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3 遣欧海軍航空隊アミアン基地

 南に向かって飛行すると、先に退避していた九式艦爆の姿が見えてくる。どうやら無事だったらしい。合流すると翼を連ねて彼らの基地のあるアミアンへと向かった。洋一は安堵するが、よく見ると成瀬一飛曹の頭は周囲をくまなく見回している。確かに今日は勝ったが、この欧州の空は徐々に向こう側の方が広くなってきている。安心して飛んではいられないのだ。

 洋一も気持ちを切り替えて周囲を見張った。やがて東に視線を向けて止まる。

「こ、こちらアカツキ三番。九時方向に編隊発見」

 今度は洋一が一番早く見つけられた。編隊内に緊張が走る。

「んー、機首が長い。液冷機だな」

 敵、ブランドルの飛行機のほとんどは直径の大きな空冷機である。細長い機首なら味方の可能性が高い。

「あれは十式艦戦だな。安心したまえ」

 綺羅の声が編隊の緊張を解く。そうすると。洋一は相手を推察した。

「こちらトドロキ一番。紅宮、無事だったか」

 案の上の声が聞こえてきた。

「戦闘があったらしいので飛んできたぞ。姫に何かあったらと思うと心配で心配で」

 翔覽の第二戦闘機中隊長、麻倉忠夫大尉だった。何でも兵学校で綺羅様と同期なのだとか。

「安心しろ、フォッカーを一機墜としたぞ。中隊全体で四機だ」

 云われた方は脳天気に自分の手柄を喜んでいた。

「危ないことはしないでくれよ。父君も僕もみんな姫のことを案じているのだよ」

 宮様という血筋に阿っているのではなく本気で心配しているのは判る。心の底から心酔し、敬愛し、おそらく恋慕しているのだろう。しかし姫と呼ぶのはさすがにどうかと洋一は思う。

「そいつばかりは聞けないな」

 そして紅宮綺羅はそんな気持ちをまったく慮るつもりはないらしい。

「こんな楽しいこと、誰に云われても止められるものではないよ。たとえ陛下でもね」

 陛下という対象が彼女から見て叔父ともなると、その発言は妙に生々しく聞こえてしまう。


 アミアン郊外の、一見牧場のような場所(実際元々は牧場だった)が彼ら豊秋津皇国遣欧海軍航空隊翔覽隊第一戦闘機中隊の飛行場だった。麻倉大尉は名残惜しそうだったが、彼らの第二中隊は十㎞ほど離れた場所が割り当てられた飛行場だった。去って行く彼らを見送ると、第一中隊は次々と降りていった。

 一面草地の滑走路で、緑の絨毯を走るとなんだか牛になった気分である。だんだんと土が見えている部分が増えてきたので、最後の方になるとかなり埃っぽい。広くもないし飛行場としてのはあまり充実していないが、間借りしている身分なので贅沢も云えない。

 空も大変だったが、降りた地上もまた戦場だった。被弾した機を持って帰った松岡は最後の最後で主脚を折ってしまったし、熊木一飛曹は機体が停止した後も降りてこず、整備員に手伝ってもらわねければならなかった。左腕と左足に破片が刺さっていたらしい。

「畜生、まだ病院送りかよ」

 担架で運ばれながら熊木一飛曹がぼやいていた。そういえば開戦劈頭でも負傷して敵空母攻撃には参加できていなかった。

「洋一、大丈夫だったの」

 機体から降りたところで整備員の小野朱音に声をかけられる。

「うん、なんとかなったよ」

 彼女とは海軍よりずっと前からの知り合いなので、二人だと軍隊にいる気分がしなくなってくる。

「高射砲に攻撃できたし、まあフォッカー墜とせなかったのは残念だったけど」

「109とやったの、どうだったの?」

 整備員として相手の機体に興味があるらしい。

「小さくて速いんだよ。旋回はそれほどだったけど。おかげで逃げられた」

「最高速度は変わらないはずなのに?」

「それ以上の差はある気がするなぁ。とにかく降下しての加速がいい」

「それで、勝てたの?」

 朱音は周りを見回す。被弾機や負傷者もいて、地上から見ていると不安になることばかりだった。

「ああ、今日は勝ちだ」

 朱音の後ろから声がかかる。

「目標だった橋も壊せたし、四機墜としてなにより未帰還なしだ。昨今の情勢を考えれば万々歳だ」

 成瀬一飛曹が歩いてきた。小柄なはずなのだがずいぶんと大きく見える。

「まあ搭乗員やら機体の稼働率やら頭を悩ませることは多いが、今日は祝っていいぞ」

 そう云って成瀬は二人の肩を叩いた。

「ところでまだ燃料入ってたな。もう一飛びするぞ」

 ことさらに洋一の肩を強く叩く。

「うへ、訓練ですか」

 疲れて帰ってきた上に、新米にはやるべきことが多いのに。

「殻のとれてないひよっこなんだからしっかり揉まないとな。松岡はどうした」

 しかし古参搭乗員は聞く耳を持ってくれない。

「壊れた機体のところじゃないですか」

 見回してみると案の定脚を折った機体の前で膝を抱えて落ち込んでいた。せっかくの実戦に出してもらって機体を壊してしまった。もう出してもらえないのでは。そう考えていた松岡に成瀬は大きな声を上げる。

