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もやっ、と

 勇者・スポロ=ルクスは完全に堕ちた。スカイツリーより10cm高い魔界城の最上階より、ヘタレ・スポロ=ルクスは地上に落下した。


『魔王め。よくも、よくも……。』

 スポロ=ルクスは一応、ぴんぴんしていた。落下の衝撃で地面を陥没させたが、至って健康状態だった。魔王・ハバネロに憎悪を膨らませてだが……。


 スポロ=ルクスは全身土まみれで陥没した地面から這い上がる。そして「ぶはっ」と、口に含んだ土埃を吐く。やっぱり、魔王・ハバネロに憎悪を膨らませてだ。


「はあ。帰るの、嫌だな」

 こいつ、おもいっきり素の状態だ。本当に、面倒臭い奴だ。魔王夫婦にもてなされたことに味を占めていたのだろう。温かい食事、安眠が堪らない寝床、一瞬一瞬が最高だった。

 今一度、それらのぬくもりを。いや、此処(魔界)(人間界)が失いつつある()()が浸透している。


 魔王を見ていたら、そんな気がしたーー。



 ***



 魔界は“邪”で溢れている世界だと、父によく言い聞かされていた。人間界が渾沌しているのは魔界からの侵略者によって“正”が奪われたのだと。その源になった魔界を壊滅させない限り、人間界は調和を取り戻せないと。


 父は(人間界)の王より、勇者の称号(役職)を与えられた。筋金入りの熱血漢、正義感だというのを理由でだというのは、母が言っていたことだ。周りは父を兎に角褒めちぎっていた、何日も家の留守を母に任せてたまにふらりと帰ってくるの父を、周りは“英雄”だと称えた。


「それで、俺は何故か親父と同じ役職(勇者)。強いからじゃなく、ただ親父の息子だからだと……。押し付けられたのだったよなあ」

 スポロ=ルクスは結局、帰路を選んだ。魔力を使うのは頭になかったらしく、ぶつぶつと呟きながら大草原を踏みしめていた。向かっている先は、魔界と人間界を繋ぐ関門。スポロ=ルクスは突入時に、其処で関門の番役である魔人と〈魔界の名産品を10当てるまで通しません〉というのを強いられ、仲間と共に突破した。


「ごめんください、ちょっと通してくだしゃんせ」

 思い出を振り返るスポロ=ルクスは、関門に辿り着いた。其処は、高速道路のインターチェンジ・ゲートでの発券所か料金所を思い浮かべると良い。


「おう、ひとりか」

「……。(ちっ、笑ってやがる)はい、ご覧の通りです。やっぱり()()しないといけないですよねえ?」

 関門を通過するに、番人の魔人がいる。魔人というだけあって……。細身だが強面だ。前回は()を使うで済んだが、今回は同じ手法だとは考えられない。


「あ。それ、なしなし」

「え? そうなの」

「あんたが此処に来たら知らせてくれと。ほれ、これがその書面」

 魔人はごそごそとズボンのポケットから1枚の紙きれを抜き取り、スポロ=ルクスに差し出す。


 〔勇者・スポロ=ルクスを人間界に帰すな。来た時にこっちで対応するから、連絡を待つ〕


(は? え、なんで電話を。て、何処に掛けてるの!? いやぁああっ! 片手で俺の腕をつかんでいるううっ!!)


「……。うい。じゃ、頼むぞう」

 魔人の、1分も満たない通話だった。スポロ=ルクスは魔人が受話器を握りしめたのを見て察したが、逃げ損ねた。 


 それから、26秒後だった。


 ちゃら、ちゃちら、ぱんぱかぱん。


「あ~ぁああ、らららぁああ。さて、さて。連れて行くわよぉおおう」


 どこからともなく重低音な、拍子抜ける曲と歌声が聞こえる。すると「ぼわん」と、紫色の煙が地面に突き刺さっていた竹やりの先端から噴き、同時に顔だけ女装で筋肉ムキムキの魔人が現れるのであった。


「オネエ?」と、スポロ=ルクスは口をぽかりと開く。

「モウ、失礼しちゃうわネ。ワタシはザンル。ドボン=スベルスキー様がいうことだから仕方ないけど、あんたを迎えに行けと、此処に来たノッ! あ、バンド。実はネ、ちょっと耳を貸してくれル?」


「嫌だ。どうせタッカの愚痴だ。さっさとこいつを連れていけ」

「イジワルッ! ああ、むしゃくしゃする。ハイ、行くわヨッ!!」 


(こいつ、なんで帰りが肉体的なんだよぉおおっ!!)


