金平糖の夜空に
七夕の日に投稿するつもりが……。気がつけば終わってしまっていました。
少しだけ昔の話。彼女は夜空に流れる星を見て、空が泣いているみたいだと笑いながら呟いた。
夜の暗幕を横切る銀の雫。一筋の尾を引いて流れ行く星は空が零した涙の粒。流れ行き願いを運ぶ涙の雫は、優しく世界を伝っていく。
なるほど、空が泣いているとは、上手いこと言ったものだ。まるで詩人のような彼女の言葉に、当時の僕はほとほと感心するばかりだった。
つまるところが星なんて全く興味のなかった僕が天文部に入ったのは、結局はこういうことなのだろうと思う。そもそもが文系の僕には天文学なんてさっぱりだし、星座だってせいぜいが占いで使われている程度の数しか知らない。
そんな僕が天文部に入ったのは、彼女の言葉をもっと聞いてみたいと思ったからなのだと思う。
流れ星を涙だと表現する彼女なら、他の星はなんと例えるのだろう?
有り体に言えばロマンチストで詩人のような。そんな彼女の言葉をもっと聞いてみたいと思ったから、入部したわけなのだけれども。
しかしそれは僕が星について興味を持ち始める、確かなきっかけともなったものだった。
☆
7月7日。
その日、天文部に所属する僕は学校の屋上にて天体観測をすることとなっていた。
軽快なリズムで階段を昇る。右手にはコンビニの袋、左手には座布団と毛布を抱え込んで僕は屋上へと向かっていた。
時刻はすでに午後九時を回っている。誰もいない夜の校舎は少し気味が悪く、一段とばしで目的地へと急いだ。
屋上の扉は所々赤茶げていて古びたものだった。
安全面のためか、この扉は鍵をかけられ常に固く閉ざされている。ゆえに屋上へと足を運ぶものは誰一人といなかった。
……もっとも例外を除けばの話ではあるのだけれど。
すっかりと劣化してしまっている寂れた扉を一瞥する。不思議とドアノブの周りは綺麗だった。古びた様子はない。
手をかけるとドアノブはすんなりと回ってくれる。鍵はすでに開けられているようだった。
ぎぃっと古びた音をともないながら、ゆっくりと扉を開く。
そして次の瞬間には、燦然と煌めく満天の夜空にのみこまれている自分がいた。
頭上を覆い尽くすような星々。彼女曰わく『宝石を散りばめた暗幕』は、一瞬にして僕を夜の世界に引き込んだ。
瞳に映る星々は己の存在を主張するかのごとく強く光を放ち、そのあまりのスケールの大きさに僕は思わず息をのむ。
まさに圧巻だった。人間では比べものにならないほどの圧倒的な生命力を燃えたぎらせる星は、ただただ美しく綺麗だ。
いや、もはや美しいや綺麗などという低次元なものではない。形容することすらおこがましいこの力強い星のまたたきは“すごい”の一言だった。
「今夜もいい星見日和だね」
いつの間にか空を仰いで星に心を奪われていた僕の前方から軽やかなソプラノが聞こえた。声のする方へと視線を移すと、屋上のフェンスにもたれかかっていた少女と目が合う。
彼女の名前は星野 美夜。天文部の部長にして僕の先輩。
腰まで届きそうな黒髪を風に遊ばせながら、美夜先輩はニコリと微笑んだ。
「ご苦労様、暦くん。荷物、重かったでしょ?」
その視線の先には僕の右手にかかったコンビニ袋と左手に持った毛布と座布団。どれも天文部部室から屋上にへと運んできたものだ。これらの星を観測するにあたって一見何の関係もなさそうなものは、天文部にとって望遠鏡の次に必要不可欠な備品なの、とは美夜先輩の弁である。
