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その時起きていたこと

長らくご無沙汰いたしました。

無事生きております(・ω・)ノ


何とも手間取りましたが、ようやく仕上がってきましたので再開しようと思います。


今回は第2部の終盤、書き切れなかったところをエピローグ的に書かせていただきました。

時系列が飛びまくるので、いっそのこと逆にしてしまえ!と逆向きに進行しております。


最初は花房義質、二番目は後藤象二郎 最後が犬養視点です!

明治12年(1879年)8月31日


私と立見少佐は、景福宮の中で一際重々しい謹政殿の前に立ち尽くしている。

一体いつになったら感謝状授与が行われるのか、見当もつかないためである。


「随分と待たせやがる。」

私は思わず毒のある言い方になる。

「国王陛下なんてそんなものでしょう。気まぐれな天気のようなもの。」

少佐は意に介することもなく、謹政殿の中を物珍しそうに見まわしている。


謹政殿は夏の終わりの青空を背景に、どしりとその姿を据えている。

明代式の建築だな、と屋根の形を見ながら私は考える。

清国の武官などにはわからぬ違いだろう、と朝鮮の文官たちがあざ笑う姿が目に浮かぶ。

そういった人の悪さが彼らにはある。


謹政殿前の石造りの広場には、近衛兵たちが白の韓服に黒い馬褂子(マゴジャ)と呼ばれる背心(チョッキ)のようなものを着て、1列に直立している。

彼らは少佐に心酔する部下たちだ。この舞台がさぞや誇らしい事だろう。


何もかも少佐の働きに救われたのだ。彼がいなければ私は反乱軍に殺されるか、逆上した井上卿に殺されていただろう。もちろん比喩としてだが。


50人ばかりの近衛兵が微動だにせず立っている姿は、青空と相まってなかなか絵になる。

もう四半時も経っていなければの話だが。


「少佐、そういえばこの後のことなんだがね。」

私はふと少佐に話しかける。

「来月後任の公使がやって来る。私は9月をもって帰任することになったよ。」


立見少佐は呆れたように私を見つめていた。


「それは今この場で言うべきことですかな?」


それもそうか。


「しかし今言うのが一番相応しい気がしてね。」


少佐は横目で私を睨み付けていたが、やがてクスクスと笑いだした。

「公使は何か雰囲気が変わられましたな。近寄りがたいところをお持ちでしたが。」


そんなもんだろうか?まあ駐在公使というのは、緊張しっぱなしであるからかもしれない。


「ずっと命を張って日本を代表してきたつもりだった。そんな思い上りが今回のような事件を引き起こしたのだろう。」

少し自嘲気味に私は言う。


「それは少々違うように思いますな。」

少佐はひげを摩る。


「小官が思いますに、公使たるものその心意気無くして仕事が勤まるものではありますまい。」


謹政殿の奥に動きが見える。文官たちがいそいそと準備を始めている。


「実のところ公使が何やら企んでおられるのは、うすうす承知しておりました。」


今度は私が唖然として、少佐の顔を見つめる番だった。その顔はしてやったりと笑っている。


「それは...今この場で言うべきことかね?」


少佐は実に愉快そうだった。

私が謀反すれすれの陰謀を練っている間、この男はそれに気付いて知らぬ振りをしていたというのか?


「分かっていていったい何故止めなかった?」


「何故と申されても....まあ公使が狙っておられることが、小官にはよく理解できましたからな。」


「私の狙い?」


「小官をご信頼頂いた上での、反乱分子殲滅作戦でございましょう。そこまでご信頼頂ければ、まあ軍人冥利に尽きるというもの。」


私はすっかり呆れてしまった。もちろん目の前の伝説的軍人にではなく、私自身にである。


「なんと...それほど見え透いたものだったとは...私は公使失格だな。」

「もうおよしなされ。」

突然軍人は真面目な声を出す。


「公使は日本を代表し、何とか朝鮮との糸口を作ろうとされた。相手が異常な政府であれば、こちらも異常の手を使わざるを得ませぬ。それは体を張った男の賭けにございましょう。胸を張ってくだされ!」