「お前も早く来い。欧州の夏は日が長いんだ。小暮の機体を借りてこい」

 有無を云わさず新米二人をどやしつけた。慌てて二人は準備にかかる。言葉も態度も荒いが、これはこれで気を遣っているのかもしれない。

「人間の補給は水だけにしとけよ、どうせ出しちまうからな」

 気を遣っているのかもしれない。


 更に三〇分ほど振り回されて、ようやく解散となった。

 追従飛行と呼ばれる、ひたすら教官機を追いかける訓練だったが、常にGがかかり続けるうえに左右に振り回され続けた。同じ機体なら同じように飛べそうなものだが、どういうわけだか旋回のたびに離される。そして時々目の前から消えたかと思うと後ろをとられている。古参搭乗員の神業をまざまざと見せられた。

 帰り着くや松岡は芝生に倒れ込んだまま動かない。これでは「銀バエ」は自分一人でやらなくてはいけないではないか。疲れた足取りの洋一の肩を成瀬が叩く。

「まあでも大分良くなったぞ。普通配属半年は何もさせてもらえないからな」

 逆に云えばそれだけ無理をさせられていることになる。

「そういえば五月に露助の空母を攻撃しに行ったとき、綺羅様の後ろだったな。どうだった」

 たった二ヶ月前のことだが、ずいぶん前のことのように思える。

「あれも大変でしたよ。初めて乗る機体なのにもっと寄せろもっと寄せろって」

 考えてみれば無茶苦茶だった。

「結局なんとかなったのか? 共同撃墜したんだろ」

「舵を見て同じようにしましたよ。綺羅様に合わせて撃ったんで撃墜の実感はあまりなんですが」

「舵を見てねぇ」

 洋一の言葉を聞いて成瀬は少し考え込んでいた。

「どうしました?」

「いや、綺羅様の後ろってなかなか難しくてな、それなりに経験積んでないと置いて行かれるからやらせられないんだが」

 やっていた方は必死だったことしか覚えていない。

「ま、隊長が無理云ってお前らを引っ張ってきた甲斐はあったな」

「え?」

 意外な言葉に洋一は驚く。

「ん、たまたま配属されたと思ったのか?」

 だからこそ運命だと思ったのだが。

「あれは面白いからうちに置いておこうって掛け合ったんだ」

「面白い、からですか」

 それはどう捉えたら良いのだろうか。

「まあ実際、他では持て余してたと思うんだ。お前らみたいな実戦経験のある新米なんてどこも扱いにくいだろ。娑婆と戦場は違うんだと威張ろうにも新米の方が実戦くぐってたんじゃ。置いとくならうちしかない」

 確かに翔覽航空隊なら同じ実戦をくぐっている。

「ま、それはそうと飯だ飯だ。またジャガイモなのは勘弁してほしいが」

「近くにイノシシがいるみたいですよ。あれ食えないんですかね」

 文句は云いながらも食事は数少ない娯楽だった。

「銀バエの方もよろしくな」

 銀バエ。それは海軍の悪しき習慣である。兵や下士官の酒のつまみなどを厨房からくすねてくる、主に下っ端の仕事だった。そして飛行科一番の下っ端は洋一だった。

「お前の飯はうまいって評判だぞ」

「お袋が早くに亡くなって、飯当番は自分でしたから」

 料理は洋一の数少ない特技だった。厨房も人手が足りないので手伝いがてら調理していく洋一を黙認してくれている。

「ところで今日の戦闘、フォッカーに仕掛けたときなんであんなにうまくいったんですか」

 仕掛けたときの数秒、相手は反応してなかった。

「まるでこっちを見失っていたみたいな」

「見失ってたんだよ」

 成瀬が不敵に笑う。右手と左手で敵と味方の動きを示した。

「ちょうど太陽を背負った瞬間に仕掛けたんだ。ほんの一瞬でも見失ってくれればこっちのもんだ」

 その一瞬で成瀬の右手は鋭く旋回して左手の後方に回り込んでいた。

「丹羽もよく覚えておけ。太陽を背負ったときは好機だ。逆に太陽の方向には常に気をつけろ。相手が腕利きならそちらから仕掛けてくる」

 戦闘機の性能が上がろうとも、基本的な技術は同じらしかった。

「教えてくれれば合わせやすいんですけど」

「気配を察しろよ。無線は苦手なんだ」

 古参搭乗員は妙なところで頑固だった。


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