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支部報告会

なんか...世界中で武漢ウイルスえらいことになってますね(-_-;)


中国国内は、中国政府の対応が誇らしい!祖国万歳!って感じになってますが


こーゆーメンタリティって理解不能です。


早いとこ状況が改善して欲しいものですね(+_+)


今回は藤田茂吉視点でお送りします。

明治13年(1880年)3月1日


『改進党準備委員会』の札が掛けられた1室、両国の郵便報知本社の2階である。

レンガ造り2階建ての古びた社屋は、京橋にあるような洒落た新聞社の趣とは異なり、地方の役所とでもいった風情だ。


ここに拠点があるのも、社主の栗本先生と大いに関連がある。

元は先生の診療所であった建物を、『ワシャもう医者なんぞやめじゃ!』の一言の下、郵便報知本社として生まれ変わらせた。


『これからは新聞社として社会の病気を治すんじゃ!』と、福沢先生に掛け合い慶應の生徒を送り込ませたのだった。それが私の記者人生の始まりだ。

今でこそ帝都4大新聞などと言われるが、始めたころには自分で売り歩いたりもしたものである。


そして今この事業が実を結び、帝国議会の誕生に合わせて政党を設立するに至っている。

多少は感傷的にもなろうというものだ。


準備室の扉を開けると、そこは20畳ほどの広さ。

正面の壁には栗本先生直筆の額が飾られている。こういうところも先生ならではだ。

普通は名のある書家とかにお願いするけどね。


書いてある言葉は『万事以論可決定』 ― 万事論ヲ以ッテ決定ス可シ ― という改進党の標語(スローガン)だ。


いい言葉だ、と私は思う。


昔中国の宋王朝では、皇帝が代替わりする際に必ず行う儀式があったという。

新皇帝以外は誰も踏み入れることのできぬ部屋に『石刻遺訓』なる石に刻まれた言葉があり、それを1人読み上げるという儀式だ。


遺訓という以上それは開祖の言葉であり、死守せねばならぬ掟である。

そこにはこう刻まれている。『言論を理由に士大夫を殺してはならない』と。


10世紀に存在した言論の自由だ。

モチロンその時代だから、遠島やら領地召し上げやらの処罰は存在してるので、自由といっても心許ないものではあるだろう。おまけに今の清国を見てみれば、言論に関してはその時代の面影すら無くしている。


