序章 この転生、卑怯すぎ!
パンパンと二度手を合わせて祈りを込める。眼前にあるのは笹と短冊。そう、七夕だ。俺、真月カイ(まがつき かい)は今日で16回目七夕を迎えることになる。何故16歳にもなって『星に願いを』などといったことをやっているか、疑問に思った人もいるのではないだろうか。星には願いをかなえられるという逸話がかなり存在している。流れ星が代表的な例だ。しかし、消える前に願い事を言い切ることが出来る人間なんていないのではないか。占いなんかも似たようなものだ。しかし、テレビと本で言っていることが異なるように、所詮は人間が勝手に作ったものにすぎないのだ。そう考えれば七夕は最も楽なものだ。ただ願い事を短冊に書いて飾るだけ。……まあ一度も願いがかなったことなどないのだが。昔は世界征服をしたい、とか言った無邪気な夢を思い描いていたものだが今は違う。俺は上手くない字で書かれた文字を声に出して読んでみた。
「人の役に立ちたい」
俺はなんとなく高校に進学したが、友達は全くできなかった。成績が悪すぎるわけではない。何かをするたびに人に迷惑をかけるわけでもない。なのに何故か誰も俺に近寄ってこない。強いて言うなら、ゲームが少しばかり好きなだけだ。暇な日は一日10時間はくだらないだろう。……決してヲタクではないぞ。でもそのせいか、ネットではかなりの友達ができていた。最近の趣味といえば、オンラインゲームでネトモとしゃべることだ。学校でしゃべることが出来る友達がいないせいか、ゲーム内ではやたらと饒舌になってしまう。昔の俺だったら、「俺にはネトモがいるから大丈夫だ!」とでも言っていただろうが、今は違う。口で喋ることができる相手が居ないというのはかなり辛いものなのだ。ある日俺はストレスが溜まっていたのだろうか、何かのはずみでリア友が出来ないことをオンラインで呟いた。その時、いつもお世話になっているネトモから言われたことが、人の役に立てるようになればいいのでは、というものだった。だから願い事として飾ってみたのだが、未だに何の努力もしていない。
「あーあ、結局今年も何もせずに七夕を迎えちまった……。もうゲームする気も失せたし、寝るか……」
俺は居間でテレビを見ている親に対してお休みの一言も言わずに部屋に戻り、ベッドに寝転んだ。毎日のように明日こそは人の役に立とうと決意しながら、意識を遠ざけていった。
「う……。痛えな、なんだ……?」
俺は不意に背中や肩に痛みを感じて目を覚ました。そして、自分の置かれている状況にぎょっとした。
「おいおい、なんだよこれ?」
自分は椅子の上に座っており、周りには瞬く星があたり一面に散りばめられていた。プラネタリウムか何かだろうか?……まあただの夢だろう。頬を軽くつねればすぐ覚めるはず。
「いでででで! マジかよ本物か……」
夢だと思って油断していた。思ったより強くつねってしまい、頬からジンジンとした痛みがする。
「あ〜あ、こりゃ腫れるぞ……」
まさかの自爆にため息をついた。すると突然、頭に響くような声がした。
「ようやくお目覚めね、真月カイ」
「なっ⁈」
慌てて辺りを見回すと、星空から声の主が姿を現した。
「あなたの申請に感謝するわ。ちょうど人手不足で困っていたところなの」
声の主はピンクの羽衣を羽織り、それに似合わない水色の髪をしていた。
「な、何だ何だ? 人手不足? というか、何で俺がこんな所にいるんだよ? そもそもお前は何者だ?」
「だあああ一片に色々訊かないでくれる?! わかんなくなるから!」
「す、すみません……」
状況が上手く飲み込めずにいた俺は、手当たり次第に質問しようとしたが、割と強めに怒鳴られたので一応謝っておいた。
「あなたがここにいる理由なんて簡単でしょ? 覚えてないの?」
覚えていないかと言われても……。特に何も起きていないし特別なことをした訳でもない。
「……分からないの? はあ……仕方ない。申請したでしょ? 短冊に!」
「短冊……ってええ?! マジで?」
俺は驚きを隠せなかった。16年間一度も叶ったことのなかった願い事についての話を持ち掛けられたのは初めてだったし、そもそも気休めのような感覚だったから本当にこのような事になるとは考えもしなかったからだ。
「そういえば自己紹介とかまだだったよね。私はベガ。このスターフィールドで働く案内人です」
「ベガ……って七夕伝説のあの?」
「なんのことだか分からないから無視するわ。忙しいから手早く済ませるわね。あなた、申請したからにはやる気はあるんでしょうね?」
