悪意に満ちれば人は嗤い、善意に満ちれば人は微笑む
「グヒヒ、歓迎しよう異世界からの旅人達よ」
上から降ってきた声に目を向けてみれば、そこには豪華な服装に身を包んだ太った男。王冠を載せていることからして、王様といった風情だ。
俺が一時腹囲90cmまで太っていた時と比べてみれば、その異常さがよく分かる。多分、300はあるな。
「宰相よ、はよう〈鑑定〉を」
「は。グリア、右から順に〈鑑定〉結果を読み上げよ」
宰相……に命令してるってことはやはりあのデブが王様か。俺の夢にしてはセンスがないな。つーか、説明も何もなし? あるべき配慮がそこにない。設定の説明はマストだろうが。
彼らの視線を追って自分の周りを見てみれば、30人ほどの全体的に若めな日本人がいた。誰一人として見覚えはなく、王様にメンチ切ってる明らかにヤクザっぽい人もいた。スーツこわ。
俺がそんなことを考えている間にも〈鑑定〉とやらの結果が順番に晒されている。そう、俺の周囲にいた人間が順番にだ。俺の順番もすぐ来そうだ。
「職業、サムライ! 刀という武器を扱う戦闘適正のある職業です! 固有スキル、烈双! 強力な2連撃を放つスキルです!」
「職業、天駆者! 魔力で足場を作り空を走り、高速で移動する戦闘適正のある職業です! 固有スキルは、踏駆、あらゆる場所に移動を補助する足場を生み出すスキルです!」
「職業、分析者! あらゆる物を解析する職業です! 固有スキルは分析、あらゆる物を解析するスキルです!」
そして、俺の番が回ってくる直前。
「っ! ……職業、勇者! あらゆる魔を退け補助も戦闘もできる職業です! 固有スキルは勇魂、自身の可能性を、広げる? スキルです!」
その声に、周囲の人間がざわつき始める。
「おお! ついにか! ぐひ、しかも女勇者とは!」
「やりましたな、王よ」
「うむ。よし、では他の者は殺せ」
「……いえ。王よ、お忘れですか。勇者召喚で召喚した者が50時間以内に死ぬとその国に呪いがかかるのですよ」
「んぅ? おお、そうだそうだ。そうであった。ぐふ、ぐひ……よし、では男は全員牢へ入れておけ。勇者以外の女は殺さない範囲で使う。寝室に連れておけ」
「は。一等兵は男を牢へ運べ! 二等兵は女を陛下の寝室へ! くれぐれも傷を付けるなよ!」
やれやれ、勇者だけ確保すれば後はいらない、しかも女だけ丁重に扱えとは、思惑がスケスケスケトウダラだ。ありきたりすぎて草も生えない、干ばつに襲われた大地に恵みの雨を祈らねば。
そして、気付けばがっちりと鎧を着込んだ兵士に片腕を掴まれる。痛い。
「ちょっ……痛いですって…………ん? 痛い?」
もしかしてだけど。
「「……夢じゃない? ……え?」」
ハモった。ハモるならせめて女性とがよかった。いや、別に女に飢えてるわけじゃないけどさ。
同時に全く同じ言葉を呟いたのは、クソイケメンな茶髪野郎。学生服のクセして薬指にリングを付けて彼女いますよアピールをしている痛いヤツ、というのが第一印象である。はぁ。
ここまでしっかりした装備の兵を相手に抵抗する気は当然ないので、大人しく、いやむしろ率先して牢への廊下を歩く。
結局、牢に入れられるまでに助けは来ず、道中で起こったイベントは兵士が兵士に王の愚痴を零したくらいのもんだった。
「おら、入れ! 怪我したくないならさっさと自分から入りやがれ!」
もちろん、武装した成人男性に怒鳴られて反抗する気力が日本でぬくぬくと育った俺たちにあるはずもない。怯えた顔をして従うのみである。
全員が牢に入ったのを確認すると、兵はすぐに鍵をかけてどこかへ行ってしまった。見張りも見える位置にはいない。
「……なあ、こんな訳の分からないまま俺たちは死ぬのか? 夢なんだろう? 早く醒めてくれよ、笑えないぜ……」
しばらく無言の時間が続いた後、誰かがそうこぼした。
「時間はある。あと48時間程度だ。それまでに逃げ出すしかないな」
「はあ!? お前どうかしてるわ! こんな鉄と石の牢屋からどうやって逃げ出すってんだ! 」
「随分リアルな夢だよなぁ。痛みもある。匂いもある。意識も鮮明だ。あはは……」
「いい加減受け入れろし。頭固すぎだろおっさん共はよ」
「うるっせーなゴミ共。それ以上喚くと殺すぞ」
阿鼻叫喚。地獄のような様相を呈していた牢屋は、凄みのある脅し1つで収まった。
