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工房主と居候共

 目が覚めると、工房の保管室が開けられていた。面倒な事だが、これ以上素材を取られるのは何倍も面倒くさい。

 仕方ないので3人を部屋から出るように指示した。強制的に部屋から排除することになるかとも思ったが、素直に従ってくれて助かった。それならそもそも入るなよとは思ったが。


「……」


「……」


 鍛造室で俺と3人が向かい合い、無言の時間が過ぎる。女性に見覚えはないが、十中八九助けた時に動けた奴のうちの一人だろう。

 やがて、沈黙に耐えきれなくなったのかヤクザの兄貴が口を開いた。


「その、やな。……勝手に入るなと言われとった部屋に入って悪かった」


「……はあ。別に。いいんじゃないでしょうか」


 こちらとしても、別に本当に彼らを制御できるとは思っていなかった。1人はヤクザだし。共に行動したのはごく短時間、情が芽ばえるような山場もなかった。

 入るなと言ったのは入って欲しくなかったからで、入らせない為ではなかったわけだ。細かなニュアンスの違いだけど、そこを勘違いしているんだろう。


 まあ、説明が難しくて面倒だからわざわざ言ったりしないけど。


「なあ、あの部屋はなんなんや? 俺やメガネと比べて、お前のスキルは頭一つ抜けとる。どういうことなんや?」


 疑問を心の内に止めおけない。いい歳した大人が、自分の心を抑える術を身につけていないらしい。

 説明が面倒だけど、ここで説明しなければまたあの部屋に入られる危険性が高くなるか。


「……あの部屋は保管室です。こちら世界に存在するありとあらゆる素材はあの部屋に陳列され、その量は無限に等しい。棚に並べられた状態では厳密には存在しておらず、俺の命を幾分か支払って素材を購入することができる。自動販売機のようなものですね」


「量は無限? なんやそれは……待て、命を支払うやと?」


「ランク12のキスリルライト50グラム、ランク10のフロンダイト鉱石234グラムを取りだしましたね。大雑把に計算して、約30年分寿命が縮んだことになります。本来存在したエネルギーから既に天引きされて、今の俺は病や事故を考慮しなければ50歳前後で死ぬことになります」


「……」


 狼狽して言葉を紡げない様子の2人。女性はそもそもスキルを理解していないのだろう。

 また、ここまで狼狽していることからメガネくんの分析ではこの情報を見抜けなかったということになる。一応そのことは覚えておこう。


「ほんとに自動販売機みたいなものですから、一度購入したものを元に戻すことはできません。エネルギーを再び得る手段は、他の存在から取り込むか薬に頼るしかないようですね。まあ、この世界にはまだ存在しない薬みたいですが」


 ふぅ、と息をひとつ零す。3年分くらい喋ってしまった。もう当分口を開きたくないな。

 兄貴も理解するのに時間がかかっているみたいだし、俺はまた少し眠るとしよう。そうだ、錬金室に確か強制的に眠らされる薬草があったはずだ……




 〇──〇──〇──〇──〇──〇──〇──〇




 天パが突然席を立ち、俺がまだ中を覗いていない部屋へ消えていってからすぐにメガネが言葉を漏らした。


「……言われてみれば当然なことでした。強大な力には、何らかのリスクがある。兄貴の2発制限がいい例です。それなのに、考えなしに能力で作られた空間を弄るなんて……僕は……」


「やったもんは仕方ないやろ。取り返しのつかんことや」


「命を支払うだとか、あなた達そんなことを信じているの? 男の子っていつもそうね」


「……おいメガネ、スキルと職業のことを教えてやれ」


 そうしてメガネが話した内容を、女性は到底信じられない様子だった。あの最初の広間で鑑定された内容も、おそらく聞き流していたんだろう。


「……あなたの職業は魔術師です。名前の通り魔法が得意で、固有スキルは規定魔法。魔法は種類によって効果が同じですが、制限をかけることで特定の部分を強化できるようです。今すぐに魔法を使えるのかは分からないですが、固有スキルの詳細はもう知っているはずですよ。自分の、胸の内側あたりに意識を集中してみてください」


「…………これは……」


「やろうと思えば、あなたのことをもっと詳しく調べられますよ。信じられなければ、あなたの本名や親の名前でも言い当ててみせましょうか」


「…………一応、おねがい」


「わかりました。あなたの名前は……で、両親は……、……ですね」


 プライバシーの保護のつもりか、メガネはわざわざ黒髪ロングの耳元で証明をした。

 そして、それによる黒髪ロングの変化は大きい。


「驚いたわ。そうね。信じましょう。……あぁ、なるほど。この部屋はあの子の力なのね。そう、さっきの説明は……そういうことね」


「そうです。僕達はあの方の命を一部分とはいえ奪いました。それを分かって欲しかった」


「……謝りに行くわ」


「っ! 僕も行きます!」


 共犯の心理か、メガネと黒髪ロングの距離感が縮まったような気がした。立ち上がった2人はすぐに天パが消えた部屋に入っていく。だが、そこにいた天パは壁によりかかって毛布をかぶり、眠っていた。

 2人はまたすぐに部屋から出てきて、静かに扉を閉める。


「エネルギーがどうとか言ってたわよね。眠らないといけないほど憔悴しているって可能性もあるわ」


「見た感じ苦しがっている様子はありませんでしたが、その可能性は高いと思います。今はそっとしておくべきですね。……もどかしいですが」


 今更謝ったところで自己満足にしかならないが、2人はそれを理解しているのだろうか。

 俺らのように落とし前をつける訳ではあるまいし。


「しかし、天パがあそこで寝るってことはやっぱベッドや布団は無いんやな。毛布はあるみたいやが……」


「さっきあの部屋に入った時は気付かなかったわ。どこに置いてるのかしら」


「あっちで休ませとる奴らがキツいな。起こして毛布だけでも貰うか」


「そうしましょう」


 奴にデカい負い目を作った2人では天パの眠りを邪魔するのは難しいだろうと考え、俺が率先して動く。


「おい、おい起きぃや天パ!」


「ん……んぁ、兄貴? どうしました」


「あっちに助けた女を休ませとる。でも毛布もないし硬い床にそのまま寝かせとる状態や。毛布かなんかないんか?」


「あぁ……ないですよ」


「え?」


「でもそのままにする訳にもいきませんね。造ります」


「なに?」


「とりあえず30枚あれば十分ですよね。〈作成〉…………はい。どうぞ」


 天パが棚からいくつかの植物を集めて一言呟くと、その素材たちが急に光を放ち数秒後にはそこに毛布があった。


「じゃあ、すみません。俺は寝るので」


「ああ……」


 これが、工房主の力。やはり、この空間はおまけでしか無かった。至る所に置いてある機器やフラスコたちを使わずとも毛布を作り出した事実は、俺に強くそう思わせた。


 無言のままメガネのいる最初の部屋に戻り、すぐ女たちに毛布をかけてやる。


 食料も同時に確認すればよかったと気付いたのは、約1時間後のことだった。

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