15:噴霧の日
その時だった。ガラス製の扉が、大破しかねない勢いで開け放たれたのは。
四人とも、身構えつつドアを振り返る。
「カティ! 遊びに来たぞ!」
どうやら走って来たらしい。額の汗を拭いつつ、白い歯を見せてリーが快活に叫んだ。
百聞は一見に如かず、とはよく言ったもので。
あれだけリーの変貌ぶりを耳にしていたエーコだったが、実際にそれを目の当たりにする時の衝撃は半端なかったようで。
エーコの明るい茶色の瞳と、詳細を知らないであろうセナの灰色の瞳が共に、顔からまろび出そうな勢いで見開かれていた。そのまま、二人は固まっている。
だから言ったのに、という思いを抱きつつ。
徐々にリーの奇行もとい、元気ぶりに慣れつつあるアルコとカティが、呆れ顔を浮かべた。
「……リー兄ちゃん。ドアは優しく開け閉めしてあげてね」
「そうだった、すまん!」
走った際にずれた細身の眼鏡を正しつつ、大声とは真逆のソフトタッチで優しくドアを閉めるリー。両極端なのだ、行動が。
事故前は指定席だった、カウンターの一番奥に自然な様子でデン、と座った彼の前に、やや仏頂面のカティが水を置く。
「……こんな朝早くから、何しに来たの?」
今までリーが来店していたのは、お昼の時間帯のみである。
モーニングの頃合いに、しかも開店早々にやって来るなんて、不自然だ。
自分を追いかけて現れたと言うつもりならば、箒で尻を叩いて追い出さねば。
そんな決意を固めるカティだったが。
リーは笑顔のまま、背負っていたカバンから折り畳み傘を取り出した。
カティのものである。
きょとん、とカティがそれを見つめていると、どこか恭しく差し出された。顔がなまじ整っているので、王子様のようだ、とつい夢想してしまうカティ。
「カティに傘を渡すよう、エダさんから言われてやって来た!」
王子というより少年のような、元気いっぱいの声が、その夢想を木っ端みじんにした。
私の馬鹿、と首を振りつつカティは傘を指差す。
「傘を? どうして?」
「今日はこれから噴霧があるだろう?」
「あ……」
己のふっくらした、サクランボ色の唇に手を添えるカティ。
ドームでは乾燥を防ぐため、定期的に噴霧が行われるのだ。
人工のしっとりした霧は、朝の九時から夕方の十八時まで続く。つまり、統治局の就業時間中ずっと続くわけだ。
店にいる間も、途中で買い出しに出たり、配達に出たりと、カティは案外外出することが多い。傘がなければ困っていたはずだ。
差し出された傘を、カティは両手で受け取った。たれ気味の、緑の瞳も細められる。
「ありがとう、リー兄ちゃん」
「いいや、役に立てて良かった!」
にっかり、と彼は笑うのみだった。
これが彼の本性だったのか。そう考えると、少しばかりくすぐったい気持ちが芽生え、カティも微笑んだ。
二人のそんなやり取りは、まるで事故前と変わらぬように見えた。