腕にびっしりと刺青を入れた、金髪で筋肉質な男性。てか、この人も大人しく兵士に従ってたんだよな。意外だった。
「そこのあんちゃんの言う通りだよ。さっさと受け入れろ。牢をぶち破って女共を助ける。俺は向こうでまだやる事があんだよ。帰るために協力しやがれゴミ共」
威圧的で高圧的で強圧的なその言葉に、反感を示すアホがひとり。
「おいキミ、何様のつもりかね。どうせロクな仕事にもついていないんだろう。キミのような社会のクズが私の上に立とうなど、笑わせるのも大概にしてくれよ」
「あぁ?」
意味不明な理論で突っかかっていったのは、ピシッとしたスーツに身を包んだメガネで七三分けのお兄ちゃん。20代だろう。エリート然とした表情からは、周囲の人間全てを見下しているのが伝わってくる。
そして、ヤのつく職業についてそうなお兄さんは当然ブチ切れもうした。やめてよ。巻き込まれなければ別にいいけどさ。居心地悪いじゃん。
「見たところ、まともな大学を出ていそうな人さえいないな。いいだろう、私がキミたちを導いてあげようじゃないか。誰か、この場所について知っているものはいないかね?」
アホだ。全員そうおもっただろう。立ち回りも現状把握力も何もかもがアホ。これも一種のコミュ障って奴なのかもしれん。
そして、そんなエリート兄ちゃんの言葉でついにヤのつくお兄さんが立ち上がった。
「とりあえず死んどけ」
「はあ? 何を言っているのだねキミ。妄想にでもげぶらっ」
「…………は」
赤。黒ずんだ赤は紛うことなき血の色であり、汚れている血を運んでいるのは静脈と動脈どっちだったっけいや黒ずんでいるのは酸素を含んでいるからって話も聞いたことがあるようななんていう関係ない思考で無意識に現実から目を逸らそうとしてしまう。
キャァァアアアアと、もしここに女性がいればそう叫んでいただろう。人が死に、全員がヤのつくお兄さんから離れようとする。視界の端では誰かがゲロを吐き、貰いゲロして地獄の連鎖が始まる。
が、俺はそれどころではない。
俺たちが別の世界に召喚されたとかいう訳わかんないパターンだったとして、あのデブ王や宰相が言ってたことも本当だとすれば、この国に呪いがかかってしまうのでは。
というか、その呪いが発動しちゃったら俺たちが50時間だけは生かされるっていう唯一の活路が無くなっちゃうのでは。
詰んだなコレ。おわた。
死体の話をしよう。人間に関わらず死体は見慣れているが、血が流れている程のものはそうそう遭遇するものではない。
口元と胸元に、謎の痕がある。ハンマーで殴り飛ばしたような、不可解な凹み。潰された諸々が流れ出して、映像的には非常によろしくない。いくらホラー好きでグロに耐性があってもこれはなかなかキツい。特に匂い、映画では感じることの出来ない感覚と周囲のゲロが俺のゲロを誘発する。
よろしくない。今見ているのが現実だと認識しないように、なんとか意識を誤魔化す。……ふう。
「協力しねえならそれでもいい。ここに残って大人しく殺されるのを待つんだなゴミ共」
そう行って、お兄さんは牢の鉄柵へ向き直る。
「吹っ飛べや」
…………シーン。
「ああ?」
恥ずかしい。カッコつけて吹っ飛べとか言ってたのに。あれ、顔赤くなってる? 可哀想に。人殺しに同情も何も無いけど。
てか、さっきからなんだ? 死体の痕といい、今の言葉といい……待てよ、確か広間で……
『職業は破壊者! 装備などを壊して戦う戦闘適正職です! 固有スキルは砲眼、視界にあるものを壊して吹き飛ばすスキルです!』
そうだ、スキル。ゲームやってれば大体わかる、必殺技みたいなもんだ。つまり、ヤのつくお兄さんは〈砲眼〉っていう必殺技があって、それで鉄柵を吹き飛ばそうとしたんだ。
吹っ飛べっていう言葉からして、一回成功したから調子に乗ったんだと思うけど、失敗したのか? ……分からんな。
「……チッ」
結局、ヤのつくお兄さんは牢の壁に背中を預けて座り込んだ。
地獄の沈黙タイム再開のようだ。……いや、まだ吐いてる奴がいるから静寂ではないんだけどね。
そしてここで、俺は重大な問題に気付いた。
……もし、異世界へ来たことで全員に能力が与えられているとするならば。あの広間で自分の能力を知ることができなかった奴には未来がないのではなかろうか。
ヤバいな。何を隠そう俺も自分の力を知らない。なんか……こう……ないのか? ゲームのステータスみたいな?