背筋が伸びあがった。全く得難い男を得たものだった。


どわんと銅鑼のような音が鳴り響き、甲高い声の朝鮮語が何やら喚きたてる。

近衛たちは一斉に身を低くする。華やかな音が広場の外から沸き起こった。


私の仕事は終わったのだ。目頭が熱くなった。


それと悟られぬよう私は努めて声を抑え、少佐へ語りかける。


「どうやらやっと感謝状を渡すつもりになったらしい。」

「どれ、貰ってやりますか。」


私たちは広場に向かい、一歩足を踏み出した。

この一瞬を、この誇り高き男と共に出来たことを、私はきっと忘れることはあるまい。


>>>>>>>>>>>>>>>>


明治12年(1879年)8月30日


僕は起き上がってお粥が食べれる程度に回復していた。


右肩を打ち抜かれた傷は塞がってないものの、弾丸は貫通しており危険な化膿はしていないと、朝鮮人の医師が診てくれていた。


まあ医師っていうか呪い師みたいな人ではあったけど。


実際、痛みはあるものの動かなければどうということはなく、むしろ落馬したときに酷く打ったらしい頭のこぶのほうが、ズキズキと痛む方に閉口しているくらいだった。


「もうすっかり食欲があるのですな。頭の方もさほどのケガではなかったようだ。」

立見少佐が見舞いに来て軽口をたたく。花房君も一緒だった。


残暑が続く毎日だがこの軍人は軍服を脱ごうともせず、一番上のホックまでぴっちり止めて平気な顔をしている。

こっちはすっかり寝巻のままで気楽なもんだ。頭さえ痛まなければ結構な身分といえた。


質素な粟粥だったが、腹が減っているせいか無性にうまい。

塩辛い漬物に食欲をそそられ、何杯も替えて食べてしまう。


「本当にご迷惑をおかけしてしまって.....私はどう償えばよろしいやら...。」


花房君はすっかりしょげかえっていたが、僕はきっぱりと言い切った。


「幸いにして被害は少ない。それに君が利用されなくとも遅かれ早かれ起きたことだというのは、犬養君の調査ではっきりしている。君の責任ではないよ。帰ったら井上さんにもそう報告するつもりだ。」


僕の言葉はさして慰めにもならぬらしく、花房君は冴えない表情のままだった。

白いシャツをボタンも留めず、だらりと着ている姿は少佐と好対照だ。


吉田健三君の甘言に乗って、大院君の蜂起を誘発する資金まで提供したのだ。

被害が大きければただでは済まなかったろうが。


だが結局のところ清国から更に巨額の資金が流れていて、それを狙った吉田くんが描いた絵にハマってしまったというわけだ。気にすることはない。


うーんでもこれはあまり慰めにならないか?考えてみれば少々間の抜けた話だし....。


「ともあれ朝鮮国王がこの度の反乱鎮圧に対し、感謝状を渡すと言われております。その花房公使を謀反人にするわけには、日本政府も参りますまい。」


「む、むほん....。」

立見少佐も笑顔で花房くんを慰めているようで、グサリとくるような事を言う。

花房君は再びガクリと肩を落とした。


この2人は明日王宮で感謝状を受けることとなっている。


「かくなるうえは後藤先生の政治顧問を何としても実現しようと、今日まで粘りに粘ったのですが...。」

これを聞いて僕は心底驚く。


「なに!まだそんなこと言ってたの!やめてよそんなの命がいくつあっても足りゃあしない!」


本気でイヤだった。

やはり他国で仕事をするなどと、そうそう出来るものではない。


「今度の事で思い知ったよ。他国で働くと言いうのは実に危険と隣り合わせ。花房君は立派だ。」

今度は少し笑った花房くん。


「どうも清国の新しい公使が、日本の交渉を妨害しておりますな。」

立見少佐は何か情報を得ているのだろう。


「清国の公使が交代したのですか?」

僕が尋ねると少佐はひげを摩りつつ頷いて答える。


「随分と若い男のようですな。李鴻章の右腕、浙江提督の呉長慶が身内のものであるようです。名は....

