『episode 2』
時計の針は午前8時を示している。
グリモワール学園の生徒は優秀だ。それは誰もが評価している。無断欠席、遅刻が余りにも少ない。いや、無いに等しい。…しかし、入学して早々。またもや事件があった。
「…はぁ?」
「ですから、アインヅ先生。貴方のクラスのラングレーさんが、30分強の遅刻を…。」
ため息を吐きながら、そう言うのは学年主任のジャスパー・クウェックル先生。6年近くここにいるベテランの女性だ。
…しかし、まだ入学して一日。
ならば、遅刻も一回のはず。なぜ、そこまで深刻そうな顔をしているのか。そう、俺は彼女に聞いた。
「それが…理由を言わないのです。歳頃の女児生徒ですから、いいのですが…彼女はサキュバスですから。」
「…なるほど、もしかすると、不純異性交遊が絡んでいると。」
「ええ、もしかしたら…言えない理由はそこにあるのかと。」
不純異性交遊ならば、咎めなければならない。そう言う目で、ジャスパー先生は俺を見た。話は聞かなければならない。だが、胸糞悪い。
「ジャスパー先生。何故、そこまでカッカなさってるのです?」
「はい?…それは、心からあの子のことを心配して…。」
「それは、他の種族なら通った言い分です。しかし、ラングレーさんはサキュバスだ。もしも、同意あってのことならば、それは我々が牛や豚を食らうのと同じ、食事なのでは?」
その瞬間、ジャスパー先生が瞼をくいっと動かした。どうやら、俺の言いたいことに気がついたのだろう。
「…とはいえ、うちの生徒ですからね。…根も歯もない噂で、彼女が傷ついては大変だ。…うちの生徒は生きが良い。イジメ問題など起こされぬよう、しっかりケアしてあげねば。」
「オスカー先生。貴方は確か、校長のお気に入りでしたよね。」
ジャスパー先生の声が変わった。震えてはいるが、それは地鳴りのようだ。痛いところを突かれて、本性を露わにしたか。
「ええ、それが?」
「…貴方もグリモワールの一職員ならば、もう少しプライドというものを持ってください。もし、うちの生徒の中で不純異性交遊を行い、遅刻などしたものがいれば前代未聞ッ!!謹慎処分を余儀なくされます、貴方も同じくッ!!」
…なるほど。ジャスパー先生は、偉く古風な方のようだ。周りの先生方も…クレインを抜いて、そうだそうだという風に同調するかのように見てくる。少し息苦しい。反吐が出る。
「…それで?」
「それでって…グリモワールは世界最古の魔法学校の名門ッ!!貴方のようなものが現れては困るのですッ!!」
「…だから、全ての種族を同じルールで裁くべき…だと?」
「え、ええっ。このグリモワール内では平等です。それが古くからのグリモワールの掟ッ!!…ご理解いただけましたか。…だから、私は反対したのに…貴方のような紛い物を入れるなど…。」
…あぁ、そういえば。来た当初からこの少し髪に白髪の混じった茶髪の老婦人には良い顔はされなかったな。昨日も親の仇のように睨まれたっけ。俺があまりにも面倒ごとを避けるから。
とはいえ、先ずは話を聞いてみるしかないな。
「ええ、大変理解できました。…ですが、俺は俺のルールでやらせていただきます。」
「なっ!?まだそんな勝手を…許しませんよッ!!」
「…そんなだから、ラングレーさんから話を聞けなかったのでは?」
「…ッ!?」
…少し声に怒気を含ませて睨んでやる。すると、老婦人は萎縮して、声も出さずに顔を青く染めた。俺はそれ以降の話を聞かずに、一階にある生徒指導室へと足を進めた。
「教師失格ですね、アインヅ様。」
「…今度はなんですか、ミネルヴァ校長。」
生徒指導室へ向かう途中の廊下、そこにミネルヴァ校長はいた。今度は、5、6歳くらいのゴスロリを来た幼女の姿をして。正直、その姿でアインヅ様はやめて頂きたい。根も歯もない噂が立ちかねない。
「なんてったって、相手はサキュバスですからね!!アインヅ様を籠絡しようものなら、私、怒りでこの学校沈めてしまいかねません。」
「…ハァ…。」
私欲かよ。…口には出さない。
「やーん、冷たい目もそそります〜。」
「…はぁ、行きますよ。」
