最初の一手と始まりの一歩
「……はぁ。申し訳ないですが。この空間に食料はありません」
「…………薄々そんな気はしとったが、マジか」
「はい。肉はありますが食べられるものではないですので。なので、この空間で生きるには俺の命を支払って薬草の類でしのぐしかありません。それと水ですね。素材の中で唯一純水だけは命関係なく豊富にあるので」
「……まずいな」
「そう気にしなくても、薬草程度じゃ死にませんよ。持っていかれるエネルギーは基本希少さと量で決まりますから」
「それは……そうは言ってもやなぁ……」
兄貴は頭をかいて困惑の表情。だが、こちらにしても変に気を遣われるのは面倒なだけだ。
「そういえば、奪ったのはどの素材なんですか?」
「……ああ、説明にインパクトがありすぎて忘れとった。おい2人とも、さっさと出さんか」
「は、はい!」
「……はぁい」
「キスリルライトとフロンダイトですか。これ使ってもいいですか?」
「当たり前や。お前のもんやからな」
「……そうですか。では」
俺は立ち上がって三度錬金室へ入る。キスリルライトのようなランクが高い鉱物なら相応の機材がなければ扱うのは難しい。
錬金室に入ってキスリルライト鉱石を置くのは、ガラスの棒が同心円状に形成され少しずつずらして組み合わされたような器具。中心には魔法陣も描かれている。
「〈作成〉開始」
キスリルライトと共にいくつかの植物性素材も突っ込んで器具を動かす。これで、あと50時間もすれば錬成が終わるだろう。俺が付きっきりで操作した方が早く終わるが、とにかく面倒くさそうなので今回はパス。
充電が終わってやる気があればまた使うことにはなるだろう。
さて、フロンダイトはどうしようか。
扱いにくい鉱石を選んだものだと短く嘆息する。
この鉱石は、主に混ぜ物として使われることが多い。メインで何かを作るようなものではないのだ。……無理に今何かを作る必要はないか。また今度、武器を作る時にでも使おう。
せめてオーゲントニカであれば……いや、無い物ねだりはよそう。どうしても欲しくなれば命を払えばいいだけだ。
せっかく錬金室に来たんだ、薬草の方もピックしておこう。
空腹を満たすだけなら丸薬にして、腹の中で溶けて膨らむようなのがいいか。
「〈作成〉」
疲れた。休もう。
〇──〇──〇──〇──〇──〇──〇──〇──〇
「天パのやつ、倒れてから性格変わったな」
「そうですか? 倒れるほど疲れたならあれで普通だと思いますけど……」
「それだけやない気がするって話なんやが……まあええか。さて、ここから出た後の話もそれからの話もできる。作戦を立てるには情報が足りんが、それでも分析できることはあるやろ」
「そうですね。気温、城の造り、現地人の服装。分析できる要素はたくさんありましたから」
「頼んだ」
「はい!」
天パにばかり頼っていられないと、自分たちにできる事を少しでも見つけようと必死になる。だが、結局は武器や防具など一番大事なところはまた頼むことになるだろう。
力がないことを悔やんでいる訳では無い。俺には破壊者としての力がある。スキルだけでなく、握力などの力も強くなっていた。武器に頼らなくても、俺一人なら生き延びられると思うほどの力だ。
だが、そうもいかない。救いかけの命を放り出すなど以ての外。仁義だなんだと言う話ではなく、一度始めたことをやめられない質だというだけだ。
「……国土が広いのは間違いないですね。無理な搾取をして王城にいる全員が豪華な着物に太れるほどの余裕まであるとは考えにくいです。兵士まで含めて誰も不安そうな顔はしていなかった。見回り兵の数、盗み聞いた会話などを合わせてそこは確定です」
「そんなら逃げるのは難しいか? 国から出るのが1番だと思ってたんだが……」
「国内でも逃げられはすると思いますが、最終的には国外に出たいですね。道中は問題ないと思います。国内と言っても街と街の間まで捜索するのは人手がいるでしょう。あの王の雰囲気と性格からして、城内に兵士を無駄に配置している可能性も高いです」
「なるほどな」
「天候パターンも推測できますが、精度は低そうです。逃げる当日が雨の可能性もありますね。武器防具だけじゃなく傘なんかまで揃えだしたら荷物が大変なことになりそうです。一応、地震やハリケーンのような天災に対する構造はしていなかったのでそういうのは存在してないかもしれません」
「雨か……考えてなかったな」
メガネとの話し合いは続き、他の女性の介護に動いていた女性からお腹が空いたという声が上がるまで長引いた。
そして結局すぐ天パにお世話になったのは笑えない話だ。
〇
変わらない雰囲気のまま、この空間で約1ヶ月が過ぎた。
だが、それももう終わりだ。武器も作った、予測できる範囲のことにはなるべく備えたしある程度の戦闘訓練もした。メガネくんが動きを見て分析できたのが大きい。
女性の中からも武器を手に取る人が2人出た。魔法を使おうと悩んでた人もいたけど、それは無理だったようだ。
そして、俺の寿命はあと数年といったところまで来ている。
それもこれも、鍛冶に使用したエネルギーが多すぎたせいだ。本来なら今の俺では実力が足らず扱えない。そんな鉱石を無理やり扱うには、相応のエネルギーが必要だった。
だが仕方の無いことだ。希少鉱石で拳銃まで作り出したのはさすがに安全マージンを取りすぎだと思ったけど。
「全員、準備はいいですね。足元が光れば次の瞬間にはあの部屋です。女性たちが当時の光景をフラッシュバックして錯乱する可能性もあるので、その時は迷わず携帯させている薬を飲ませてください。戦闘要員は武器を忘れずに。いざとなれば俺の武器も兄貴に渡します」
「問題ない。スキルの使用回数も回復しとる、きっちり5回分や」
「いいんですか? 天パさんの武器は1番強いのに……」
「あげるわけじゃないからいいの。兄貴は銃と短剣持ってるからわざわざ長剣持つ場面はなさそうだけど、一応ね」
そんなことを言うと、兄貴が呆れたようにこちらへ向き直る。
「お前なあ。俺はええから自分のこと心配しとれ。その武器は手放したらあかん、お前だけのもんやないと」
「……了解です」
なんとなく手にした剣を見る。薄く輝く黄緑の刀身。透明感があり目にしただけでそれが持つ力を感じさせる。
艇剣・翡翠。貨物船ほどの大量の荷物を保持できる、〈固有空間〉という能力がある剣だ。俺の〈工房〉に荷物は置けるが、はぐれる可能性もある。その時、いつでもここに逃げ込める俺より彼らの方が危険なのは間違いない。
そう思って、命(厳密にはエネルギー)を支払ってまで鍛造したのだ。なのに、彼らは断固として受け取ろうとしない。いや、彼らと言うより兄貴1人だ。それ以外のメンバーはもういい加減受け取ってもいいだろうと考えている雰囲気。
「……まあ、受け取らないなら仕方ないです。いきましょう」
「ああ」
「はい!」
それぞれが武器を握りしめたのを確認して、俺は工房の外へ出すための魔法陣を展開した。
そして、俺たちは歩き出すのだ。それぞれの道を。
投稿スタダのやり方分からない。やっぱ異世界転移だとそもそも無理なのでしょうか。難しい。