何といいましたかな?聞いたこともない男で。犬養殿が探り出してくれたのです。」


「それも犬養君の調査で?彼にはそんな情報源があるのか?」

花房君は鋭く反応する。いかにも外交官らしい。


「何でも独立派が日本へ派遣してきた仏教僧が、今朝鮮の新興宗教へ潜入しておるらしいですな。その者から話を聞いたとか。」

「ほほう、李東仁か。あいつ何しているかと思えば、犬養君の密偵になっていたのか。」


花房君は少し元気を取り戻したように微笑む。


「しかしそんな若い男が実績もなく何故公使に?縁故で高官職を買収したとか?」


僕の質問に少佐はフームと考え込む。

「それもあるかもしれませんが、清国も今は北にロシア、南にフランスとややこしい問題が多いですからな。人材にも限りがあるのでしょう。」


そうなのかな?無能な若者の買官だとしたら、日本としてはやりやすい事になるわけだが。


「ともかく今回の一件はハナから清国に仕込まれていた事。おまけに日本はうまい具合に、朝鮮政府の信頼を築く事ができた。花房君も結果として実績を残せるわけだ。もうクヨクヨするのはやめたまえ!」


僕は努めて明るくそう言った。

引き続き立見少佐は教官として、しかも朝鮮全軍を教育する軍事顧問となったのだ。

これを成果と言わず何と呼ぼうか。


花房君は弱々しく笑ってはあと返事をした。


<<<<<<<<<<<<<<<


明治12年(1879年)8月25日


俺はまだまだ続く軍議を途中で抜け出した。ショージキよく分かんないし。


立見さんは相当な戦略家だってゴローさん言ってたし大丈夫だ。うん。

後は3人にお任せしちゃおう。


それと夜が更ける前にもう一つ、抜け出してみようと思う理由もあった。

いや漢城府(ソウル)観光ではない。


ここ朝鮮には俺の動向にメチャ敏感なヤツがますよね?ここで俺が外に出れば、むこうから接触してくるんじゃないかと思ったのだ。

何やら意味不明な事を言いながら、駆け足でついて来る護衛の兵士2人を振り切り、俺は公使館の外へと足を踏み出した......。


「オイツヨシ!コッチダアッチ!」


どっちだよ。


声のする方には白い巨人がいた。いや大げさでなくマジで巨人。

「ドンイン....お前、なんかでかいよ?」

『高い靴ハイテル。これが予言者のセイソウ』


李東仁(イドンイン)は久しぶりの不気味な笑顔を見せ、折れた前歯を覗かせニタリと笑った。

相変わらず中国語のほうが得意らしい。日本語は喋らなすぎで忘れたのかもしれない。

白い韓服っぽいものの上下を着て、つばのデカい黒いとんがり帽をかぶった姿はまるで死に装束のカカシ。

まくりあげて見せた足元は、なるほど高下駄のような歯のついた履物を履いている。


『予言者?お前が予言者なの?』

『ソウ、東学の組織にハイルトキ、オマエ言ったみたいにオレノ能力ミセタ。ヤツラビビってオレ尊敬。』


ビビられましたか。でも大した精度の予言できなかったはずだよね?俺の行動あてる以外は。


『ジブンデモ不思議。ここのところイロンナ事がヨク見える。オレ最近結構キテル。』

来てねーし。


『俺が来ることは相変わらずすぐ見えたか。』

『マエヨリはっきりワカル。正確な時間ワカッタ。』

まじで?そりゃ確かに予言者っぽいな。服装以外は。


やたら目立つドンインを路地に引き入れ、俺達はお互い無事を喜んだ。

こんななりでも....いや本人気に入ってんならいいんだけど、無事である事が一番だ。

まあ目立つったら俺もたいがい目立ってるけどね。和装だし。


絣の単衣なんか着てれば朝鮮では相当目立つわけです。かといって洋服でも目立つ。結局この時代の朝鮮で、外人ってのは目立つんだよ。


『東学のいごごちはイイ。ミナオレ尊敬スル。農民カキュウ官吏おおい。組織は10マンニンいわれた。』

10万人?そりゃちょっとした戦力だが...大分水増しした数字だろうね。

甲午農民戦争(東学党の乱)の頃にはそれぐらいの規模になるんだろうが。


『ところで今朝鮮軍が大分キナ臭い。暴動を起こそうとしている様子が見られるんだけど、お前のところで何か掴んでないか?』


俺が尋ねるのにドンインはウムウム頷いている。

『ソノ話だとワカッテタ。オレにはヨク見える。』

頷くたびに黒いトンガリ帽が揺れる。輪をかけてうさん臭くなった予言者(ドンイン)


