12:パパラッチ
カティの母であるエダは、ドーム内外を問わず人気の舞台女優だ。
そして、このドームを管理する統治局局長の、公認の愛人でもあった。
どれぐらい公認かと言えば、局長の正妻からバースデーカードが届くレベルである。
もちろんエダからも、いやがらせ要素ゼロのバースデーカードや花を毎年贈っている。
妻と愛人同士は案外良好な関係であるが、それはそれ。カティはカティ。
ある意味では、母以上に微妙な立場にいる彼女には、愛人の子にしか分からぬ苦労があった。
その一つが今、寝ぼけ眼で家の窓から覗いた、集合住宅の庭にいた。
スモークのかかっていた窓に触れ、視界を晴らしかけたところで異変に気付いたカティは、すぐにスモークをかけ直した。
雑誌記者による追っかけがいたのだ。
古くからの表現を用いるなら、カティはパパラッチに付きまとわれている。
舞台女優という、人前に出ることが仕事であり、プライベートすら飯のタネにしているエダにはさほど旨味がない、と判断されたのだろう。
カティが基礎学校を終える頃には、あちこちでカメラを構えられるようになっていた。
おかげで一切グレることなく、今までまっすぐに育てたが。
相手がパパラッチとはいえ、人目があると悪事はしづらいものである。
そんなパパラッチとの共存関係が五年に渡っているが、そこまで経つと両者互いに暗黙のルールを維持するものである。
まず、カティはパパラッチから逃げても、物理的攻撃には打って出ないこと。
二つ、パパラッチは自宅の敷地内には絶対入らないこと。これには集合住宅の共用部分も含まれる。
三つ、パパラッチは深夜早朝等の、ご近所迷惑になる時間は原則行動を慎むこと。
ただし、カティがハメを外した場合はこの限りではない。
これが、カティとパパラッチとの間のルールだった。
そのルールを破り、若い男性らしきパパラッチは庭をうろついている。ド新人であろう。
顔を洗って着替え、化粧を施し、すっかり外出仕様となったカティは、透明ガラスに戻した窓の陰から外を覗いて低くうなる。ちなみにエダは、まだ夢の中だ。
彼の所属する出版社が分かれば、そこへ直接抗議の連絡を入れるのだが。
もちろん、名札などしているわけがない。そんなパパラッチがいれば、見てみたいものだ。
となれば統治局の警備部に連絡を入れ、不審者として連行してもらうしかない。
しかしカティも、出来ればそれは避けたかった。
警備部が来れば、ちょっとした騒ぎになってしまうのは明白で。
パパラッチとの不文律でもある、ご近所への迷惑を慎む、に抵触してしまうのだ。
ただでさえ出自が出自である。
幼い頃からカティは、周囲の色眼鏡にさらされてきた。そしてそのたびに、まともだった時分のリーに助けられてきた。
母譲りの、どこか艶っぽい容姿も、色眼鏡の原因であろうが。
ともかくカティは、出来るだけ騒ぎを引き起こしたくないのだ。下手をすれば、ドーム自体を移住する羽目になるかもしれない。
もっともそんなことは、父である局長が許すとも思えないが。
さらに深くうなって思案する彼女の視界を、集合住宅の窓から飛び出す何かが横切った。
ちなみにカティが住んでいるのは、防犯面も考えて三階である。
ぎょっとした彼女は隠れていたことも忘れ、窓にへばりつき、そして颯爽と庭に着地した背中を見つけ、更に仰天した。
「リー兄ちゃんっ?」
彼女の裏返った声は、ガラス窓が吸収したはずだが。
その気配を感じ取ったのだろう。振り返ったリーがグッと親指を立てる。
次いで猛然と、パパラッチ目がけて走った。パジャマ姿だというのに、いや、締め付けの少ないパジャマ姿だからだろうか。軽快な走りだ。
庭の低木から半身丸見えだったパパラッチは、先ほどのカティのようにのけぞって驚いていた。そんな彼へ、リーは飛びかかった。
まさか三階の窓から、人が飛び出してくるとは思わなかったのだろう。しかもその人物が、自分に襲い掛かるなんて。
連続する予想外の展開を前に、パパラッチはあまりにも無力だった。
対するリーは、一切の容赦がなかった。
鮮やかに押し倒すと、そのままパパラッチをひっくり返して腕をねじ上げる。
カティも窓を開け放ち、身を乗り出す。