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19/43

19:定休日

 「鏡の女王亭」の定休日が来た。

 その日はカティも朝寝坊をする、と心に決めているのだ。

 狭いながらもふかふかのベッドに身を沈めたまま、うつらうつらと眠りを堪能する。

 意識の外側のごく一部は、人工太陽が徐々に昇るのを、スモークがかけられた窓越しに知覚していた。


 それでも惰眠(だみん)(むさぼ)ろうとする娘の、シーツから覗く後頭部をエダが小突いた。

「ちょっと。そろそろ起きなさいな、お寝坊さん」

「んー……」

 かすれた声をかすかに上げて、カティが寝返りを打つ。その拍子に胸がぽよん、と揺れた。


 仰向けになっても崩れない、ある意味では鉄壁過ぎる娘の胸を、エダが感心したように見下ろす。

「わが娘ながら、なんという巨乳なのかしら」

「遺伝だからね、これ」

 うっすら目を開けたカティが、エダを指さしつつ身を起こす。正確には、寄せて上げなくても谷間くっきりな彼女の胸を。


 そしてふわあ、と間抜けなあくびを一つ。

 娘にしっかり受け継がれた大きな胸を軽く反らし、エダは妖艶(ようえん)に微笑んだ。

「今日はわたしが作ってあげたわよ、朝ごはん」

 得意げな母に、カティも微笑む。

「わあ、大盤振る舞いね。ありがとう」


 カフェで働いていることもあり、カティは料理が好きだった。また、色気の代わりに器用さを失ったと評されるエダの代わりに、普段はカティが炊事担当でもある。


 とはいえ、誰かが作ってくれたご飯を食べるのは、カティも好きだった。

 たとえそれが、スクランブルエッグという名の焼き過ぎた炒り卵と、焦げ過ぎたパンであったとしても。

 また、サラダのトマトも大きさが不揃いであった。まあ、これはこれで、味があるというもの。


 台所には他にも、母の苦心の歴史が刻まれていたため、カティは苦笑交じりに肩をすくめた。後片付けが大変かもしれないな、と。

「これはまた、随分と頑張ってくださったようで」

 エダも同じように肩をすくめる。

「ふわとろスクランブルエッグを目指したんだけど、ポロポロの卵ボウロみたいになっちゃったのよ。あれってどうするの?」


 母の()うような視線に、カティは微笑む。

「牛乳入れて、お鍋で作るの。もちろん弱火でね。慣れれば簡単よ」

 腕を回してかき混ぜるジェスチャーをするカティへ、エダは半眼になった。

「そりゃあ、料理上手なカティちゃんには簡単でしょうけど……」


 唇を尖らせる母は、色っぽい上に可愛げがある。

 これはずるい、と実母のあざとさに戦慄(せんりつ)するカティであった。

 そんな娘の(おのの)きにも気づかず、そうだ、とエダは何かを思いつく。

「せっかくだから、リー君も呼んじゃいましょうよ」

 またとんでもないことを、言いだした。


「どうして」

 キッとカティが身構える。

 途端に臨戦態勢となった娘に、母は苦笑。

「ちょっと前だったら、大急ぎでおめかしして、隣にすっ飛んで行ったくせに。素直なリー君も、ちょっとおバカで可愛いじゃない?」

「ちょっと? あれの? どこが?」

 カティの口調は、珍しくとげとげしい。


「この前だって、お店でやりたい放題して……私、迷惑してるの」

 鼻息も荒々しく「迷惑」と言い切り、カティは視線をそらした。

「あなたへの愛(ゆえ)でしょ、許してあげなさいよ」

 そう言ってエダは、カティの腕をさする。


 母の手を取り、カティはうなだれた。

「許したいよ、そりゃ……昔のリー兄ちゃんのままなら、きっと、笑って許せた。でも、今はどうすればいいのか、分からないの」

「うーん、そうねぇ……」

「自分の気持ちも、正直言ってよく分からなくて」

「そうだったのね……結婚もまともにしていない母さんにとっては、なかなかの難問ね」


 少しおどけて笑ったエダは、カティの両頬を手で包み込む。そして、自分によく似た顔を覗き込んだ。

「でも少なくとも、今のリー君も嫌いじゃないんでしょう?」

 じっと母と見つめ合い、カティは十数秒迷った末に、一つ首肯した。

「嫌じゃない、とは思う……すごく困ってるけど。というか、嫌じゃないからこそ、困ってるんだけど」


 恨めし気な娘の頬を軽く引っ張り、エダは快活に笑った。

「そんなに難しく考えないで。とりあえず嫌いじゃない、からの再スタートでもいいじゃない。ね?」

 そしてカティの頬から手を放し、彼女を洗面所へ押し出す。


「ほら、リー君とアルコちゃんの分も母さんが作るから。あなたは呼んできてあげて」

「……はいはい」

 言い出したら聞かない母に、再度肩をすくめつつカティは歩き出した。

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