先輩のもとへ歩く。近くにすでにセット済みである天体望遠鏡を見つけて、その脇に座布団二枚を並べた。
役割分担は簡単。星に詳しい美夜先輩は望遠鏡の準備を担当。毛布や座布団などを運ぶ力仕事は僕の担当だ。まさに適材適所と言ったところか。
ちなみに僕よりも先に屋上へと向かっていた先輩ではあるが、前述の通り本来は屋上というのは立ち入り禁止となっている。そもそもが生徒達の下校時間もとうに過ぎていた。夜の校舎には僕と先輩の二人だけ。
つまるところが、天文部は屋上を不法占拠しているのだった。
学校には秘密で屋上の合い鍵を作っているというのは、僕と先輩しか知らない内緒の話だ。
「それで、晩ご飯は持ってきてくれた?」
「はい、一応。とりあえず先輩の嗜好がよく分からなかったので、おむすびをいくつか買ってきました」
さっそくと用意された座布団にペタンと腰を降ろした美夜先輩は、ガサゴソと僕の右手のコンビニ袋を物色し始める。
ガサゴソ、ガサゴソ。
しばらくしてお目当てのものを見つけたのか、取り出したおむすびを片手に美夜先輩は満足そうに微笑んだ。その手には『紅鮭』と表示されたおむすび。
「先輩、サケ好きなんですか?」
「勿論、三度の飯よりもサケが好きだわ。アラスカ産のサケなんかたまらないわね。私の前世はきっとクマだったんじゃないかしら?」
そんなことを真顔で言ってのける先輩。
サケをくわえた木彫りのクマと、嬉しそうにおむすびを頬張る美夜先輩を交互に思い浮かべて、僕は思わず苦笑してしまう。
スラリと長い手足に、スレンダーなモデル体型。さらさらと流れるような黒髪に、透けるように白い肌。とてもじゃないがゴツいクマと先輩とでは等号で結びつかない。百歩譲ってもクマさんのぬいぐるみ辺りではないだろうか?
「よくぞ、サケさんおむすびを買ってきてくれたわ。ぐっじょぶよ、暦くん」
モゴモゴとおむすびを咀嚼しながら、僕の頭を良い子、良い子する先輩。
頭を撫でられて恥ずかしいような照れくさいような、妙な気がした僕は、ごまかすように適当なおむすびをパクつく。
そんな僕を見て、自称クマがクスリと笑った。
☆
空気は静謐だ。耳を澄ます。虫の鳴く音が聴こえた。
ゆるい風がそっと頬を撫でて屋上はとても心地よかった。
「この感じだと毛布は必要ありませんでしたかね?」
いくら夏とは言えど夜は冷えるかも、と一応毛布を一式用意してはいたのだが、完全な蛇足だったかもしれない。
食事もとった後。望遠鏡を覗き込んでいた美夜先輩は、顔を上げるとニコリと笑った。
「そんなことはないよ?」
ほら、と言いながら毛布を手にとった美夜先輩は、それをコンクリートの床に広げてみせた。そしてその上にコロンと転がる先輩。
「ほれほれ、暦くんもどうぞ」
「……はい?」
毛布の上に横になった美夜先輩は隣の空いたスペースをバシバシと手で叩いた。それはまるで『早くここに横になれ』とばかりに催促しているようで、僕は思わず首を傾げた。
……何がしたいんだろ?
蛇口よろしく首をひねってみるも答えが出てくるはずもなく、結局は先輩に促されるまま毛布の上に横になった。
「どう?」
どう、とはどういうことなんだろうか?
