一触即発
明治12年(1879年)8月17日
俺たち3人は横浜の吉田商会で、社長の吉田健三さんとご対面中だ。
「犬養くん君は......わざわざ面倒ごとを引き起こす人だな?」
アンタに言われなくても十分わかってるぜ、この意地悪商人!シャイロック!
性格悪い....ミツルと情報交換している時にふと閃いた顔。
俺は直感してたんだよ。絶対アンタにたどり着くと。
「イヤ今回の件については、全く僕が悪いんだよ。吉田くん。」
後藤さんは相変わらず空気読めてない。
そもそも何故我々がここにいるのか?話せば長い。チョー長い。
よってダイジェストで振り返ろう。
昨日夜、俺は後藤さんが朝鮮にさほど思い入れがない事を確認。
→ほんじゃ花房さんへ連絡して、顧問の話は中止しましょ。
→連絡先なぞ知らん、悪いが犬養連絡してくれ。
→ほ?後藤さんの会社の元職員が公使館で働いてるぜ?
→ナニそんな事は知らん、大体アレは吉田健三の会社から借りてた奴ら。
な ん だ っ て ?
この人は.....付き合えば付き合うほどスチャラカな奴だという事が理解できる。
ナゼ福沢先生や岩崎さんが、こうまでこの人を構うのか分からん!
人情味は分かるが一緒に仕事するのは最悪だ!
そうして俺たち3人は朝っぱらから汽車に乗り込み、横浜までハルバルやって来たのだ。
帰りに絶対ラーメン食って帰りますよ、後藤さん!
「後藤さん違うんですよ、彼は僕から仕入れた情報で僕の邪魔ばかりするんですよ。商品供給元を横取りしたりね!」
吉田オヤジはフンッと鼻から息を吹いて、俺を吹き飛ばそうとするかのよう。
「そう、正確には教えてもらえなかった供給元が中心ですがね。」
俺もフンッと吹き返す。俺の仕事が邪魔になってたか?ソレはシツレイ。
吉田オヤジはギロリと俺を睨む。
「今日は後藤さんがご一緒だから、止むを得ず会っているがね。あまり調子に乗って欲しくないもんだ。」
オマエもちょーしに乗んなよ悪徳商人め!
「ソレでそちらは?」
吉田オヤジは俺の連れて来たもう1人を警戒中。そーでしょうそーでしょう。
「申し遅れました。私、内務省警保局書記官の白根専一と申します。」
オヤジはグエっとのけ反る。いいねイイね、ビビった?
「け、警保局の書記官殿が.....なんの御用で?」
シャイロックはビビりつつご質問。
「さて?我々が今最も注視する民権活動の、犬養くんと後藤象二郎さんが仲良くつるんで横浜に行くと、わざわざ私へご連絡いただいたのです。」
笑顔が爽やかな白根さんは、事もなげに今朝の状況を説明する。
「両君共に警保局の重点監視対象です。一体2人してナニを企んでいるのやら、一緒に来てもいいと言われて、放って置けませんからね?」
どうせ商売マックロな吉田オヤジに、白根さんはプレッシャーだろうと思って誘ってみたのだ。
俺もまさかホントに来るとは思わなかったが。
「そんな訳で私の事はお気遣いなく。この2人を監視しているだけなのです。」
爽やかは正義だ!吉田オヤジはあまりの事態に言葉が出ないようだ。
「コレは一体何のマネか?私に対する嫌がらせかね?」
意外と分かってんじゃないですか。
「とんでもありません吉田さん。後藤先生と私が今直面しているいくつかの事柄について、吉田さんからご説明をいただきたいと思ったまでです。」
吉田さんは後藤さんを見つめるが、スチャラカ偉人はよく分かってないのでニコニコするのみ。
「ご理解いただいたところで早速ご質問なのですが。」
「理解には程遠いが、これ以上は時間の無駄だ。言ってみたまえ。」
イイですねー。潔い態度は情状酌量の対象です。
「先ず吉田さんは後藤さんの『蓬莱社』に社員を提供していましたね?」
「後藤さんに聞いてるんだろ?」
オヤジはブスッと返事をする。
「警保局の前ですから印象よくした方がイイですよ?」
「ナニを言っているんだキサマ!その警保局の方が、監視対象は私じゃなくオマエだと言ってるだろうが!」
まーそーですけど。油断してるとボロが出ますよ。白根さんは大笑いしてるが。
「蓬莱社が倒産した後、朝鮮に居た何人かの社員が、そのまま日本国公使館に雇われています。コレはどういう経緯ですか?」
フッと笑うオヤジ。
「そんな事で何か罪に問われるのかね?私はそもそも既に彼らの雇用主じゃない。まあ奴らも行き場がなくて困っていたから、公使の花房さんへ紹介するくらいのことはしたがね。」
「目的は何ですか?」
「だから昔の部下が職に困っていたから紹介したのだ!」
激昂している吉田オヤジ。もう脇が空いてるんじゃない?
