10:機械化の弊害
事故前のリーは、細身の体型らしく小食だった。
ためにカティは
「料理を作り過ぎたかもしれない。どうしよう、浮かれ過ぎていた」
とも思っていたのだが。
カティを追って台所に突撃して来たリーは、テーブルに並ぶ料理の数々に喝采を上げた。
年甲斐もなく、その場で飛び跳ねている。
「リー兄ちゃん、埃が上がる」
眉をひそめるカティにも構わず、リーは星がまたたく蜜色の瞳で彼女を見つめた。がっし、とカティの肩も掴んで。これにはたまらず、カティも頬を染める。
「やだ、お兄ちゃ──」
「すごいな、カティ! これ、全部食べてもいいのか?」
きらきら笑顔に、カティは怯んだ。視線をついと外す。マッシュポテトを、意味もなく眺めた。
「い、いいけど……でも、無理しなくていいんだよ? 作り過ぎちゃったし」
「そんなことない。俺は腹ペコだし、機体にはカロリーも必要なんだ」
「え、そうなの?」
初耳の事実に驚き、カティの視線がリーの笑顔に戻る。
なんてことない様子で、リーは大きくうなずいた。
「ああ。脳を機能させるために、三倍の食事量は必要になるそうだ。空腹には気を付けろ、と医師にも言われた」
「そう、だったんだ……」
カティの表情が歪む。
赤い部屋にいるのに、心はどんよりと灰色に染まっていく。
機体へ置換することのデメリットを、手術前に聞かされていた。そのはずだ。
しかし当時はリーの負傷があまりにも衝撃だったため、教えられたことの全てを記憶している自信がない。
いや、前言撤回だ。ほとんど忘れていた。
だから、そんな基本的なことすら初耳である我が身が恥ずかしく、そして悔しく、カティはつい唇を噛む。
「ごめん。リー兄ちゃん……私がきちんと考えずに、機械化させた、から……」
ぽつぽつ、と言葉を紡ぐが、それは強引な頭なでなでによって阻まれた。
「何を謝る必要があるのだ。俺はカティのおかげで、意識を取り戻した。腹が減りやすくなるぐらい、微々たる問題だ。それが何だと言うんだ」
抱きかかえているアルコの喉を撫でながら、エダもにっこりと台所へ入って来た。
「ほら、早く食べましょうよ。折角リー君のために作ったのに、冷めちゃうわよ?」
「それは一大事だな!」
クワッと真顔になったリーが、慌ただしく椅子に座った。そして拳を握りしめ、カティを見上げる。
凛々しい顔には、食への純粋なる欲求が渦巻いていた。つい、カティは苦笑する。
「どうぞ、召し上がれ」
「ありがとう!」
感謝すると同時に取り分け用のスプーンとフォークを握りしめ、リーはチーズがたっぷりかかったミートボールを取り皿に盛る。マッシュポテトも横に添える。ガーリックトーストも、皿の縁に載せた。
少年の欲望を具現化したような皿模様に、カティはもう一枚の取り皿にビネガードレッシングを絡めた葉野菜サラダを取り分けて、彼の前に置いた。
「リー兄ちゃん、ちゃんとサラダも食べてよね」
「うむ! だからマッシュを食べるぞ!」
「芋以外も食べるように」
「カティは厳しいな! おふくろのようだ!」
とは言いつつも、彼はサラダも美味しそうに頬張っている。結局、食べられれば何でもいいのかも、しれない。
エダも魚のホイル蒸しを一つ取り、品よく食べている。彼女の足元にしゃがみこんでいるアルコも、分けてもらったソーセージのボイルをかじっていた。ロボット猫なので、人間の食糧を食べても問題ないのだ。
カティも自分の取り皿にミートボールを取り分けながら、考えた。
ドーム以前の時代なら、脳の大部分を損傷した者に待っているのは十中八九死、であったはずだ。
にもかかわらず、リーはカティのわがまま一つで生き延びることになった。
彼が変わり果ててしまったのは、無理に生き永らえさせたことを、神様が怒っているからではないだろうか、と彼女は考えていた。
神様などという概念は、あまりにも古いけれど。