政界の道標
1880年は閏年!
そーですよねえ、オリンピック出来るといいですねえ(T_T)
明治13年(1880年)2月29日
春のうららの隅田川。
タキレンタローってもう生まれてるのかな?
まだ肌寒い日が続くが、今日は風もなく穏やかな日曜日。
俺は綾さんと一緒に川辺をお散歩中。
「今日は随分と温かくて、本当にいい気持ち。」
綾さんは歩きながら大きく伸びをする。俺は後ろからそっと綾さんを支える。
綾さんは笑って俺を軽くたたく。
「大丈夫ですよ!まだそんなにお腹が大きいわけじゃないんですから。」
そんな拗ねたようなことを言っているが、顔はにやけて締まりがない。
俺の顔面も崩壊する。
そーだよつまりお目出度ですよ。やるこたやってんだよ俺も!
結婚から半年、あっという間に子宝に恵まれて周りにも冷やかされっぱなしである。
綾さんは淡い藍色の木綿の着物に、大隈卿からいただいた格子柄の小さな毛布を羽織っている。とにかく可愛らしいんだよ!わかるか!
俺はこのところ、地元岡山から大原さんが送ってきてくれたかなりしっかりした綿生地で、なじみの仕立て屋さんにワークパンツをいくつか仕立ててもらって愛用している。
上にはコワシさんがイギリス土産に買ってきてくれたカーディガン。かなりチクチクするけど、やっぱこういうのが落ち着く。
綾さんはつわりも軽いらしく食欲が衰えるとかはなかったが、やっぱり外出は控えるようにしている。
だから休みにはこうして2人で外をぷらぷらと歩くのが、ここのところの休日の過ごし方だ。
医者にはあまり出歩くなとは言われるけどね。
でも俺のかつて生きていた時代には、多少の運動も必要みたいに言われていたはずで、綾さんが外に行きたいと言えば外に出ることにしている。
「また桜の季節になりますね。」
綾さんは幸せそうにお腹をさすって言う。そんな綾さんを見て俺は当然シアワセである。
それどころか前世じゃ子供はおろか結婚すらできなかった俺は、奇跡が起きたように喜んだ。
手紙で知らせたおっ母も、喜びのあまり今すぐ来るべしなどとわけわからん返事をよこした。
妊娠3カ月でそんな長旅できるかっつーの。
「こうして2人でいられるのが夢のようです。去年はアナタがお忙しくて、東京におられるのも稀でしたから。」
綾さんそういう事はフラグになるから言っちゃいけません。
「それでももう少し安定してきたら、実家で静養するのがいいと思うよ。」
俺はなるべくソフトにいつもの話を繰り返す。
綾さんはえ~といつものように拗ねる。そんな感じのシアワセ。
隅田川は俺の記憶にあるそれとは違い、枯れ草に覆われた土手がどこまでも続く素朴な川だ。
コンクリで固められた堤防の面影はない。
川面はきらめき春めいた空気に、俺の幸福感が増幅される。
「私はここで出産できればと思うのですが....。」
「しかし俺1人じゃいざという時困るしねえ。」
そんな結論の出ないやりとりを、だらだらと繰り返すのもただ嬉しい。
そして今日もわざと結論は出さないのだ。
「岡山へはしばらく行かなくてもいいのでしょう?」
「うん、末広さんが先に行ってくれるからね。俺はこの子が生まれてから来年にでも。」
そう言って2人またニヤケる。
そんなイチャツク俺たちの前方から、センセーと叫びつつ走って来る少年がいる。
「あら、金之助くん。あんなに慌てて。」
綾さんが愉快そうに笑う。
なんて朝の連〇テ〇ビ小説的な眺めだろう。
金之助は最近俺の家に英語を習いに来ている。
日曜日に俺は必ず家にいるので、彼は1刻はかかろうかという距離をモノともせず、徒歩で遥々やって来る。
しかし往復で4時間?その分自習した方が効率いいのでは?
そんな疑問もあるのだが質問の中身を聞いてみれば、なるほど辞書では追いつかず切羽詰まって聞きに来ているのがよく分かる。
英語教育に力入れてる学校って、この年齢向けにはないもんかいな?
このままでは如何にも彼にとって時間の無駄だ。
そんな事が災いし、文豪夏目漱石が生まれなかったら俺の責任か?
.......極論だな、うん。チョット学校探してみよう。
「木堂先生!本日も...よろ、よろしくお願いします!」
息を切らしながら目を輝かせる少年を見れば、帰れとは言えるはずもない。
お散歩はここまでとして、3人連れ立ってウチへ戻る。
綾さんも特に不満を言うでもない。時々時間が遅くなると今度来るときは泊まっていけと言うし、弟のように思っているのだろう。
テキストには、先日俺が与えたディケンズの『クリスマスキャロル』を使っている。
厳つい装丁のずいぶん重い本で、金之助はまるで宝物のように扱う。
本などモノなのだからどんどん書き込めといっても、決して汚そうとはせず普段は練習用に写本したものを持ち歩いている。
今日まで書いて来た訳文を俺が添削してやる。そして質問に答え、何度か朗読して聞かせる。俺も発音には自信ないけどね。
それから本人にも朗読させ、間違いを訂正する。
いずれ英語だけで授業をすることになるだろう。そこまで行ったら誰かイギリス人を紹介してもらおうか。
朗読する金之助を見ながらそんな事を考えていると、彼はこんな事を言い出した。
「木堂先生、本日は1つお願いがございます。」
「ん?言ってみ。」
「私を先生の書生にしていただけませんでしょうか!」
.....しょせー?オマエを?えーっといくつだっけ?
