2:病院からの呼び出し
病院からの呼び出しなんて、ろくなものではない。
カティはドーム内の地面に敷き詰められた、色とりどりのレンガの道を進みながら、そう考えていた。
耳の位置で短く切り揃えた、砂色のさらさらした髪が、歩調に合わせてふわふわと跳ねる。どこか蠱惑的かつ肉感的な彼女は、歩くだけで異性の視線を集めていた。それは仕事着の、そっけないシャツとズボン姿でも変わらなかった。
が、本人は一切気づいていない。いや、気にしていないのか。
彼女の働くカフェから病院まで、歩いて十四分ほどかかる。
いつもなら巡回型のトロリーバスを利用するが、あいにく停留所から出たばかりだった。
また、常に温度と湿度が管理されているドーム内は、常春の状態を維持している。そんな気候の中、この程度の距離ならば、徒歩でも不快感はなかった。
カティ自身、病院からの呼び出し──しかもその内容は「口頭でないと伝えられない」という代物だった──に不穏な空気を感じ取っていたので、できるだけ到着を先延ばしにしたかった、のかもしれない。
それでも若い彼女の歩みはリズミカルで、速度もあり。
何を言われるのだろう、この前の定期健診で何か引っかかったのだろうか、と首をかしげている間に病院に着いた。
真っ白で四角い、しかしドーム創設期からあるため、老朽化の進んでいる病院だ。
ドームが造られる以前のような、「○○クリニック」や「××診療所」といった固有名詞は存在しない。
ドームにある、唯一の総合病院であるため、名前はそのまま「病院」で良いのだ。
入り口で消毒液の噴霧を受け、カティは院内をくぐった。
ここは相変わらず、薄暗くどこかひんやりとしている。そして当然というべきか、清潔で消毒液臭かった。
もっとも消毒液臭いのは、自分も同じである。
小型の清掃ロボットが、通路のあちこちを往来しているのが見える。患者の数は少ない。
ドームが造られる以前の病院も、こんな風に静かでひやっとしていたのだろうか、とカティは考えながら、受付へ向かった。
「あのう……カティ・アトルです、が」
名前を告げ、次にカティを呼び出した医師の名前も口にしようとしたが、不要だった。
受付の女性型ロボットは、カティの名前を聞くや否や、サッと身を乗り出して廊下奥のドアを指し示した。
≪あちらへお進みください≫
「ありがとう、ございます」
図らずのVIP待遇に、場所が場所であるためカティは眉をひそめつつも、ロボットへ会釈をした。
滑らかに、女性ロボットも会釈を返す。
緑の瞳で、それを横目に眺めつつ、カティは廊下の奥へと進む。
ドアも電動だが、停電した際にも開閉できるよう、ドアノブもつけられている。ノブも真っ白だった。
ここまで真っ白だと、遠近感がちょっと狂ってしまう、かもしれない。
苦笑するカティはドアの前に立つと、その表面に手を添えた。
全ドーム住人の、指紋情報や遺伝子情報は記録・保管されている。カティ本人であると判断した電動ドアが音もなく開いた。