口ゲンカ
明治12年(1879年)8月15日
福沢先生にお計らいいただき、芝の紅葉館にて三菱総帥とお会いすることになった。
いや簡単に言うんじゃねえよ俺。
どーゆー事か理解してる?岩崎弥太郎だよ?
どうも完全にビビリ心が麻痺してしまったようで、アポ入りました〜くらいの感覚だった。
だっておととい渋沢栄一さんの家を借りたばっかだし、大隈重信が上司だし、小村寿太郎なんかジュタロー呼ばわりでマブダチだし。
おお!今気づいた!俺、渋沢さん福沢先生と合わせて1万円札2枚抜きじゃん。
コレで聖徳太子にも会えたらビンゴだビンゴ。
....こんなこったから緊張感足りないんだな。
しかし用件が用件だけに、たるんだ気持ちじゃあ返り討ちに会うぞ。
何しろ商人とはいえ半分武士みたいな人で、幕末を生き延びたシタタカ極まりない人だ。
増上寺の門前で車を止めてもらい、そこからテクテクと紅葉館へ。
玄関では久々にお喜多さんが出迎えてくれる。
「犬養さまお久しゅうございます。」
「ご無沙汰いたしました。お喜多さんもお変わりない様で。」
相変わらずメッチャ美人だ。
「随分とお早いご到着でございますね。」
「ええ、待たせちゃあマズい人なんで。」
俺がそう言うと、お喜多さんはまあ!と大袈裟に驚いた。
「犬養さまの良い人とお待ち合わせですか?」
「何でそうなるんですか?仕事上の大事な方ですよ。」
名前は言わない方が良いだろうね。
「あら残念。お噂の許嫁とご一緒じゃないんですか。」
ナニ?何で知ってらっしゃるの?
「官庁のお客さまからよくお聞きしますのよ。犬養さんがとてつもない美女とご婚約だって。」
うーんそうですか。まあ綾さんのウツクシサならそれぐらい噂になっても不思議じゃ無い。
だが明らかにそんな大勢の人に知られてないはずだが....でも改進党の準備委員はほとんど官僚だもんね。
「今度一緒にうかがいます。」
「是非そうなさって!お安くしておきますわ!」
こんな美人が楽しそうにしてると、こっちまでウキウキと.....いやイカンイカン。
「月見の間をご用意しておきました。本日はあいにく満月ではございませんけど。」
相変わらずこの部屋の眺めは美しい。
今年の中秋に綾さんと来るのも悪く無いかも。でも予約入ってるかな。
それともヤッパリ紅葉の季節がよかろうか?名前の通り庭の紅葉もスンバラシイし。
先におビールでも召し上がりますかと進められるがとんでも無い。
三菱総帥がご到着して、おー来たかー!今北産業!とかならんでしょう?緊張感キンチョウカン。
暫しお茶をいただいていると“お連れ様のご到着でございます。”と下女の声。
どちらが先か?まあ三菱だろうと踏んでいたが、やはり先の到着は岩崎弥太郎さんだ。
「お初にお目にかかります。犬養毅と申します。」
こちらは当然下座で手をついてお出迎え。
「コレは御丁寧に。岩崎です。」
言葉と裏腹に直立のまま少し頭を下げる総帥。おや?1人なの?