「今年14になります。世が世なら元服いたしても不思議のない大人にござます。」
いや戦国時代じゃあるまいし。書生っつったらまあ十代でもハイティーンくらいだろ?常識的に。
「こちらで木堂先生からご教授いただく時間は得難い機会、しかし往復の時間は如何にも長く、少々負担にございました。しかし住み込みとさせていただければ、此処から本郷までは半刻足らず。」
それでも近くはないけどね。
うーんどうだろうかねー。とりあえず今日は帰れよ。
「良いではありませんか!私は賛成です♪」
夕食をいただきながらノリノリの綾さん。まあ書生が住む部屋くらいならあるわけで。
本日の夕食は鰈の煮つけ。
海にほど近い深川では、漁民が天秤棒担いで小魚やシジミを売りに来る。
食卓には新鮮なお魚が多く、これも嬉しい。
「しかしあの年で住み込み書生、となればあずかる方も少々大変じゃない?親御さまにもご挨拶くらい必要でしょ?」
しかし綾さんはキッパリ言い切る。
「あの子の実家の話はお聞きでしょう?年端もいかぬうちに2度も養子に出して、大変な苦労をしてるのです。あんな薄情な実家に挨拶の必要なんてありません。」
えー、そーはいかんでしょー。だが妻の決意は固かった。
まあ綾さんのお手伝いにもなるし、悪い事じゃあないけどねえ。
子供だから給料もさほど要らんだろうし。
しかし夏目漱石を書生にとるのか....史実にはゼッタイ無かったろうな。
十分注意せねば。日本の宝が生まれなくなってしまう。
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太っ腹の岩崎さんが、結婚祝いにソファーセットを贈ると言うので、そんなもん置くほど広い家ではありませんと固辞した。いずれ岡山にも行かにゃならないし、そうなってしまえば無用の長物だ。
すると岩崎さんは意地でも何か祝いを渡そうと、ロッキングチェアを探し出して来てくれた。
綾さんはコレが大層気に入ったらしく、夜になるとこれに座ってゆらゆら本を読んでいる。
最近は生まれてくる子のために産衣を縫ったり、超楽しそう。
俺は傍らで読書中。というか先日出版した自著を確認のため読み直している。
明日から党の第三回分科会、これまでの討論をまとめて党大会に備えなければならない。
初出版です。タイトルは『政界の道標』といたしました。
つーか福沢先生がつけてくれたので断れなかった事情もありまして。ミンナ名前つけんの好きだよね。
子供の名前は絶対譲らんが。栗本先生とか危ねえよな。
当初は改進党内の啓蒙書程度に考えていたんだけど、書いてみたら時節柄どんどんと政府への要望事項みたいな事が増えてきてしまい、福沢先生も大隈さんも『これは是非出版すべし』というので....。
こんな小うるさい本、売れねーとは思うが。
どんだけかというと4章立てで構成しており、第1章は「政府及び内閣」。
ここでは現状起こっている官民の衝突を双方の責任とし、特に民間側へ「政府と内閣の区別」をつけよと説教気味に書いてある。
政府官僚ってのは機械のように動くもんで、意思があって政策に責任を持つのは内閣だ。車が交通事故の責任を負う事はない。運転手が負うもんだよ。
今みたいに内閣も政府官僚もごっちゃにして批判するのは、自身が政権を担う覚悟を持たない、つまり車を運転する気はないって言ってるみたいなもんだ。こーゆーのはやめましょうと。
第2章は「官民の乖離」。主に政治の参加者と低所得層の対立を語った。
どうやら地方の議会選挙を見ても、衆議院選挙は史実通り納税額で決まりそうだ。すでに対立要素満載である。
このことが低所得層で怨念となる。上流者層ではこれを密偵や取締り、集会の規制などで弾圧する。これが却って低所得層を刺激し、過激な行動へと走らせることになる。
政権担当者および地方官には自制を、活動家たちには言論による競争への覚悟を求める。これが論旨だ。
第3章は「言論の自由及び正論の発達」。集会取締りを強めんのは、民権運動側に暴力で訴える機会を与えてるようなもんだって事。
第4章は「執政官の意見公示」。政府は国会運営にあたって民間へも同調者を求めるべきって事で、これはストレートに「俺らと組もう」というメッセージ。
段々こんな内容に変化してきてしまったのは、コワシさんからの手紙で各国が日本の国会召集に「大きな興味を持って注視している」と知ってからだ。
日本には所詮国会など運営できる言論の素地はないと、世界は侮って見ている。
上等じゃない!絶対成功させてみせようじゃない!と俺は火がついてしまった。
だからこれは内閣と民権家の戦いじゃない。
世界に向けて日本が成熟した国家だと見せしめるための戦いだ。
この本にはそんな思いを込めた。分かる奴には分かるはずだ。
「あなた~。この産衣カワイイと思わない?ちょっと見てみて~?」
はいはい只今!
今日はここまで。明日はがんばる。
ちなみに本来犬養毅の著作タイトルは「政海の灯台」といいます。
内容はほぼこの通り。実に保守政党むけに書かれているのに、彼のこの後の政治家人生は完全に政府との対立で占められてしまいます。
何とも哀しき政治人生。(-_-;)