「実は俺の友人も公使館で働いてまして。」
嘘ではない。三食給与保証付きの爆弾魔だが。
「その男がしばしば目撃してるんです。公使とその方々が朝鮮の軍事蜂起を画策しているところをね。」
ハッタリである。ミツルはしかとそう言っていない。
「ナニを馬鹿な事を....。」
オヤジの目は泳いでいる。しかし何の証拠もないのは分かりきっているだろう。
「よしんば彼らが何か企んでいたとしても、私は仕事を紹介しただけだよ。それ以上ではない。」
そー来ますよね。まあそれ以上が引き出せるとは思っていない。
「戯言はソレで終わりかね?私も忙しい。後藤さんには申し訳ないですが、コレで失礼しますよ。」
言いながら立ち上がるオヤジ。余裕が無いのかな?まだそれほど切り込んで無いが。
「武器輸出が目的ですか?」
「何だと?」
「朝鮮で軍事蜂起が起きれば、それなりの武器はどうしても必要だ。それを吉田商会が請け負うので?」
「ふざけた事を言うな!仮にそんな事が起きたとして、通常の貿易ならば何の問題もなかろう!」
「イヤ、ちょっとお待ちください。」
白根さんは言葉を挟む。
顔色が変わったか?オヤジ。
「日本国は朝鮮と交戦状態にある訳ではなく、むしろ協調主義を取っています。仮に日本の商会が朝鮮の反政府団体に武器を輸出するとすれば、政府は座視できぬ問題と捉えるでしょう。」
でしょ?そーですよねサスガ融通効かない白根さん♪
「い、いや書記官どの、私は仮にと申し上げただけで、別にそんなつもりは...。」
「私は仮の話は好きではありません。あるのは事実のみです。」
コエー、超コエー。よかったこの間はミンナが守ってくれて。
コイツ敵に回したらヤバいわ。今既に味方じゃないけど。
オヤジは真っ赤になっている。
「私はナニもしておらんのだ!こ、この若造こそ何やら怪しいでは無いですか!反政府運動と言うならコイツは既に一度逮捕されている!」
おっしゃる通り。すいません。
「いやー、まさか吉田商会がそんな悪どい事をするとは思ってないですよ?軍事蜂起を画策して、武器を売りつけるなんてね?一応お伺いしたまでですよ。」
内務省のヒモツキでな!コレで簡単には動けまい。
「吉田くんまさか....。」
ほれ、スチャラカ偉人も驚いてんぞ。何とか言ってやれ。
吉田オヤジは観念したようだ。と言っても大人しく白状するようなタマじゃない。
今日にも朝鮮公使館の職員はトンズラする事になるだろう。
「後藤さん、私がそんな商人かどうか、あなたはご存知でしょう?愛国公党を常にお支えして来た私がですよ?そんな....そんな真似をする訳ないでしょう!」
そして俺に向き直ってオヤジは毒を吐く。
「私の商品供給元を掻っ攫ったと思えば、今度は朝鮮に首を突っ込むのか?調子に乗ると怪我をするぞ!」
「あれ〜、今のは脅迫ですよね〜。」
俺と白根さんは顔を見合わせる。
「いや違う!そうじゃない!そうじゃなくってホラ、助言だ助言!」
オヤジは泡食って否定する。そんな慌てるなら言わなきゃイイのに。
オヤジはさすがに疲れたらしく、フーっと息を吐いてソファに座り直した。
「なんて野郎だ....関係ないところに首突っ込みやがって。」
言葉使いにかなり地が見えて来てますが、大丈夫ですか?
「クソ....この借りは返すからな...。今は見逃して.....イヤアアア何でもないですう!」
白根さんが爽やかにメモを取っている。この人ノリノリだなあ。
「もう沢山だ!私はコレで失礼する!」
まあ何か白状して貰えるとは思ってませんよ。しばらく大人しくして欲しいだけです。
ドカドカと部屋をでかかったその時、くるっと振り向いてオヤジは毒づく。
「後藤さん、こんな奴と関わってはいけません。朝鮮なんぞに手を出すと、清国が黙ってはいない。」
ん?ソレはどーいう事?
「吉田くん.....一体君は...。」
「私は何もしておりまっせん!しかし貿易商として国際情勢はよく知っておりまっす!」
興奮しすぎてしゃべりもオカシイ。
「日本国と清国は既に一触即発の状態なのです!先年の台湾出兵、続き今年強行された琉球処分、李鴻章はカンカンに怒っておりますぞ!」
え?少し話が飛んでいる。コイツは今....ホントのことを言ってるな?
「更には今行われている軍事顧問派遣!もはや清国は黙っておりません!いずれ血の雨が降るでしょうな!後藤先生は何卒コレには関わられませぬよう!」
そう言って吉田オヤジはドスドスと部屋を出て行った。
しばし唖然とする3人。
やがて白根さんが口を開く。
「犬養くん、君の知り合いはミンナ面白いよねー。」
「全員要注意ですか?でも白根さん、ありがとうございます。」
俺が礼を言ったので、白根さんは驚いたようだった。
「君に礼を言われるような事はしていないがね。」
「そうでもありません。だって仮に吉田さんが武器輸出してたとして、ソレって警保局の管轄じゃないでしょ?」
白根さんはすっとぼけて返事をしなかった。
「しかし....犬養くん、今の吉田くんの話は...。」
後藤さんは呆気に取られている。
「俺にも予想できてませんでした。」
でも気付かなきゃいけなかったはずだ。
コレまでも沢山の人が警告してきたし、日本国が常に最大限注意を払うべき事だったんだ。
全ての裏側に、清国が絡んでいる可能性について。