それでも私は感嘆する。その時代に言論の自由を容認した権力者の存在に。

そして恥じ入る。千年たった今でもその概念すらもたぬ自国に。


私は再び額の言葉に思いを馳せる。この額は我々の石刻遺訓なのだ。


「おや藤田さん!随分とお早いですね。」

静寂を破り入ってきたのは、田口卯吉君だ。濃い鼠色(ダークグレー)の堅襟の洋装に同色の帽子を被った姿は、もはや完全なる改進党員である。


「今日からまた分科会だ。気持ちが沸き立ってね。」

私は偽りのない気分を伝える。

田口君は爽やかに笑って分かりますよと言った。


きっと彼もそう感じて、つい早く家を出たのだろう。


やがて続々と仲間たちが集まって来る。

みな洋服に身を包み、自身のアイデンティティーを誇示している。

最近はこれを背広と呼ぶらしい。なかなか洒落た言い方だと感心した。


今日から党の基幹方針を決定する分科会最終報告が始まるため、地方からも仲間たちが集う。


長いヒゲを蓄えた紳士は宮城県支部長の増田繁行殿。

国立第七十七銀行設立に尽力され、現在は宮城県議会議長を勤められる実力者だ。

55歳とご高齢ではあるが、鋭い眼には活力が漲っている。


お隣のギョロ眼で額の広い方が、秋田県支部長の成田直衛殿。

慶應義塾の先輩であり、同じく秋田県議会の議長を勤めておられる。

当初からご参加の意向を固めておられ『やっと動くか呑気モノ揃いよ』と叱咤の手紙をいただいている。


福島県からは県議会副議長の山口千代作殿。

福島といえば例の蜂起だが、山口殿はモトモト愛国社系で河野広中とも盟友だ。

当然自由党へご参加かと思いきや、マサカの改進党参加となった。


「元はといえば河野さんは三春藩、ワシらは会津藩で。」

山口さんは多弁な人では無い。ポツリポツリと思いを語られる。

「我らは対三島県令の作戦として、共同作戦をとったに過ぎません。なれどいつの間にやら河野さんは福島の親分となられ、我らを駒のように使えると勘違いしておられる。」


こういうモノをあまり語られぬ御仁は、ウチに何を秘めているのか分からないものだ。河野広中も仲間の反応を読み違えたか。

会津の愛国社系数十名とともにねがえ.....いや鞍替えいただく事となった。


その他新潟の自由党から鞍替えした室孝次郎殿、富山県の島田孝之殿など、思った以上に東北・北陸は大勢力となった。

関東は本丸といえる。

田口君はじめ私や小野梓君、末広君に島田三郎君。栃木新聞編集長の田中正造君など多士済々。


一方で中部・近畿は今後の課題である。現状は自由党と愛国社が争っているところで、我々がいかに食い込んでいけるのか。

一方で中国四国は善戦中だ。

玄馬次郎君と大原孝四郎殿が商人の交流関係を活かし、大きな組織を構築中であった。


さすがに四国は愛国社一色....と思っていたらそんな事はなく、瀬戸内側はそれほど土佐立志社に対していい感情は持っていないらしい。

「どちらかと言えば、経済的にも瀬戸内とのつながりを重視しておるんですじゃ。」

玄馬君はそんな風に四国の状況を説明する。


同じような理由で山陰地方はまだ手付かずとのこと。


九州は予想を超えて規模が拡大している。

頭山君の紹介で入党した平岡浩太郎君が大活躍しているのだ。

彼の地元である福岡と大隈さんの出身地佐賀・矢野さんの地元大分は当然としても、熊本・宮崎までかなりの勢力を集めつつある。


「いやいや大活躍などど過ぎたご評価痛み入ります。私はただ誠心誠意!念頭にあるのは改進党のためただそれだけ!私財を投げ打ち勢力を広げるは....。」

「いや本当に!感謝申し上げます平岡さん!」


放っておくと黙ってくれない。

個性豊かな面々が集まったものだ。


ツヨシが入ってきた。地方の各代表は一斉に立ち上がって彼に挨拶を求める。

まるで党首のような貫禄だ。


まあ地方での勢力集めには彼の功績が大きいから、この状況は不思議でもないが。

彼は皆と違ってあか抜けた様子の細身のズボンに、厚手で明るい色生地の上着(ジャケット)を羽織り、フロックコートは着ていない。


何ともお洒落なものだ。どこで買ったのか後で聞いてみるとするか。


執行部は私と犬養君、田口君に末広君、小野君が参加している。

私が司会進行として口火を切った。


「皆さまお揃いですので、分科会報告会を始めさせていただきます。」

ガヤガヤと世間話にいそしんでいた会員たちは、こちらを向いて様子を改める。

会議室は静寂に包まれた。


大きい窓からは早春の光がうららかに差し込み、部屋の空気を温かく見せている。

しかし西洋の画家が描いた絵画のように、その陰影は緊張感を高めるようにも思えた。


穏やかに緊張を保った静寂の中で、栗本先生の額のみがその主張を訴えてくる。