すぐ隣には美夜先輩も同じように横になっていて、何となく変な気分になってしまう。鼻腔をくすぐる甘い香り。先輩の静かな息づかい。先輩との距離はほぼゼロ距離に近かった。
自然と僕の心拍数が少し上昇するのが分かった。心臓がうるさい。
「ほら、見て。すごく綺麗じゃない?」
そんな僕に、ぴっと指を空に向ける美夜先輩。
それにつられて夜空へと顔を向ける。
そして本日二回目ではあるが、またもや広大な夜の世界に引き込まれている僕がいた。
夏の夜空に輝く星たち。その中でも一際強い光を放つ星は、こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブだ。それぞれ一等星のこれらの星を結んでできる、いわゆる“夏の大三角”と呼ばれるものだった。
七夕祭りの午後九時ごろの東の空に浮かぶ巨大な三角定規。丁度はくちょう座のクチバシ辺りに当たる部分にある2重星、オレンジ色のアルビレオと青い五等星が、毛布に転がる僕と先輩に見えて思わず笑ってしまう。
「ねぇ、暦くんはどれが彦星で織り姫か分かる?」
「えと、わし座のアルタイルが彦星で、こと座のベガが織り姫ですよね?」
僕がそう言うと満足げにコクリと頷く美夜先輩。
天文部に入部してから僕もだいぶ星に詳しくなってきたと思う。それが何の役に立つのかと問われれば首を傾げる他ないけれど、それでも夜の世界に想いを馳せるのも悪かない。
最近はそう思えるようになってきた。それもこれも全て美夜先輩の影響だろうと思う。
「じゃあ天の川の正体って知ってる?」
声を弾ませながら先輩は嬉しそうに問いかけた。何がそんなに嬉しいのか、何となく分かる気がする。
要するに僕が星について少しずつ詳しくなっているのが嬉しいのだろう。夜空の偉大さを一人でも多くの人に感じて欲しいの、とは美夜先輩がいつか言っていた言葉だ。
放課後のたびに美夜先輩からの熱心なレクチャーもあり、着実に僕は知識を豊かなものにしていた。
彼女曰わくは『母なる海、というよりは母なる夜空よね。だってほら、全てを包み込んでるって感じでしょ?』だそうだ。
うむ、少し納得である。
「天の川の正体っていうのは確か……約2千億個の恒星が群れている大集団でしたっけ?」
2千億とか言われてもいまいちピンとこないけれど、途方もない数字だというのは何となく感じとれた。
恒星がそんなにあったらもの凄く眩しそうだな、なんて漠然とそう思った。いや、実際に肉眼でも確認することが可能なのだから、あながち間違っているとも言えない。
大宇宙はファンタジスタだな、うん。
「だけど、今日は本当に晴れていて良かったわ。きっと今頃は彦星も織り姫も周りの人たちが目のやり場に困るくらい、イチャついてるはずよ?」
「それってただのバカップルじゃないですか」
冗談めかして言う美夜先輩にツッコミを入れる。
でも今日くらいは思いっきりイチャイチャしてくれてもいいんじゃないかな、とも思った。一年に一度きりの二人なんだから、今夜くらいは周りの恋人が羨むくらいの時間を過ごしてもバチは当たるまい。
静かな夏の空を見上げながら、そんな益もないことを考えた。
「ねぇ、暦くん」
コロンと美夜先輩が寝返りを打つのを感じた。横目で顔を伺ってみるが、どうやら視線は夜空に向けたままらしい。
「何ですか、先輩?」
同じく隣で転がる僕も視線は夜空に向けたままに応える。
何だか不思議な気がした。こうして僕と先輩は同じ景色を見ているわけだけれども、世界にももっと今夜空を見上げている人がいて。そして皆が別々の想いや考えを持って見ている。同じものを見ているはずなのに、だ。
母なる夜空。なるほど、これはまた言い得て妙な例えだ。
などと独り合点を打つ僕に、そっと呟くように美夜先輩が言葉を零した。
「こうして私たちが空を見上げていると彦星と織り姫の距離なんて10cmにも満たないわ。だけど、実際は16光年も離れているの。近くに見えるのに、遠い距離……それって何だか寂しくない?」
遠距離恋愛、というよりは超距離恋愛と言ったところだろうか?
