を整えて出勤しなさい』
「……。魔界城に勤めて、父上と面と向かって会うのは初めてだ。ところで、カモミール。あのう……。」
『あたしは付いていかないよ。だから、家で留守番しとく』
「家が建ってから、ずっと留守番は退屈じゃないの?」
『ないない。家に居てもちゃんと、やることがあるの。掃除に洗濯、ケティールが元気にお勤めに行くために、あたしはやることが沢山あるの』
「ヘヘヘ、結構楽しそうでよかった。じゃ、行ってくるね」
ケティール=ベルガモットは箒にまたがり浮上すると「すいっ」と、朝陽に照らされながら東に向かって飛翔していったーー。
***
【魔界城】の、最上階より3階下に魔界城の幹部専用の会議室があった。其処に、魔界城幹部役員に交じってケティール=ベルガモットはいた。
会議室の内装は35畳の大広間。床の間に飾られているのは、魔花〈アルテマング〉が3桁で挿されている、巨大な陶器の花瓶。そして、中央に木製で幅が広くて長い座卓が備えてあった。
「お、出世魚のミカタ=セイギノ」
「どうも……。どちらさまでしたっけ?」
ケティール=ベルガモット(ミカタ=セイギノ)の左となりに、顔はそこそこイケメンだが性分が悪そうな魔界城幹部役員がいた。話しは聞いていたが、言うことがいちいち燗に障る。魔界城の従業員、特に魔女には不評な上司だと。だから、ケティール=ベルガモットはしらをきることにした。
「ははは、どうやら名前を覚えてくれなかったのだな? 私はナカス=バキット。キミが此処にいるのは、何の為なのかい?」
「わかりきったことを訊ねるのですか? それともわたしが会議に相応しくない発言をするとでも思ってでしょうか?」
ナカス=バキットは、ミカタ=セイギノ(ケティールの光堕ちネーム)の歯に衣着せぬに反応をしての眉を吊り上げ、歯軋りをする。
室内が、ぴたりと静かになる。そして、誰もが床の間へと正面の姿勢をした。
「お疲れ様、今から下期に向けての活動計画会議を始める。その前に今期の活動に於いて、各部門より所見を訊こう」
ケティール=ベルガモットは「ぐっ」と、顎を引く。父親のハバネロが、目の前にいる。ハバネロの代表取締役社長としての姿に、ケティール=ベルガモットは「ぞくっ」と、身震いした。
圧倒する迫力、あの温厚な父が厳しい瞳をしている。そう、ケティール=ベルガモットは思い出した。
“光堕ち”をしての姿で我が家に帰った時と同じの瞳をしている。どんなに取り次ぐっても“娘”と認識しない、冷たい瞳。
今朝、カモミールに問われたことをはっきりと伝えられなかったのは、其れがあったーー。
「失礼、新しい顔ぶれの紹介をしていなかった。ミカタ=セイギノさん、下期より魔界城生産管理課長に就任の辞令を下す」
室内が「ざわり」と、どよめく。
「キミだ、キミのことだ」
ケティール=ベルガモットにナカス=バキットが肘で突く。
「へ? あ、わたし!? ナカセルさん、どうして?」
「ナカスだ。だから『何の為に此処にいるのか』を訊いたのだ。私に冷や汗をかかせるな」
「いや、課長は確かーー」
「私語はいいから、辞令を受け取りにいきなさい」
「は、はい」
ケティール=ベルガモットは席を立つと、ハバネロへと向かう。
「驚いたみたいだね。色々と訊きたいことがあるだろうが、頼むよ」
笑みを湛えるハバネロが、強張る顔をしているミカタ=セイギノへと辞令交付の書面を渡したーー。
***
何がどうなっているのか。
魔界城での勤務が終了して帰宅しても、ケティール=ベルガモットの疑問は止まらなかった。
『そうなの。でも、出世は出世だからもう少し嬉しそうにしたら?』
「嫌だ。だって、課長の仕事をたった3日で引き継ぐをしなければならないのよ。いい、カモミール。3日よ、みっかっ!」
『3日もあれば十分。何処かの国に仕える騎士が城を囲む塀を造るに、そう打ち出してやり遂げたのと同じだよ』
「それはおとぎ話だし、わたしに被る現実と塀を一緒にしないでよっ!」
『つまんないね』
「ダメ出しの使い方、間違わないでっ!!」
『……。それでも、お父さんと会えたのでしょう?』
「うん。でも、わたしが“ミカタ=セイギノ”としてだけどね」
『ごめんね、ケティール。寂しかったね、哀しかったね」
カモミールは、小さな掌でケティール=ベルガモットの頭をそっと撫でる。
「お腹すいた。カモミール、ご飯を食べよう」
『あはは、わかったわ。今日の晩ご飯、特別な献立を考えるの間に合わなかったのを許してね』
「何ともないよ。カモミールはちっちゃい体で美味しいご飯を毎日作ってくれてるもん」
『ありがとう。はい、今から食べようね』
「いただきます」
ケティール=ベルガモットは箸を握り締め、もぐもぐと海鮮丼を食べるーー。




