表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/43

15:噴霧の日

 その時だった。ガラス製の扉が、大破しかねない勢いで開け放たれたのは。

 四人とも、身構えつつドアを振り返る。


「カティ! 遊びに来たぞ!」

 どうやら走って来たらしい。額の汗を拭いつつ、白い歯を見せてリーが快活に叫んだ。

 百聞は一見に如かず、とはよく言ったもので。


 あれだけリーの変貌ぶりを耳にしていたエーコだったが、実際にそれを目の当たりにする時の衝撃は半端なかったようで。

 エーコの明るい茶色の瞳と、詳細を知らないであろうセナの灰色の瞳が共に、顔からまろび出そうな勢いで見開かれていた。そのまま、二人は固まっている。


 だから言ったのに、という思いを抱きつつ。

 徐々にリーの奇行もとい、元気ぶりに慣れつつあるアルコとカティが、呆れ顔を浮かべた。

「……リー兄ちゃん。ドアは優しく開け閉めしてあげてね」

「そうだった、すまん!」

 走った際にずれた細身の眼鏡を正しつつ、大声とは真逆のソフトタッチで優しくドアを閉めるリー。両極端なのだ、行動が。


 事故前は指定席だった、カウンターの一番奥に自然な様子でデン、と座った彼の前に、やや仏頂面のカティが水を置く。

「……こんな朝早くから、何しに来たの?」

 今までリーが来店していたのは、お昼の時間帯のみである。

 モーニングの頃合いに、しかも開店早々にやって来るなんて、不自然だ。

 自分を追いかけて現れたと言うつもりならば、(ほうき)で尻を叩いて追い出さねば。

 そんな決意を固めるカティだったが。


 リーは笑顔のまま、背負っていたカバンから折り畳み傘を取り出した。

 カティのものである。

 きょとん、とカティがそれを見つめていると、どこか(うやうや)しく差し出された。顔がなまじ整っているので、王子様のようだ、とつい夢想してしまうカティ。


「カティに傘を渡すよう、エダさんから言われてやって来た!」

 王子というより少年のような、元気いっぱいの声が、その夢想を木っ端みじんにした。

 私の馬鹿、と首を振りつつカティは傘を指差す。

「傘を? どうして?」

「今日はこれから噴霧(ふんむ)があるだろう?」

「あ……」

 己のふっくらした、サクランボ色の唇に手を添えるカティ。


 ドームでは乾燥を防ぐため、定期的に噴霧が行われるのだ。

 人工のしっとりした霧は、朝の九時から夕方の十八時まで続く。つまり、統治局の就業時間中ずっと続くわけだ。

 店にいる間も、途中で買い出しに出たり、配達に出たりと、カティは案外外出することが多い。傘がなければ困っていたはずだ。


 差し出された傘を、カティは両手で受け取った。たれ気味の、緑の瞳も細められる。

「ありがとう、リー兄ちゃん」

「いいや、役に立てて良かった!」

 にっかり、と彼は笑うのみだった。

 これが彼の本性だったのか。そう考えると、少しばかりくすぐったい気持ちが芽生え、カティも微笑んだ。

 二人のそんなやり取りは、まるで事故前と変わらぬように見えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