いつもとは少し違った様子で話す美夜先輩に思わず顔を向けてしまった。なんの根拠もないけど、僕には少し切なそうな顔に見えた。
「それって、たぶん人間も同じことじゃないかしら?」
「どういうことですか?」
「例えば……今、私と暦くんはすごく近くで横になって同じ空を見ているけれど、実際は私たちの距離はすごく遠いかもしれないでしょ? ほら、手を延ばせば届く距離なのに……ものすごく、遠い」 先輩の言う距離というのは、物理的な間隔ではなく、心と心との間隔のことを言っているのだろう。
確かに近くに見えるものでも、実際は遠いものというのたくさんある。残念ながら星の数ほどに。
親にしても、兄弟にしても、友人にしても。触れ合ったり小突き合ったりすることもあるけれど、だからと言って本当にそれと同じだけ心が触れ合っているとは限らない。目で見える距離と実際の距離とでは全く異なるのだ。
……それならば、僕と先輩との距離はどうなんだろうか?
そっと空へと手を延ばす美夜先輩。手を握り締めても何も掴むことはなく空をきるだけだった。
「……ごめん、なんか重くなっちゃった?」
少しばかり考え込む僕を見て先輩が困ったように苦笑混じりに言った。
隣で申し訳ないと言った具合にポリポリと頬を掻く先輩に、僕はそっと微笑みを返す。
「いえ、そんな重いだなんて……。少し興味深い話だったんで、ちょっと色々と考えちゃっただけです」
僕がそう言うと美夜先輩はホッとしたように溜め息を零した。そしてチョンチョンと僕の袖を引っ張ると、悪戯っぽく笑ってみせる。
「暦くん、ちょっと目をつむってくれる?」
「へ?」
「ほら。早く、早く」
少し疑問に思いながらも僕は先輩にせかされるままにおとなしく目を閉じた。
……何だろう?次に目を開けたら屋上には誰もいなかったとか、そういうホラーな展開は勘弁して欲しい。
「じゃあ、今度は口を開けて?」
どうやら先輩はちゃんといるようだ。軽やかなソプラノを耳にしながら僕は小さく安堵する。
目を閉じろと言われたかと思えば、お次は口を開けときたもんだ。一抹の疑問と不安を感じつつも、エサを待つ雛鳥よろしく口を開く僕はどこまで愚直なのだろう?
そんな僕を見て可笑しそうに先輩がクスリと笑った気がした。
そしてそれと同時に僕の口の中に広がるひんやりとした甘美な魅惑的な味わい。舌先でソレを転がすと飴玉サイズくらいの丸っこい物体が一つ。
「何ですか、これ?」
ゆっくりと目を開く。視線の先には夜空をバックにした満面の笑みの美夜先輩。
その手には色とりどりのカラフルな物体が入ったビニール袋が見えた。確か、あの凸凹状の突起を持った小球形の菓子は……。
「金平糖……?」
言われてみれば、舌先で転がすと金平糖独特の少しデコボコとした感じがした。
しかし何故に今ごろ金平糖なのだろうか?
先輩の考えることだけに意味のあることのようにも思えるし、全く意味のないことのようにも思える。つまるところが謎だった。
「だって、ほら。金平糖って星のカケラに見えない?七夕に食べるにはピッタリでしょう?」
小さく首をひねる僕に美夜先輩は笑いながらそう答えた。
星のカケラのお菓子、か。何ともメルヘンチックな響きではないか。
同じくパクリと金平糖を口にする先輩を横目で見ながら、再び空を仰ぎ見る。もう一度見た暗い夜空には色彩鮮やかな金平糖が散りばめられているようにしか見えなかった。
少し前までは宝石みたいだとか考えていたのに、今ではもう色とりどりの砂糖菓子にしか見えないのだから不思議なもんだ。
「それじゃあ金平糖は、七夕のお菓子ですか?」
「そう、七夕のお菓子よ」
ニヤリと笑いながら訊ねる僕に美夜先輩はコクリと頷いた。
しかしそんな先輩を見て、ふと疑問に思う。
「だけれどその考えでいくと僕たち、彦星と織り姫を食べちゃったことになりますよね……?」
いくら彦星や織り姫と言えども、星であることには変わりない。そして現在進行形で『星のカケラ』を口に含んでいる僕たち。