 スポロ=ルクスは、魔人・ザンルの脇に抱えらえれた。そして、そのまま猪突猛進で何処かに連れて行かれてしまった。


「アニキ、奴は中途半端な“闇堕ち”をしていた。……。ザンルはそのまま潜っていていいのだな。……。ああ。潰さず、叩かず。事の成り行きを見守るのが今回の()()だというのは、忘れちゃいないさ。と、いうことで、オレは引き続き呑気にさせてもらう」


 魔人・バンドは、スポロ=ルクスが魔人・ザンルに連れ去られた18秒後、何者かと通話をしていたーー。



 ***



 スポロ=ルクスが色々な意味で堕ちる一方、ケティール=ベルガモットはめきめきと昇格(光堕ち)していた。


『ケティール、凄いね。造形魔法“ツクッチャオー”を覚えたから、家を建てられるわよ』

「但し、魔法を消耗するにお金を費やす。何で、造るには()()なの?」

『本物の象りをするに、納めがいるの。木材、鉄といった資材は自然と資源から譲ってもらう。でも、ぼこぼこと貰うのではなく、自然と資源に感謝を込めての魔法消耗なの』

「……。持ち金に応じて、家の大きさが決まる。さすがに豪邸は無理だよ、カモミール」

『魔界城でこつこつと働いて稼ぎを浪費しなかった、勿体ない気持ちはわかるわ。でも、そろそろーー』

「アウトドア生活を続けていても構わないよ」

『お願い、ケティール。あたしはあなたに、本当に脚を伸ばして寝て欲しいの。大きな家じゃなくてもいいから、ちゃんとしたお家でご飯を食べよう』


 場所は、気になる大樹。此処で、女子ちっちゃいもの・カモミールと逢った。そして、共に過ごすに至った。


「わかった、カモミール。でも、アウトドアなところは残しつつの家を造りたい」

 ケティール=ベルガモットはカモミールに根負けしたのだ。切実に、想いを伝えるカモミールを困らせてはいけない。これは我が儘だが現実を受け止め続ける為にと、ケティール=ベルガモットは意志をカモミールに傾けるのであった。


『仕方ないわね。ケティール、あなたが思い描くお家を造りなさい』

 カモミールは「ふう」と溜め息をつく。


「えへへ。ありがとう、カモミール」

 ケティール=ベルガモットはカモミールの小さな掌をそっと、指と指の間で挟む。


「すう、はあ」と、ケティール=ベルガモットの、魔法詠唱の為の呼吸を調える息遣いが聞こえる。金色のふわりとした髪がそよそよと靡き、全身を茜色の光で輝かせる。


 ーーオウチタテルヨ“ツクッチャオー”デオウチヨデキアガレ……。


 ケティール=ベルガモットは1枚のカードを持って、ぐるりと輪を描く。すると、輪がひらひらと宙に舞い、地面へ下降していった。


「ぼん」と、衝撃音。もわもわとのぼる、茜色の煙幕。ゆらりと、見える、立体形状。


「出たけど、ちゃんと形になってるかしら?」

『お金を使っての魔法よ。だから、絶対に失敗はしないわ』


 小さいながらも、カモミールの目力は強かった。そして、カモミールの言う通りだった。


 平屋の木造建築物。屋根から壁まで丸太があしらう、中にはいっても柱と梁もやっぱり丸太。窓の向こうに見えるトイレ、風呂といった水回りは北の位置に設けられて、石窯、岩で組まれる竃などの屋根付き調理場も同じく。


「井戸のポンプ、手押しのポンプ」

 ケティール=ベルガモットははしゃぎながら井戸の水をぶわぶわと汲み上げる。飛沫を浴びたカモミールはずぶ濡れになりながら、ケティール=ベルガモットの様子を優しい目で見守る。


『さてと。外はケティール好みで良しとして、家電製品と家具を調達しましょう。電気とガスは新規契約でそれぞれの会社に依頼する。あ、水道もね』

「……。それらの設備、どうしても要る?」

『なにを渋ったような顔をするの? 家を持つのに必要なのばかりでしょう』

「出来るだけ、出費を抑えたい生活をしたいのは……。駄目なのね?」


「こくん」と、カモミールは顔をしかめながら頷く。そして、こう言うのである。


『キッチン、バスルームといった水回り。家の中にもちゃんと備えなさい。と、いうことで、増設』


 ケティール=ベルガモットの懐は、あっという間に寒くなったーー。


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