何故か、面倒ごとが増えてしまったと言わざるを得ない状況。噂が一人歩きしないように、思わせぶりなことは言わないように釘を刺してはおいた。
〈グリモワール学園、生徒指導室前〉
「…魔獣クラス担任、オスカー・アインヅ。馳せ参じました。」
ノックをして、中からの返事を待つ。規律を尊重するグリモワールの生徒指導室だ。なんなら、校長室よりも異様な雰囲気が漂っている。
中からは野太い男性の声が聞こえる。その声を待ち、俺とミネルヴァ校長は中へと入った。
「…遅いぞ、オスカー先生。」
「すみません。ユードラフト先生。」
扉を開けた俺たちを待っていたのは、左目を眼帯で覆った目つきの悪い髭の大男だった。彼は、生徒指導主任とここの体育会系の授業を取り持つ、ファドラ・ユードラフト。かなりの威圧感を持っている。正直、俺でも逃げ出したくなるほどの巨漢である。だが、その実、生徒想いの良い先生だ。
「では、俺は出て行こう。校長殿下もご足労感謝致します。それでは。」
そう言い、ユードラフト先生は部屋から出て行った。さてと…。
「あれぇ〜?誰かと思ったら、オスカー先生じゃ〜ん。おひさっ!!」
…軽口を叩き、八重歯を見せて、笑う少女。誘惑するかのように自身の薄い黒い服で隠された谷間をこちらに見せて、右手を軽く振る少女こそが、件の少女、ゼフィス・ラングレー。
「…おひさって。昨日あったぶりじゃないですか。」
「そうだっけ?ふへへ〜、アタシ、物覚え悪いからぁ。」
…なんとも、ふわふわしている。この状況で笑っていられるのは心臓にでも鉄の毛が生えているのかと思わせられる。
「…で。」
彼女のペースに乗るまい。にこやかな笑みを浮かべる彼女に本題を突きつけよう。
「…遅刻したことに関してはそこまでお咎めがない。だが、問題はその理由だ。」
「うっ…いやぁ、それ聞いちゃいます?」
あはは…と笑うラングレーさん。
…一瞬、笑顔が引き攣った。なにやら、訳ありなようだ。
「聞かせてくれるか?何があったか。」
「ええ〜?オスカー先生、JKの登校途中に興味ある人〜?」
「…。」
…彼女の生え際あたりから、玉のような汗がだんだんと滲み出している。目もあっちこっちへと泳いでいる。
「あとさ〜。その可愛い子は誰〜?もしかして…先生も人には言えないこと…してるとか?」
なるほど。そう来たか。
もし、俺と隣にいる幼女が大人な関係であれば、俺は5、6歳の女児に発情する挙句、それを職場まで連れてくる異常者となり、彼女が俺に対して強請る材料となってしまう。確かに小さな女の子が好きな殿方だっている。だが、俺はそのようなアレではない。
…それをわかっているか、わかっていまいか…彼女は不敵な笑みを浮かべている。サキュバスの名は伊達じゃない。
「先生、カッコいい顔してるしね〜。目つき悪いのが玉にきずだけど。でもぉ…そんなおこちゃまよりぃ〜、私の方が楽しめるわよぉ?」
「…。」
黒いドレスのような服の胸元の布を指で掴み、誘うラングレーさん。彼女の胸元にあるほくろも確かにそこらのおじさまならば、そそられる部分だろう。…流石に生徒に欲情はしないが。そんなことより、ミネルヴァ校長をお子ちゃまと呼んだことに関しては…後で俺が問われるのだろうなぁ…。無知は罪なりってやつだ。
「こ、この方は…。」
「私は、ミーア・アインヅ。オスカー・アインヅの妹ですっ。」
「…えぇっ!?」
…そう来たか。語られるのは虚言でしかないが、流石はミネルヴァ校長。純真無垢な、子どもを演じるくらい造作もないということか。確かに所作からは歴戦の魔道士のアレを窺わせない。
「そ、そうなのだよ。実家の母が家を開けるからと少し預かって欲しいとのことで。今日は校長に無理言って、連れてきたんだ。」
「えぇ〜?全然似てないけどぉ…?」
「大丈夫ですっ。お兄様と私はれっきとした兄妹ですから。ねっ?」
「あ、あぁ。」
…動揺はするな。妹に腕に抱きつかれるのは当然のこと。かく言う俺は一人っ子であるが、そんなことはどうでも良い。
「ま、まぁ、それなら良いけど…。」
「…本題に戻るが…。」
やっと話せる。今のを見ていると、確かに不純異性交遊に走っているのでは、と話が出るのも納得だ。幼くてもサキュバスといったところか。
