「こんなギルドは用済みだ」と今まで一緒にやってきた仲間達が抜けてしまい、一人残されたギルドマスターの俺だが、思いのほか周囲の評価が高かったらしく、すぐに新しい仲間ができました
「こんなギルドはもう用済みだ」
不意に、ギルドで一番の稼ぎ頭である青年、ルクス・アリューテが言い放った。
それに対し、俺――バガン・ハウザーは書類整理をする手を止めた。聞き間違いだったのだろうか、俺は呆気に取られた表情のまま、ルクスに聞き返す。
「今、何か言ったか? ちょっと書類に気を取られてて――」
「俺はギルドから抜けるって言ったんだよ。いや、俺達か」
そう言ったルクスの後方には、同じギルドに所属する仲間達がいた。
俺を含めて総勢六名――だが、俺以外はルクスの側についているということは、『そういうこと』なのだろう。
あまりに突然のことだったが、俺は小さく息を吸い、呼吸を整えてからルクスに問いかける。
「いやいや、いきなり抜けるって、何か事情があるのか?」
「事情も何も、いい加減うんざりなんだよ。あんたの方針にはもう付き合えないって話だ。安全第一、とか言ってろくに仕事も受けねえで、稼ぎが十分じゃないだろうが」
「それは、お前達はまだ若いし、これからのこともあるだろう。もう少し経験を積んでからの方が――」
「そういうのがうざいって言ってんの。もっと活躍してるギルドだってあるし、あたし達全員、そこから引き抜きの誘いを受けたってわけ」
ルクスの代わりに答えたのは、隣に立つ少女――イリナ・レクレアであった。
……少し前から、兆候は感じていた。
彼らは以前、冒険者としては初心者で、たまたま一人で活動していた俺が魔物に襲われていたところを救い、そこから共に行動するようになった。
もうかれこれ一年半くらい経ったか、ギルドマスターとなって、初めの頃はメンバーを管理する仕事は難しいものだと思っていたが、慣れると意外とやれるもので、少なからずおれはギルドマスターとしての仕事を全うしていたと思う――いや、そう思っていたのは、あるいは俺だけだったのだろうか。
「そういうわけだから、移籍の手続き、最後の仕事として頼んだぞ。元ギルドマスター」
そう言って、ルクス達は次々と部屋を後にしていく。彼らのために借りた拠点だったのだが、もう戻ってくるつもりもないのだろう。
残されたのは、すでに三十を超えたおっさん冒険者一人で――俺は静かにため息を吐き、
「……まあ、あいつらが望んだことなら、いいか」
説得することもなく、ギルドは解散することになった。
***
「何それ、あり得なくないですか?」
夜、冒険者協会に隣接する酒場で飲んでいたところ、最近よく絡んでくる冒険者の少女――アルミィ・トリンテンが怒ったような表情を見せた。
最近は活躍しているようで、冒険者協会に足を運ぶたびに彼女の話を聞いていた。
まだ所属するギルドは決めていないらしく、あちこちのギルドに仮加入しては抜ける、を繰り返しているようだ。
たしか、最近『Aランク』にもなったと言うし、そろそろどこかに落ち着いた方がいいとは思う。
俺のところにも一度来ようとしていたが、何やらメンバーを見て「やっぱ遠慮しておきます。また今度行きまーす」と、軽口を叩いていたのを思い出した。
「まあ、生きてればこういうこともあるさ」
「うわ、めっちゃ達観してる。てか、そんな話を聞いたら、協会だって怒るんじゃ?」
「まあ、受付の人には詳しく聞かれて、怒ってはいたな。けど、移籍は俺も認めたことだし、メンバーもいなくなるんで、今のギルドは解散ってことで申請した」
「え、ギルドマスターも辞めちゃうんですか! どうして!?」
俺の言葉を聞いて、アルミィは驚いた表情を見せた。
「いや、どうしても何も、もう仲間もいないわけだし、俺がギルドマスターをやる理由もないだろ。元々、あいつらのために作ったわけだしな。ま、一人でまたやってくさ」
「だって、せっかく順調だったのに……もったいないですよ?」
「まあな。でも、またメンバーを集めるのもなぁ。それに、俺のところにわざわざ来る物好きもいないだろ」
自分で言っていて寂しくなるが、それは事実だ。
一気に五人もメンバーが抜けるようなギルドは、傍から見れば問題しかないだろう。
彼らのことを気にかけて調整していたつもりだが、俺の考えが甘かったのだろうか。……まあ、考えたところで仕方ない。
今更、反省したところで、もうギルドマスターをすることはないのだから――
「なら、あたしがメンバーになりますっ!」