むぅ、なんだか妙な気分だ。
「美味しいから構わないんじゃないかしら?きっと彦星も織り姫も許してくれるわ」
眉根を寄せる僕の隣で、無邪気な笑みを浮かべた美夜先輩が調子のいいことを言った。
こういうのを世間ではご都合主義と呼ぶのだろうと思う。
「星って甘いね」
二人だけの静かな屋上で、先輩の嬉しそうな声が響いた。
☆
「ねぇ。暦くん」
さて。ひとしきり星の観測も終えて、そろそろと屋上からの撤退準備を開始しはじめた頃。
望遠鏡を片していた美夜先輩が不意に僕に声をかけた。僕は背を向けて黙々と作業を進める先輩の小さな背中を見つめながら、返答する。
「何ですか、先輩?」
風が強く吹いた。長めの髪がサラサラと揺れるのを手で抑えながら、僕は毛布や座布団などを片していた。
望遠鏡の三脚をたたみながら少し子供っぽい笑みを浮かべた先輩がこちらを振り返った。バッチリと目が合う。
少し気恥ずかしくなって目を逸らそうとするも、何故だか目を逸らすことはできなかった。
そのままジーッと見つめ合うこと数秒。美夜先輩はそのままの体制で、スススと僕に近付いてくる。その距離たるや僅か30cm足らず。
いきなりの急接近に僕は思わず肩をビクつかせてしまう。
「暦くん、何かお願いした?」
「……お願い?」
お願いって何だ。
唐突な質問に頭上に疑問符を浮かべる僕を見て、美夜先輩は真顔でピッと人差し指を立てると以下のようにのたまった。
「ほら、七夕と言えば短冊に書いた願い事でしょ? 暦くんは何かお願いした?」
なるほど、そういうことか。
願い事の意味を理解した僕はポンと手を打った。要するにアレだ。よく幼稚園や小学校のときにやった、願い事を書いた短冊を笹の葉に吊すってヤツ。
その願い事のことを言っているのだろう。
「先輩はもう星にお願いしました?」
「ええ、もうしたわ」
「何をお願いしたんですか?」
「ヒミツ。暦くんが教えてくれたら教えてあげる」
うーむ、願い事ねぇ。
楽しそうに空を見上げる美夜先輩を見つめながらぼんやりと考える。いきなり願い事と言われてもすぐには思いつかないものだ。
どうでもいい願いなら山ほど思いつくというのに、これと言ったものは存外思いつかないものである。まさか自分がこれほどまでに欲の無いツマラナい人間だとは予想だにしていなかった。
「うーん、すぐには思いつきませんね。まぁ先輩の願い事とかは、どうせお菓子の家に住んでみたいとかその辺でしょーけど」
「私はそんなに食いしん坊じゃありません!」
顔を真っ赤にして必死に叫ぶ先輩。
適当に言ったつもりだったのだけれど、案外図星だったりしたのだろうか?顔を赤くして睨み付ける先輩は少し可愛かった。
何というか、実にイジリがいのある先輩である。
「暦くんはデリカシーが足りないと思うわ。女の子に対して食いしん坊だなんて、まったく失礼しちゃうわ。そんなに食い意地は張ってないんだから!」
「それはどーだか」
以前、部室に置いてあった先輩のケーキを食べてしまったとき一週間ほど口をきいてもらえなかったのを思い出す。
これを食い意地が張っていると言わずになんと言うのだろうか?
僕が苦笑混じりにそう返すと、美夜先輩は真っ赤な顔をさらに赤くしながらポカポカと僕を殴りつけてきた。
そのとき、軽く背中を叩かれながら僕は願い事を思いつく。
美夜先輩は目に見える人と人との距離と、実際の人と人との距離は異なると言った。
今、こうしてポカポカ叩かれながらも僕は先輩をすぐ近くで感じることができる。けれど、実際の心の距離はどのくらい離れているものなのかは分からない。
──……だから。
これから少しでも美夜先輩との心の距離も縮まっていくように。
また、こんな日が永遠と続きますように。
僕は煌めく星にそっと願いを込めて、なおも背中を殴りつける美夜先輩に軽く苦笑した。
ちょっと裏話。『星野美夜』→『星の美しい夜』