18:カティの父
「ねえカティちゃん。そう言えばさ、聞いた?」
音もなく降り注ぐ霧雨を眺め、ぽつりとロビンが言った。
カティは首をかしげる。
「聞いた、とは?」
「君のお父さんのこと」
天蓋のように青い瞳が、いたずらっぽくカティを見た。
その視線を遮るように、仏頂面のリーが、無言で二人の間に割り込む。
そんな彼の後頭部をぺしり、と叩いたカティが、ロビンへ再度水を向けた。
「父が、どうかしたんでしょうか?」
カティの父──血縁上の父は、統治局の局長だ。
興味があるないにかかわらず、その挙動はカティの目や耳にも逐一届く。
しかしロビンが持って来た情報は、雑誌編集者らしく最新の代物であった。
「局長殿、胃潰瘍で病院に運ばれたんだって。ああ、心配しないで。命に別状はないし、しばらく安静にすれば問題ないって」
腕に巻いたデバイスに浮かび上がるメッセージを読み上げながら、朗らかにロビンが言った。
その朗らかな笑みを見つめているとつい……彼はサイコパスではなかろうか、と時折カティは考えてしまう。というか、十中八九その気があるだろう、と推測していた。
そのため軽快な彼の口調には何も言わず、カティは素直な感想を口にした。
「なんとも、古風な病気になったんですね……」
「胃潰瘍なんて、久々に聞いた。まだ存在したんだ」
オーブン前に置いた椅子の上で、あぐらをかくエーコもうんうんうなずく。
そんな二人に笑いかけて、ロビンは続けてメッセージを読む。
「他ドームの局長も交えた会議の場で、吐血しちゃって、ちょっとした大騒ぎになったんだって──以上、局長付きの記者からの報告でした」
どう、と彼はカティを見る。
どうと問われても、とカティはもじもじした。それだけで、なまめかしい。
「……意外、と言えば意外ですね。ストレスとは無縁のような人だったので」
ここまでむっつり無言だった──しかしもじもじするカティだけは、ばっちり見ていた──リーも、腕を組んでぽつり。
「ストレスに関しては、不感症のような人だったのにな」
不感症。
このフレーズに、カティはギョッと固まった。
エーコは笑いをこらえる。
そしてロビンは隠そうともせず、噴き出した。手を叩いて大笑いする。
「いいね、不感症! リー君でも、そんなこと言うんだなあ!」
大受けのロビンにも、リーはきりりと真顔で首を振る。
「素直な感想だ!」
「そのフレーズ、気に入ったよ。記者に教えてあげてもいいかな?」
自分の血縁上の父親が、公衆の面前で不感症と報じられる。
悪夢であろうか。
手を広げ、カティはロビンをなだめた。
「あの、一応……私の父なので。どうか、お手柔らかにお願いします」