「それでは初めに各地方支部で行っていただいた、地方分科会の報告から始めていただこうと思います。これは東北から順にお願いいたしましょうか。」


「ではまず私からご報告を。」

ギョロ眼の成田先輩が、私をギョロっと見据えながら口を開いた。

それぞれの議題について、簡潔な決議事項と課題提起が読み上げられる。

概ね賛成で決議され、問題はなし。


続けて発表されるほかの地域も、状況はほぼ同じである。

会議は流れるように進行され、ご高齢の増田さんなどはコックリと居眠りを始めるほどだった。


最後に発表した平岡君だけはそうはいかない。

ある程度覚悟はしていたが。


担当がほぼ九州全土と広範であること、『口から生まれた浩太郎』と地元では有名であるほどお喋りなことが、彼の発表時間を延々と引き延ばしている。


「そこで私は言ってやったのです!そも言論に依らずして、何の民権運動であるか!と。」

「いよっ!待ってました浩太郎!」

「ええぞ浩太郎!言ったるんじゃ!」


既にみな彼の世界へ入り込み、講談師の語りでも聞いているかのような和んだ雰囲気となった。

まあこんな感じも悪くはないか。少なくとも彼の報告は面白い。


昼食を挟んで午後からは、各支部から出された課題の整理と討論。

これは思ったよりも長くかかり、結論は翌日に持ち越しとなった。


夜は大隈さん・後藤さんを交えての懇親会となる。まあ酒を飲むだけだが地方から来た皆さんは大喜びだ。


「大隈先生聞いてくだされ!宮城ではあの悪名高き長州の.....。」

「後藤先生、春になりましたら是非とも秋田へ.....。」

「後藤先生!支部の総会にぜひご出席を!」


車座になって思い思いの陳情に熱中する支部長たち。

お二人にはこういうのも代表のお仕事と思って諦めてほしい。


しかし党としては素晴らしい看板となる2人だ。

薩長勢力ではない保守党というのがいい。名前の大きさも申し分ない。


「藤田さん、今日はお疲れさまでした。」

ツヨシがお銚子をもって私の横に腰を落ち着ける。

「いや、ありがとう。ツヨシこそ新婚なのに夜まですまんな。」

彼の酌を受けて、私も彼の苦労をねぎらう。


「お前さん達の準備あっての総会だよ。順調に報告を終えて、大きな問題もなく何よりだった。」

私は猪口を飲み干して、再び彼の酌を受ける。


「そう言えば矢野さんから聞いたかい?例の本が売切れたって話じゃないか?」

「へ?聞いてませんが?」

本当に聞いてないらしい。


「初版1,000部はすでに売切れたそうだ。重版かけると報知の出版部が息巻いていたよ。」

「....あんなメンドクサイ本、誰が買うんですかね?」

自己評価がかなり低い著書であるようだ。なかなか良く書けた本だったと思うが。


「それだけ国会開設は国民の興味を引いているという事だろう?お前さんの名前で出ているという事も、興味の対象だったと思うがね。」


へーと言って酒をなめるツヨシ。

自身の新聞記者としての名声には、相変わらず無頓着であるようだ。


「伊藤博文卿が大量に購入されたという話もある。」

「ええ?!」

そこには驚くのか。何とも変わった奴。


「そりゃあ当然だろう。先月末に欧州から帰国されて、大隈さんは既に政権への協力を申し入れしている。我が党の方針が書かれてるお前の本に興味を持たれても、何ら不思議なことではあるまい。」


「大量に購入というのは?」

「うむ、どうやらお気に召したらしいな。部下や官僚にも読ませるらしい。報知へ直接購買したいと連絡があった。」


さすがに嬉しかったらしく、ツヨシは明るい表情になった。

「それじゃあ与党構想もうまくいきそうですね!」


「まだまだ協議することは多いがな。」

気を引き締めていかなければ。それでもつい笑顔は出てしまうけれど。


順調な船出、幸先のいい話。好事魔多しとも言うだろう。


「明日は今日の続きと執行部の体制決定、それから各地の新聞社立ち上げに関わる人員割り振りと。」

「決めなきゃいかん事は山積している。明日も頑張ろう。」


はいと頷くツヨシ。本来なら党の役職にでもつけたいくらい、大隈卿も頼りにしている男だ。

若輩だからと固辞するので、今回は矢野さんと私で受け持つことにしたが。


「なあツヨシ。」

私はまた話を蒸し返そうとして、少し躊躇する。


「何でしょう?」


聞き返す未来の宰相。おまえこそ俺たちの希望なんだ。

だが今は....まあやめておこう。


「オマエその服どこで買った?」


私は適当な話題でその場をごまかした。


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