『オレノところにカキュウ兵士いっぱいイル。ソイツラミンナ、衛正斥邪派。』

何それ?中国語の発音が漢字でイメージできず、俺は思わず聞き返す。


ドンインは地面に指で字を書いてくれた。

『国学でアル朱子学を守って、西洋ガクモンや西洋ジン排斥スルヤツラ。』

おお、尊王攘夷そのものじゃないの。


『ソイツラ大院君の信奉者、ホウキして日本人コロシ、ついでに国王陛下コロソウシテル。』


やーっぱそうなんですね。大院君のクーデターって事は分かってたけどさ。


『デモオレは反対シタ。ワルイ未来しか見えないイッタ。東学はモチロン西洋ガクモンキライ、デモ殺し合いモットキライ。教祖様もユルサナカッタ。』


よくやった。お前のおかげで新軍の500名が救われる。

俺はポンポンとドンインの肩...いや腰のあたりをたたいてねぎらった。

160センチも怪しい俺の身長では、底上げされたドンインの肩に手が届かない。どーせチビさ。


『その蜂起しようとしてる奴ら、武器を清国から手にいれようとしてるんじゃないかと思う。その辺りお前が探る事って出来ないか?』


ドンインはおやっという風に俺を見た。


『ソンナ事とっくに知ってル。清国人オレタチニも会いにキテル。武器ヤルカラ参加しろシツコカッタ。』


なんだって?東学に直接清国が接触?もう東学の存在を知ってるの?


『ソーダ、オマエニ早く知らせようオモッテた。ソノ清国人、オマエとオナジ。』

『何が同じだって?』


いやな予感。俺と同じってもしかして?


『ヤツの未来、スゴクハッキリ見える。オマエとオナジ、リンネ逆になった男。』


.....それアリ?

いやでもそーだよね、日本にだけ起こる事じゃない訳だよね。

清国人のほうが人数多いわけだし、確率的に言ってそれが起こらない方がおかしいって。


『いや、それマズいわ!すっごいまずいわ!清国人で逆転生って反則だろそんなん!』

『ナ、ナンかマズカッタか?』


俺の剣幕にちょっと驚いてるドンイン。しかし驚いたのは俺も同じだ許せ。

ひとしきり文句たれたあと、落ち着いた俺はドンインに尋ねる。


『そいつの名前は?歳は?何か知ってることあるか?』


今後注意しておくために、少しでもそいつの情報が欲しかった。


あまりにも危険。歴史を知っている敵の存在。

冷や汗が流れるのが分かる。


『ナマエ聞いた。ユエンシーカイて名乗った。トテモ若い男。オマエよりも若い。』

固有名詞を発音だけで漢字に置き換えるのは、日本人には少々手間だ。


でも俺はその名前に聞き覚えがあった。


中国近代史上、最大級の極悪人の名前だからだ。


「袁世凱....。」


思わず日本語でつぶやく。

何で?何でこの時代の朝鮮に袁世凱が?アンタ辛亥革命頃の人でしょ?


この後は毎日更新ムズカシーかもしれません。

出来る限りの更新ペースで参ります。


よろしくお付き合いください!

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― 新着の感想 ―
しょうもな
[良い点] 急に日本人社員を拘束したりする国だから(^_^;)…ご無事と聞いて安堵致しました♪ 久々登場のドンインからもたらされた逆転生者情報……ナンと 袁世凱とは、登場時期が早すぎるって誰でも思い…
[一言] 連載再開アザース! ああ、他国にもいるのか。 楽勝と思われた日清戦争が危うくなるな 欧米に関しては東アジアにはいまのところ、興味は薄いだろうから、此方にはあまりちょっかいをかけてこないどろ…
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