俺はてっきり星に導かれてここまで来たのだと思っていた。ベガだとすれば、アルタイルもいて、一年に一度……とか言った話に持ち込める。そうすれば冷やかすだの何だのして場の雰囲気を盛り上げようかと思ったのだが、ベガによくわからないという一言のみであしらわれ、若干気を落とした。それはそうと、俺は今ベガに言われたことを頭で復唱した。申請?確かに短冊に願い事はしたが、申請をした覚えはない。……人違いではなかろうか。
「申請って……。俺、そんなことした覚えないですけど」
「いえ、あなたは申請をした。人の役に立たせてください、というね」
「ええ……? あれは申請ってわけじゃないし……そもそもそれって申請してまでやるようなことですかね……?」
「何か言った?」
ベガにギロリと睨まれ、俺は慌てて首を振った。何も知らない俺にとって、スターフィールドと呼ばれる空間内ではベガに従いざるを得ない。
「で、どうなの? やる気あるの?」
「え、えーと……」
そもそもの話、ここに無理やりこさせられている時点で怪しさ満天だ。そんな中でまるで働くのを強要させるかのような言い方……。ブラック企業ってこんな感じなのだろうか。
「人の役に立ちたいとは思っています。はい」
「じゃあ決まりね。あなたには第154237番目の世界に行ってもらいます」
「だいじゅうごまん……なんですと?」
「第154237番目の世界。これから私があなたをその世界に送ってあげるから」
「あの、世界に送るってどういう意味でしょうか?」
「あなたね、ゲームばっかりやってたんだから想像つかないの? 異世界転生よ」
「はあ?!」
俺の知っている異世界転生というものは大抵過酷なものだった。何も持っていないまま世界に一人で放り出されてそれっきり。お金を稼いだり素材や仲間を集めたりして地道にレベルを上げていく。ゲームで楽しいのはその大変な時期を終えてからの後半部分。物語の核心に迫ったり、主人公が覚醒したり、といった目標がハッキリしている所からだ。俺ぐらいのゲームマニアでさえ前半部分で萎えることすらあるのに……。
「な、何でそんなことしなくちゃならないんですか?! 俺は今日も学校とかあるんですよ! そろそろテストだから授業休むと単位とかが……」
「いい?! あなたの申請を待ち望んでいる人たちが沢山いるのよ!」
ベガは俺の話を途中で遮り、俺の声よりも大きな声で威圧するように言った。俺は驚いて黙ってしまった。
「これを見なさい」
ベガは自分の前に紫色の水晶のようなものを持ってくると、俺に向かって言った。俺はその水晶の内部に何かが映っているのを見ると、そこには俺が飛ばされるであろう世界の情景が映っていた。
「何だよこれは……」
その水晶に映っていたのは、炎によって焼き尽くされた街。上空には大きな竜が火を吐き、地上にはトカゲのような魔物が槍を振り回している。場面が切り替わると、今度は魔物から逃げ惑う人間たちの姿が。さらに別の映像には、雪の降る世界で暖炉の火をたけずに凍えている子供が。そして、次の場面では……ベガの入よ……
「あああ! これは違うの!」
水晶の画面が変わった瞬間、ベガは慌てて俺の手から水晶を引ったくった。そしてついでに頬を平手で叩かれた。
「グハッ?! おい、何で俺が叩かれなきゃいけないんスカ……」
「う、うるさい! とにかく、あなたの行くべきところに困っている人たちが沢山いることがわかったでしょ!」
とりあえず第15万なんちゃら世界では過酷な状況に陥っていることは把握できた。しかし、今更ではあるが俺がいる場所……スターフィールドとか言っていたか。それが何なのか、そしてその世界で何をすればいいのかわからない。
「事情はわかりましたけど、俺にはここが何なのかすらわからないんですけど。そもそも、俺がもといた世界に帰ることはできるんでしょうね? そこを明確にしてくれないと俺には納得できません」
「え? スターフィールドも知らないの? 何も言わなかったからてっきり知っているのかと思っていたわ……。」
その暇を与えてくれなかったのはベガじゃないか。ベガは羽衣を直すと、俺に向かって説明を始めた。
「説明してないところは……スターフィールドと、第154237世界で何をするのか、あと戻れるのか、ってところね。まずはスターフィールドについて説明していくわ。といっても、ここは異世界と異世界を繋ぐだけの空間。言うなら、異世界間の駅というのが近いかもね。で、異世界に行ったら何をすればいいのか、と、もといた世界に戻れるのかについて、ね。丁度いいから転生のときの特典と合わせて説明する」