ビシッと手を挙げて、アルミィは言い放った。
思わず、俺は動きを止めて彼女を見る。酒に酔った勢いで言っているのだろう、と思ったが、彼女の表情は真剣だ。
「……どうしてまた。同情なら、別にいらないぞ。俺のところよりももっといいところは――」
「同情じゃないですよ! 元々、そろそろどこかのギルドに入りたいと思ってたんですけど、どうせ入るならやっぱり気の合う人のところじがいいじゃないですか?」
「俺とは気が合うってか?」
「あたしはそう思ってたんですけど……え、あたしのこと嫌いですか?」
「いや、嫌う理由はないが……」
正直言ってしまえば、彼女は確かに話しやすい。
けれど、それはあまり一緒に仕事をしない、酒場での付き合いだからこそ、とも言えた。
それに、彼女はまだ若く、こんな急にメンバーのいなくなったギルドに入るくらいなら、もっといいところがあると思っているのも事実だ。
俺が回答に困っていると、アルミィは席を立ってビシッと俺を指差し、
「じゃあ、あたしが他のメンバー誘って、好きな奴連れてきます! ぶっちゃけギルドマスターとか、あたしには合わないんで、バガンさんが管理してくれたら楽できるんですよっ」
「……連れてくるって、引き抜きでもするつもりか? それはやめとけよ」
「しませんよ、そんなこと。お互いに同意がなきゃ、それこそギルド間の空気悪くなっちゃいますもんね。ま、あたしこう見えても、色んなところで仕事してきたんで。結構一人で活動してて、ギルド決めかねてる人を知ってるんですよ! バガンさんの話したら、きっとみんな来てくれると思うんで。一先ず、三人に声かけてみるんで、明日拠点で待っててくださいよっ!」
「あ、おいっ!」
言いたいことだけ言い残し、さっさとアルミィは俺の前から去っていく。
……本当に、俺のところに来るつもりなのか。
もしそうなら、ギルドの解散申請を取り消さないとならないが。
「ま、期待しないようにしておくか」
メンバー達に見限られたばかりの俺を、きっと慰めるつもりで言ったのだろう。
一人になったら、たまにはアルミィと一緒に仕事するのも悪くないか。
そんなことを考えながら、俺はまた一人で酒を煽り、その日を過ごした。
――翌日、飲み過ぎたためにやや頭痛を抱えながら、俺は拠点の後片付けをしようとしていた。
そこへ、アルミィが少年少女を二人連れてきた。
どちらも一度は一緒に仕事をしたことがある子で、アルミィと同様に冒険者として活躍している――どころか、ランクも確か『A』になっている新星達だ。
「そういうわけで、ギルドメンバーを集めてきました!」
「……え、マジ?」
「マジですよ! なんか今更ギルドにも入りにくい、っていう人達なんで」
「……ボクは別に。以前世話になったからとか、そんな理由ではないけれど」
後方に控えていた少年が、そんなことを口にする。
確かに、以前困っているところを助けた記憶はあるが。
「わたしは人数少なくて、強そうな人がいるところなら、ちょうどいいと思ったから」
その隣に立つ少女も同じように理由を口にする。
彼女とも、一度仕事をしたことがある。『おじさん、強いね』なんて言われて、ちょっと乾いた笑いが出た記憶があった。
「ちなみに冒険者協会にも話したら、『是非バガンさんを支えてほしい』ってお墨付きもらったから。解散はなしね!」
「お、おう、マジか」
「マジです」
……冒険者協会の方もそう言っているのなら、思っていたより俺はギルドマスターとして評価されていた、ということだろうか。
こうして三人も集まってくれたわけだし、メンバーになりたいと言う子がいるのなら、もう少しだけ続けてみようか。
「……分かった。そうまで言うなら、やろうじゃないか。ただし、俺の方針には従ってもらうからな? それで抜けたくなったら言ってくれ」
「オッケー、オッケー! じゃ、よろしくね、マスター!」
――そうして、ギルドの仲間達が抜けてすぐに、新しい仲間ができた。
全員俺の知っている人物で、何やら俺のことは評価してくれているらしく、その点については心が少し楽だった。
ある意味、ギルドマスターをやっていてよかったと思える瞬間が、まさか仲間がいなくなってから来ることになろうとは思っていなかった。
こうして新しくメンバーを迎えた俺は、ギルドマスターとして新しい一歩を踏み出すのだった。
なんだかんだ周囲から仕事の評価をされていた、っていうのいいですよねって思って短編書きました。
あけましておめでとうございます!