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屋上の端にて

作者: life yell

 彼女の部屋をはじめて訪れたのは付きあいだして二週間目の日曜日だった。部屋はファンシーな色合いで統一され、ベッドの枕元には尋常じゃない量のぬいぐるみが並んでいた。

 僕がその光景に圧倒されていると、何を勘違いしたのか彼女は鼻高々といった感じで説明してくれた。

 これが三歳の誕生日にお友達になった子、これが幼稚園の入学と一緒にお友達になった子、これがピアノコンクールに入賞した時にお友達になった子、などといった具合だ。

「この中で一番お気に入り子、わかる?」

 お友達に優劣をつけるなんて下劣な、もとい味な真似をと思ったが、僕はそんなものを露ほどもみぜずに分らないよととぼけた。

 彼女は少し眼を光らせて、その中でも一番小さなぬいぐるみを抱き上げた。

 そうでなくては困ると白ける気持ちを隠し、僕は大げさに驚いてみせる。それは先週の初デートで僕が買ってやったものだった。サイズのわりにいい値段がしたので、ただでさえ薄い財布はさらに薄くなった。

 しかしそれもこの日のためだった。

 僕はぬいぐるみごと彼女を抱きしめるとそのままベッドに押し倒した。彼女は嫌がるそぶりを見せない。キスを交わすと、彼女の手からぬいぐるみを奪って放り投げた。

 事が終り、僕の胸に熱い吐息を吐きながら彼女は語った。曰く、この部屋のコンセプトは夢の国なのだという。もっともっと頑張って凄いものにするのと言っていた。

 そんな夢の国で彼女が首を吊ったのは、付き合い始めて丁度一年目のことだった。

 僕は彼女の訃報を聞いた時、不謹慎ながら悲しみよりも彼女の器用さに関心してしまった。生前の彼女は不器用の塊だった。例なんていくらでもあげられるが、故人の名誉に差し支えるので控える。

 そんな彼女がカーテンレールを利用した首吊りをしたのだ。足のつく高さでよくぞやったと僕は賞賛をしてしまった。

 納骨を終え、セミの抜け殻のようになった彼女の両親に別れを告げると、僕は学校へ向かった。特にこれといった理由はない。こんな田舎ではほかに高い所がないし、彼女と一緒では芸がないと思っただけだ。

 下駄箱で上履きにはきかえ、日曜日の人のいない校舎を口笛を吹きながら歩いていると、校庭から運動部の掛け声が聞こえてきた。その声がなぜだか僕の足を急がせた。

 当然屋上へ通じる扉には鍵がかかっている。しかし何事にも抜け道はあるように、それは体力だけは有り余る高校生の学び舎にもあった。

 たとえばここ、屋上手前の踊り場だ。

 窓枠によじ登り、手を伸ばせば屋上の柵に手が届いてしまうのだ。

 下を見れば四階分の素晴らしい光景。口笛を一つ吹いて、これなら死ねるかなと柵を乗り越える。

 そのままでは下から見られてしまうので、背を低くして屋上の真ん中まで進んだ。排ガスや鳥の糞やその他わけのわからない物で汚れてはいたが、この後すぐにこの世を旅立つ予定なので気にしない。僕は思い切って寝ころんだ。

 空には重い雲がたれこめていた。どうして今すぐ雨が降らないのか不思議でたまらないそんな雲だ。

 無性にタバコが吸いたくなった。ポケットをまさぐったがタバコの箱がなかった。そうだ、火葬中にすべて吸ってしまったのだ。

 僕はチェッと舌打ちをした。仕方がないのでボールペンをタバコ代わりに咥えてみた。こんな空模様を眺めんがらだと案外吸っている気になるから不思議だ。

 さて、と僕は立ち上がった。そろそろ時間である。

 よっこらせ、と柵に足をかけたところで、はて、と疑問が頭をもたげる。こういうい時は靴を脱ぐべきなのだろうか? 残念ながら初めてのことなので分らない。

 そもそも遺書だって書いてない。別に死後のことなんてどうでもいいが、無駄な勘繰りをされては困る。何が原因というわけでもなければ、誰の責任でもないのだ。

 かけた足を戻して屋上の真ん中まで戻った。そのままゴロンと横になった。

 紙を取りにいちいち下まで取りに戻るのはなぁ、と床に指をはわせると跡が残った。発見である。これで一つ問題が解決した。しかし解決したそばから次の問題にぶつかった。遺書を書くには当然理由が必要だ。あいにくそんなものは持ち合わせていなかった。

 だったら適当な理由を並べるだけでいいのに、これまたいくら考えても何にも浮かんでこない。どうやら僕の想像力は危機的状況に追い込まれているらしい。

 空は相変わらずの様子だ。垂れこめた雲が、ゆっくりとうごめいている。

 もう一度ボールペンを加えた。そのままウンウン唸っていると、屋上へと続く扉が開いて誰かが入ってきた。

 驚いて体を起こすと、胸元に赤ちゃんを抱いた制服姿の女がこちらに歩いてくる。

 この子には見覚えがあった。一年の夏前、ご懐妊したとかでこの支配からいち早く卒業していった子だ。

 女は柵の前までくると立ちどまった。何やらよからぬ気配を感じ、何をするんだと僕は言った。

「何もかも嫌になったのよ」

 蒼白い顔をした女は言った。

「だからって、そんなことをしてはいけないよ」

 ついさっきまでやろうとしていたことは一旦隅においておいて、僕は命の尊さや人生の意義などどこかで聞いたことを並べ立てた。

 僕が一息ついたところで、女はふんっ、と鼻で笑った。

「私が死ぬわけないじゃない」

 そう言って赤ちゃんを柵の向こうに放り投げた。

 そこで目をさました。

 厚い雲はとうとう泣き出し、僕に雫をたらしていた。

 手で顔をぬぐった。どうやら眠ってしまったようだ。彼女が死んでからあまり寝られない日が続いていた。

 僕はのびをすると、誰もいない屋上を見回した。

 静かだった。

 雨にぬれた柵に手をかけ、靴もぬがずに身をなげだした。

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