伝説にならないはじまり
物語は、いきなり最終局面。勇者・スポロ=ルクス一行は幾多の試練を突破して、世界を浸蝕する魔王を倒す為に魔界へと突入すると、雑駁魔物をざっくざくとなぎ倒して魔王の城に潜入。そして、最上階の広間で玉座に座って塩せんべいをばりばりと頬張りながら「やっと来たか」とダメ出しする魔王がいた。
魔王の名はハバネロ。薄茶色の長い髪で紫色の瞳の、イケオジ。装束は黒の一枚布で、ギラギラとした宝石を装飾している。
派手な見た目に圧倒されたのもあって、一行は苦戦を虐げられた。格闘家の拳、魔導士の魔力、剣士の剣といった攻撃を、魔王は尽く突っぱね返すのであった。
魔王の尋常ではない強さに一行は戦う気力を弱めていく。
ーーお元気でっ!
勇者・スポロ=ルクスの武器、27万5000円(税込)現金一括で購入した蒼いダイヤモンド剣の刃が粉微塵に砕け散ったのが追い打ちとなり、完全に闘うことに尽きた仲間達は勇者・スポロ=ルクスを残して、魔導士が唱えた瞬間移動魔法“カエローゼ”で城から脱出する。
「へっ」と、魔王・ハバネロは勇者・スポロ=ルクスを見下ろして嘲笑っていた。
「……。(あいつら、国に帰ったら速攻で職能紹介所から除名してやるっ!)俺は勇者だ。だから、おまえとの戦いに負けるわけにはいかないっ!」
一応、一丁前に勇猛果敢な物言いをしているスポロ(呼び方簡略)だが、仲間たちに人身御供を押し付けられたことに憎悪を膨らませていた。
「ははは、貴様の苦痛に満ちた目はなんと哀しいのもだ。だが、貴様を失うのは実に惜しいと心底より震えた」
「そそのかすのはやめろっ! 俺はおまえを倒ーー」
魔王・ハバネロは真剣な瞳をしていた。すると、スポロは呼吸を1秒止めて、そこから何も言えなくなった。
──スポロ、諦めるな……。
こんな時に、懐かしい声が。父だ、父も勇者だった。今の自分と同じく国の王に魔王討伐を命じられた。そして、帰ってこなかった。その状況は、この場所に踏み込んで大体は覗える。
魔王が身に着けている装飾品のひとつに、見覚えがある。父が自慢げに見せびらかしていた世界一硬いと誇る鉱石。証拠に、鉱石を固定しているプラチナに父の名が彫られている。
父は、魔王に倒された。魔王は戦利品として父から鉱石を奪った。聞こえた声は此処に踏みとどまっていた父の魂の声。
勝てない、魔王は強すぎる。と、いうより、勇者は色々な意味できついっ!
スポロは、完全に尽きていた。凄いヘタレっぷりだ。もう、伝説になるのも拒んでいるだろう。
つまらん。
魔王は弱いものいじめをしているような感覚に陥った。目のあたりにしている、少年から青年と移り変わる時期の男がぼろぼろと涙を溢している。理由はわからないが、どうみても癇癪を起す子供にしか見えなかった。
落ちている涙を見ないふりするわけにもいかない。ここは、びしっと説教をぶっかまそう。
魔王は腕捲りをして、ずんずんとスポロに歩み寄った。
「こら、泣きべそにさよならしなさい」
魔王は、スポロの額に「つんっ」と、指先を押し当てる。
「なに、するんだよおお」
「私は魔界の王だが、弱ミソをひねり潰すのは好まない。私を倒したい意志が残っているなら、おまえがもっと強くなればいい」
魔王は、翻してこつこつと靴を鳴らす。
(俺が、弱い? ははは。俺は、弱い……。そうか、そうかーー)
優しく叱られたくせに、逆恨みなのだ。スポロは先程ところりと態度を変えて、魔王の背中を睨みつけていた。
拳を「ぐっ」と握り締め、スポロは歯ぎしりをしながらあと一歩で広間の扉を開こうとしている魔王を遠巻きで見ていた。
「おっと」と、魔王は身を窄めた。扉に触れる前に開いたためにだった。一方スポロは、魔王が怯んだと勘違いをした。
「やあ、ケティール。どうしたのだい」
「父上が戻ってくるのが遅いから様子を見に行って来てと、母上が促したの」
「ははは。ご覧の通り、元気いっぱいだよ」
「そうだよね。ねえ、父上。手を繋いで母上の所に行こうっ!」
ほのぼの。
なんと、魔王には家族がいた。しかも、仲良し一家だ。それでも、スポロは……。魔王に対して闘争心をめらめらと焚き付かせていた。
「あ、その前に」と、魔王はくるりとスポロに振り向いた。
「へっ、そうこなくっちゃな」
「違う、違う、違う。今日はもう、遅い。そして、このように迎えが来てしまった。だから、今からおまえは『客』だ。束の間だが、おまえを自宅に招いてもてなすことにした」
「は?」
「聞こえなかったのか、この城は住処ではないのだ。自宅は箒に乗って20分移動しての居住地区にある」
魔王は首に飾る装飾品を、掌でぽんぽんと押し当てる。すると、ぼわんと箒が2本宙に舞って表れる。
「あんたの所為で、父上と手が繋げないっ!」
超音波的な叫びと「ぼこっ」と、スポロは頭部に衝撃を覚える。スポロは目から火花が出るような痛みに襲われた。
ーーケティール、こいつがいても手は繋げるよ。
ーー父上とふたりっきりでがいいもんっ!
ーーいや、どっちみち無理かな。だって、気絶した奴を支えながらで箒に乗るのだからな。
「……。わかった。だから、父上。明日こいつをぼっこぼこにして」
魔王の娘、ケティールは叫び続けて「はあはあ」と、息を切らしたーー。