「君の遅刻の理由には不純異性交遊が絡んでいるという話が出ている。普通なら遅刻程度でそこまでのお咎めはないが、理由がそれなら話は別だ。」
「…た、ただの…寝坊です…。」
「…本当か?」
本当ならば、何故目を合わせない。問い詰められて、顔が赤くなっているのがわかる。目にも微かに涙を浮かべている。これでは…虐めてるみたいじゃないか。…いや、最早体裁などどうでもいいな。
「本当なら目を見て言ってくれ。」
「…。」
「…お兄様、目が怖いです。」
…それはもはや、俺も諦めている。確かに、此方を見ているラングレーさんの目も何処か、怯えているようにも見える。
「…ハァ…。大丈夫だ。何があろうと俺がなんとかしてやる。」
「ほ…ほんと…?」
「本当だ。」
やはり、何か訳があるようだ。
隣から謎の睨みを聞かせてくる校長は無視して、俺は精一杯の微笑みを浮かべる。チラチラと周りを見て、やはり怖気付いたように此方を見ている。
「…じ、実は…。」
…彼女の話を事細かに聞くと、ただの善意であった。登校途中、彼女が歩いていると目の前を横断歩道を渡る大荷物を抱えたお婆さんがいた。彼女は登校ギリギリだったが、困っているお婆さんを見捨てることができず、横断歩道を大きな風呂敷を持ってお婆さんのお手伝いをしていたらしい。
そうしたら、なんの因果もなく、30分強の遅刻。しかも、あのジャスパー先生に見つかり、問いただされたときにめんどくさくなり、寝坊と答えた結果、サキュバスだから不純異性交遊等をしているのかと思われたらしい。
「酷くないっ!?私、まだ、サキュバスだけどそんなことしたことないのにッ!!」
「…そういうことを男の前で言うもんじゃない。」
…どうも、グリモワールが魔獣を受け入れ始めた以前を生きていたご老人達は、魔獣と人のルールを混合して人優先で考えるらしいな。
わかれば、咎める理由も見当たらない。
「よく話してくれたな。」
「え?」
俺はラングレーさんの頭に手を置く。
…小さい頃、俺も誰かに褒められたときは頭撫でられたっけな。
「せ、先生?」
「…もし、またこういうことがあれば、遠慮なく俺を頼ってくれ。サキュバスだろうが、悪魔だろうが…生徒は生徒だ。俺がなんとかしてやる。」
「…ふぇ…。」
…頭を撫でられたのがよほど恥ずかしいのか、ラングレーさんの耳の先まで真っ赤になっている。さっきまで余裕ぶってたのにな。
「いてっ…。」
隣の校長に足を踏まれてしまった。
…多分、この人以外に見られてたら、危なかったところだろう。
「ほら、教室に帰れ。先生方には俺が言っておく。」
「…あ、ありがとうございます!!」
…そう言って彼女はそそくさと帰って行った。ふぅ…。とりあえず、一難は去ったか。
「…アインヅ様?心なしか…女子高生を撫でて喜んでませんでしたか…?」
「…誤解です…。」
ミネルヴァ校長がブチギレている。
「…はぁ…。全く。」
こういうミネルヴァ校長は大抵、自分もしないと許しちゃくれない。めんど…げふんげふん…中々に要求内容が多い方だ。
「これでいいんでしょ?」
「おぉ〜、流石、アインヅ様。言わなくてもわかるなんて…結ばれてきた証拠ですねっ!!」
…小さな胸の前で手をグッと握りながら、撫でている俺を見て目を輝かす校長。金品を要求しないところを見るに、まだ可愛げがある方…なのかもしれないが…。
「ちょっと乱暴ですけど、まぁ、許します。」
「…それは助かります。」
…さて、これからゼフィス・ラングレーさんの件についてじっくり話し合わなければならんな。俺は校長のサラサラとした髪を撫でて、少し憂鬱になっていた。
オスカー・アインヅ
性別:男
一人称:俺、私
容姿:目の色、髪色は共に青だが、髪よりも目のほうが濃い。少し天然パーマ。学内では黒スーツを見に纏っている。肌は白い。
概要:本作主人公。グリモワール学園の魔獣クラスに選ばれた人間で、水、氷、血などの魔法を好んで使う。
性格は非常にクール。だが、対人では非常に温厚…特に生徒に対して。
何故か、本校の校長、ミネルヴァ・クロノシスタスに大変懐かれている。