むむむ……むん……ぬお……ダメだ。声を出せないこの状況じゃ試そうにも難しい。いや、別に声は出そうと思えば出せるけど。いきなりステータスだとか叫ぶのはねぇ。
いや待て、そういえば……
「なあアンタ、確か分析者だったよな? 俺の職業とやらが何か分からないかな」
「っ!?」
ヤのつくおにい……めんどくさいな、ヤクザでいいや。
ヤクザの前で私語をかける俺に驚いたメガネくんは、固まったまま返事を返さない。
ヤクザの方をチラ見してみれば、座り込んでそっぽを向いたまま動いていなかった。声は聞こえてたはずだけど……まあ、そういう事だろう。
「聞こえてた? 俺の職業を調べて欲しいんだけど」
「ぁ……あの……」
「気にすんな、咎めるつもりなら俺はもう死んでるか殴られるかしてるはずだろ? まだ生きてるってことはそういうことだ。さあ、鑑定を頼む」
「…………分かりました」
メガネくんは視線を俺とヤクザの顔の間で3回行き来させて、ようやく返事をしてくれた。嬉しいことに応えは是だ。
「正直言うと、ずっと皆さんの頭の上に情報が見えてたんです。制御する方法も試してて……」
「マジ? すごいな……で?」
思わず圧が強い聞き方になったが、死活問題だ。仕方あるまい。
「貴方の職業はクラフトマスター。工房主と書いてクラフトマスターです。固有スキルは工房。ものを作り出す工房を生み出す能力らしいです。すみません、職業の戦闘適正? って奴は見方がよく分からなくて……」
「工房主? クラフトマスター? マジかよ、いかにもな生産職きちまった……」
不味いことになってしまった。生産職。怠惰な俺に最も向いていない職業だ。素材の準備やらなにやら、今までにやった事のあるいくつかのMMORPGでは1度も馴染めなかった生産職に、なってしまった。
しかも、ここから抜け出すにあたっては完全に戦力外だろう。せめて回復とか強化ができる方の魔法支援職だったら良かったのに……
そんなことを考えていると、周りのヤツらもメガネくんにたかりだす。さっき広間で鑑定してもらえなかった5人ほどだ。
女子の方は酷いことになってそうだよな、あっちにも鑑定してもらえてない人はいたし。
「貴方の職業は掘削師です。固有スキルは掘削、素手でどんなに硬い地面でも、たとえ石でも削り取って穴を掘ることができるそうです」
「それだ! よしお兄さん、こっちの壁を掘ってくれるか。はい固定術士のキミは上から石が落ちないように抑えててね~」
作戦は単純、壁を突き破る。突き破るとどうなる? そんなもの決まっている。隣の牢屋に出るんだ。
「よし、こっちは鍵かかってない。出れるぞ」
「おお! さっさとこんな所出てやろうぜ!」
「だな! あの兵士共にも痛い目見せてやる!」
ああ、ダメだ。調子に乗り出した。これはコイツら死んだな。
少なくとも、1歩進めただけで調子に乗るような奴と共に行動はできない。動くならヤクザとだな。
「……馬鹿共は行きました。動きましょう」
「俺についてくる気かお前?」
「人を躊躇なく殺せる人間がこの状況でどれだけ大切か、逃げるように出ていったアイツらには分かってないんでしょう。それより、女性の方が心配です。急ぎましょう」
「それもそうか。んならすぐ行くぞ」
「はい」
驚いたことに、俺と兄貴の後ろから、メガネくんも着いてきていた。兄貴と話す勇気がないのか無言のままだが、鑑定が終われば用無しだとでも言うように無視されていたのが堪えたのかもしれない。
「メガネくんも、ほら急いで」
「っ! はい!」
「いや兵士にバレたらどうすんのおっきい声出すなって」
「ぁっ……はぃ……」
なんとも、先行き不安である。