「転生の特典?」
ベガは今度は紅の水晶を持ってくると、俺の前に差し出した。
「あなたの行く世界には、スキルと呼ばれる特殊能力を持った人が沢山いる、というか全員がスキルを持っているの。転生するということはスキルを持たずに世界に入り込むということ。それはあまりにも不利なわけ。というわけで、あなたがもとから異世界の住人であったかのようにスキルを習得しなければならないの。さあ、さっさとこの水晶に手をかざして」
それは特典とは言わないような気が……。正直言って、特典というのはその世界に存在しないものを、例えば自分にしか扱えない特殊魔法を使えるようになるとか、魔剣が何の熟練度もなしで装備できてしまうとか、そういうのを言うのかと思ったのだ。しかし、これは異世界の住人と対等になるための救済措置……。特典という言葉を聞いてから、これから行く世界で英雄にでもなれるのかと思っていたぶんがっかりだ。
俺はあまり気乗りしないで水晶に手をかざすと、水晶は赤い光を発しながら回転しだした。
「ほうほう、あなたのスキルは……ん? 何これ」
スキルが表示された水晶をまじまじと見つめるベガ。どうやらよくわからないスキルらしい。もしかしたら、このスキルというものがチート能力みたいな超強力な特殊スキルなのではなかろうか。ゲームやラノベの典型的なパターンだ。俺はこの空間に入ってから初めて期待の眼差しで水晶とベガを見つめた。ついに俺もゲームの英雄みたいな存在に……。一瞬の静寂のあと、ベガの笑い声が響いた。
「アッハハハハハ! 何これ! あなた、これ只のハズレスキルじゃない!」
え……。まさかと思って水晶を見てみると、そこには赤い字で『オーバーゾーン』とあった。
スキルの詳細:パッシブスキル。このスキルを持った者の周囲が極端に〇〇する。(スキル所有者の身の回りで起こるほぼ全ての事柄に対して「〜すぎ!」とツッコむことができるようになる。また、「~すぎ」といえる事柄が発生する。)以上。……は?
スキル:念力、とか、スキル:無敵、とか、そういうものを予想していた俺は納得できなかった。……一瞬でも強力なスキルが手に入ったのでは、と思ってしまった自分が情けない。
「ち、ちょっと待ってくださいよ。これ、いったい何の意味があるんですか?」
俺は半ば信じられない思いでベガを見たが、ベガは息が切れるぐらい笑っている。
「はあ……はあ……意味? そんなのわかるわけ無いでしょ? まあスキルの変更はできないからよろしくね。で、あとは戻り方ね。困っている人の頼みを1000回こなせば帰してあげるわ。……何よ? そんな死んだ目で見ても状況は何も変わらないわ。諦めるのね」
笑い過ぎだろ、と言おうとして早速気づいた。これがオーバーゾーンの力……。うん、只のハズレスキルで間違いない。
「って、自分のスキルが酷すぎてスルーしましたけど、戻る条件も酷すぎません? 1000回依頼をこなせって……無理でしょう?」
「あら、人助けができるいい機会ではなくて?」
「それはそうですけども……ああ、もういいや! わかりましたよ! 転生すればいいんでしょう!」
俺はヤケクソでこう叫んだ。もうオーバーゾーンからは逃れられないし、転生からも逃れられない。覚悟を決めるしかないようだ。
「あ、今分かったって言ったわよね?」
「へ? ああ、はい、言いましたけど?」
俺の言葉にベガはずる賢い悪人のような顔でニヤリとした。俺の頭に?が点滅する。……なんだあの顔は?何だかすごく嫌な予感がする。
「よし、それじゃあ同意も取れたし、あなたを第154237世界に転生します!」
ベガは今度は緑の水晶を持ってくると、俺の前で起動させた。徐々に光に包まれていくなか、俺は今更ながらベガのあの顔の意味に気がついた。
「あの、『同意も取れた』っていうのはもしかして……」
「ええ、私と話をしているときに、明確に転生をやめると言っておけばあなたは転生しなくて済んだってこと。残念だったわね。クスクス……」
そんなふうに言わせなかったのもベガじゃないか。もう後戻りできない俺に対して勝ち誇ったように笑う彼女に向けて恨みを込めて捨て台詞を叫んだ。
「卑怯すぎるだろおおおおお!」
こうして俺は半ば無理やり転生されられた。厄介なスキル『オーバーゾーン』とともに。せっかくだから、リア友を作る手段ぐらいは会得して帰ろう。諦めてそう思っていたのだが、俺はこのスキルがいろいろな意味であまりにも強すぎることにまだ気づかなかった。