女を貪る男と男を見下す男
「待て…………よし、急げ」
「ッス」
兄貴に連れられて城の中を歩くこと10分。
フロアの構造を分析してくれた超有能サポーターのメガネくんの功績によって、この短時間で俺たち3人は目的地近くまで来ていた。
「多分、スキルってのは再使用にかかる時間とか1日に使える回数とか、そういう部分に制限があると思うんです。それか魔力……MPみたいなものがあるとか。その辺は分析者で確認できない?」
「すみません、見える情報を切り替えるのが難しくて……多分、見れると思うんですけど……えっと……」
「多分2発やな。2発撃てて、また使うまでの時間制限がそれぞれの弾に決まっとる……気がする。なんとなくやけど、筋は通ってるやろ」
だんだんと兄貴の口調が砕けてきた。これは……ラブコメの予感……!?
「っ!」
ふざけてる場合じゃなかった。メガネくんが引っ張ってくれなかったら、兵士に見つかっていただろう。危なかった。
「多分、多分やけど、また撃てるようになった。突っ込むか?」
「待ってください。1度、自分のスキルを試してからで大丈夫ですか?」
兄貴が顎に手を当てて、何かを考える。多分、安全マージンと見回りや城で働く人に見つかるリスクを天秤にかけ、高度な計算をしているのだろう。さすが兄貴、賢い。
「手早く済ませるならええ」
「了解です。……? そういや、自分のスキルの使い方ってとうやって知ったんですか?」
「あぁ? なんか……こう……分からんか?」
「そうですね、自分に集中するというか……なんとなく? ですかね。言葉で伝えるのは難しい感じです」
「うん? ……おぉ、なるほど」
メガネくんのふんわりした説明に従って自分の中に意識を向けると、確かに違和感が感じられた。
知らない何かがそこにあって、知らない知識が自分の中にあると気付く。
「ああ……すみません。なんか、ここで使ってもあ意味無いっぽいです」
「……そうか。なら行くぞ」
「はい」
作戦も何も無い。ただの突撃だが、情事中の男など相手にならないだろう。…………スキルを持っていない限りは、だが。
まあ、ここまでの色々を鑑みるにその可能性は低いと思う。
「あそこですね」
「見張りが2人か」
「……それでいけますか?」
「さあな。危なくなれば扉ごとぶち抜くだけだ」
さすが兄貴、頼もしい。武器が鉄の棒だとしても、聖剣を装備してる勇者より頼りになるぜ。
ちなみに、鉄の棒は牢屋エリアで採取したものだ。掘削男が武器として削り取った鉄柵である。壁を貫通して牢から脱出した後に、鉄柵自体も削れることに気付いて武器として頂いたのだ。
……俺たちが持ってるのはおこぼれ──余り物でしかないけど、品質に差はないはずだ。
「……30秒後に見回りが通過するはずです。その15秒後に行きましょう。カウントします」
「おう」
分析者。広間での鑑定では「あらゆるもの」を解析すると言っていたが、どうやらデータや情報を分析することにも適しているようだ。
数回見回りの兵士を見かけると巡回ルートや時間を割り出してしまっていた。
当然、何か用があって廊下を通る人まで予測できるはずもないが、十分すぎるほどありがたい。
「2……1……」
「行くぞ」
兄貴の合図で突っ込む俺とメガネくん。カウントしてたのはメガネくんなのに、おいしいとこだけかっさらうなんて!
「……ッ!」
「がぁっ!?」
「なっ……!?」
無言の気合と共に兵士の横から突撃し、手前に立つ兵士の顔面を殴りつける。いくら頭防具があっても顔面は守れていない。先端を鼻に合わせれば一撃必殺だ。死んではいないと思うけど。
そして、撃沈した兵士の奥に立つもう1人の見張り兵をメガネくんが鉄棒で殴る。が、さすが兵士と言うべきか、手にしていた槍で受け流しやがった。
「ヤバいだろこれ」
「どこがだ。3対1だぞ」
「兄貴!?」
一瞬だった。どういうことだろうか、訓練されているはずの異世界兵士より地球出身のヤクザ兄貴の方が強いらしい。まじかー。
「驚くのは後にします。メガネくんはそっちの槍を回収して!」
「はい!」
武器はグレードアップした。さあ突撃だ。
「扉開けたら一気にいきますよ、中にも兵士がいる可能性を忘れずに!」
「カウントします。3……2……」
「待てや。俺が扉を破る」
「え?」
兄貴が1本前に出ると、まるでプロ野球選手かと思うような綺麗なフォームで鉄棒をスイングした。
ちゃちな鉄の棒で、このデカい扉を壊す? 木製とはいえさすがに──
ドゴァァァァァアアアッ!!!!
「どぇぇぇぅええええ!?」
木っ端微塵とはこのことか。なぜ扉の上部まで砕け散っているのか不明だが、跡形もないほどにバッキバキのボッロボロだった。これが破壊者の力ですか。そうですか。
「天パさん!」
「ッ!」
メガネくんに声をかけられて俺はやっと正気を取り戻す。突撃だ。
そう思って部屋の中へ意識を向けると、そこに広がっていたのは酒池肉林。女の裸と、男の裸。脱ぎ捨てられた衣類たち。それだけしかない、吐き気催す空間だった。
扉がぶち破られたことによって、その宴は止まっており、中にいる人間の視線がこちらに向けられていた。
「天パさんってば!」
「クソ」
メガネくんの指さす方向を見れば、そこにはあの肥太った王がいた。その下には勇者と呼ばれていた女。
「死にさらせクズ」
「兄貴……」
瞬きの間に、デブ王は肉塊へと変わっていた。兄貴によってもたらされた破壊だ。
もう一度起こされた破壊によって、裸の男はこの部屋からいなくなった。
「人数が多すぎて心のケアまでやる時間はないです。連れ出しましょう」
メガネくんの出した案に乗っかり、女性たちを連れ出そうとする兄貴。たが、誰かが警報か伝達のスキルを使っていたのか、廊下の遠くの方からガシャガシャと兵士が走ってくる音がする。
「すまん。2回とも使ったから今は吹き飛ばしは使えんぞ」
兄貴の謝罪に驚く。ヤクザでも人に謝るんだ。
「仕方ないですよ。一時しのぎになりますけど俺が何とかしましょう。女性を1箇所に集めてください」
「……分かった。おらメガネ、お前も動け」
「はいっ!」
動く気力のある女性は16人中5人のみ。その子たちも手伝ってくれて、なんとか兵士が来る前に作業は終わった。
「どうするつもりや?」
「一旦隠れます。……あ、これ唱えないとダメなの? まじかー。いきます。『真なる技術は芯たる工房にて造られる。開け我が想像工房』」
呪文……いや、最近じゃ詠唱って呼び方の方が一般的か。この詠唱によって、俺を中心に光る幾何学模様が展開される。
その光が一段と強く輝くと、次の瞬間、俺たちはある程度の広さがある部屋の中にいた。
これが俺の想像工房。置いてある器具の使い方が説明書を読まなくても分かる。
……あ、やばい。そろそろ電池きれそう。