当然どなたかお付きの方がいると思ったが。
分厚い体に上品な麻の着物を纏い、暑いというのに一分の隙もない感じ。
角ばった顔に大きい口髭がアンバランスに貼りつき、何とも存在感ある人だった。
身分を十分に知らしめる貫禄。でも人を威圧する様な剣呑さは持ちあわせていない。
「本日は突然お呼び立てしまして、誠に申し訳ありませんでした。」
「ナニ、福沢さんのお呼び出しとあっちゃあ来ないわけにはいきません。おまけに犬養さんは大隈卿の番頭として今や飛ぶ鳥落とす勢い。こちらからご挨拶をと思っていた所でした。」
そーですかそりゃあ忝い。でも俺は金じゃあうご....動かないと思いわれますが。
「お連れ様もうひと方もおつきになりました。」
ナイスターイミング。
「おおコレは、何方かもうひと方いらっしゃるので?」
「はい。岩崎様のご存知の方で。」
俺は正座のまま三菱総帥を見上げる。ここは肝を据えていく。
「ワシが知っておる方とな?」
下女が障子をからりと開き、渋沢栄一さんが入ってくる。
「渋沢.....。」
お知り合いかって?もちろんメチャ知り合い。
何せ渋沢さんは三井との仲が極めてよろしい方である。
そもそも大隈卿と反りが合わないのもそこに起因しているので、三菱総帥から見れば目障りな奴であるのは間違いない。
「コレは驚いた...本日はどの様な座興ですかな?」
言ってる顔はおこである。
だがそんな事くらい知ってるし。
「お二方がお食事など一切ご一緒されないのは存じております。しかし今日は日本国のため、何卒曲げてお座りいただきたい。」
いい気になってるわけじゃありませんよ。脇の下アセビトですから。
しばらく睨み合っていたお二人だが、どちらとも無く腰を下ろした。
誰も喋らないから俺が喋りますね。
「本日お越しいただきましたのは、後藤象二郎さんのお借入について、詳しいところをお尋ねしたかったのです。」
「なっ!馬鹿な!」
総帥一喝。
「人を呼び出しておいて、何という無礼な話か!後藤象二郎先生は当家の大恩人、その方の借入について、ワシがナニを話すと思うのか!」
「大声出されるもんじゃありませんよ、岩崎さん。」
渋沢さんは落ち着いたものだ。
「大恩人が聞いて呆れる、アンタが文無しの下働き自体に、後藤さんが藩札お買い上げの話をアンタに漏らして、数十万両って金を儲けたのがきっかけでしょう?そんな汚え間柄だ、お互い相手の尻尾を掴んでるってだけじゃあねえですかい。」
......マジで?さっすがザ・政商。成り上がり話もマックロだ。
「そんな話はお互い様じゃあないか?渋沢。」
マックロ話が浮上しても余裕の総帥。
「オマエさんが三井と長州閥からどれだけ融通きかしてもらってるか、ワシが知らんと思うほどの盆暗じゃあ無かろうに。大体キサマ、何だあの製紙会社は!バカみたいな捨値で紙をばら撒きよって、市場を破壊するつもりか!」
いきなりヒートアップした総帥。製紙会社って....王◯製◯?
「なーにがバカみたいな値段だこの野郎!先に始めたのはテメーんとこの腐れ会社じゃねえか唐変木が!こっちゃあ真面目に人様のお役に立てようと、マトモな営利会社を作ったんだ!後発で出てきやがって仁義ってもんを知らねえのかこの田舎者が!」
渋沢さんも負けてはいな....っていうか倍返しは軽くいってそう。
要するにだ、2人で同業会社作ってどっちかが潰れるまでダンピングしまくったって事だ。
金がかかっている分、ガキのケンカより始末に負えない。
「ぬあにを深川の干潟住まいの貧乏人が!キサマこそ何だ!今度は三菱の邪魔をしようと船会社を画策してるそうじゃないか!泥棒野郎め!」
「へっへっへっ聞いて驚け!今度はこの犬養さんが打った策でなあ、政府直々の海外直接貿易を始めようってんだ!テメーの船は一切使わねえからなあ!ああ?」
あのー、それ今日の切り札だったんですけど....もう言っちゃった。
利権を匂わせながら譲歩を引き出そうとしたのに。
「ぬあんだとお!!そんな!そんな横暴が許されると思うのか!この三井の手先め!」
「ばーか言ってんじゃねえ!それを言ったらテメエなんぞ土佐藩だまくらかした泥棒じゃねえか!」
渋沢さん....アナタは1万円札に印刷される方なのに....今ので俺の中では2千円札まで暴落中です。
「お二方とも!ちょっと!お静まり下さい!」
俺は声の限りに叫ぶが、サスガ明治を築き上げた大物2人だ。ゼンゼン聞いてねえ。
俺は次善の策を取る。すなわち疲れるまでほっとく事にした。
騒ぎを聞いて下女が恐る恐る障子を開けるが、俺は手でこっちへ来るなと合図する。
おっさん2人は更にヒートアップ。
ええ?そんな事までやってんすか的な黒い話が山のように出てくる。
コレが終わったらしばらく記事のネタに困ることはなさそうだ。黒すぎて1つも書けんけどな。
流石に大人2人のケンカ、取っ組み合ったりすることはない。そう明治経済界最高峰の口ゲンカ。
俺の作戦通りというか、まさかここまで大人気なくやるとは思ってなかったが、2人ともようやく力尽きて座布団へ座り込んだ。
お疲れさんでした。
「しかし解せません岩崎さん。本当に後藤さんを大恩人とお思いなら、なぜ借金でハメようとしたりなさったので?」
「ハア、ハア、ナニを言っとるんだこの小童めが.....ワシが何故後藤さんをハメねばならん。」
俺まで流れ弾をくらい罵倒されモードになってしまった。
「だってそうなったでしょう?後藤さんはグラバー商会から100万ドル借りて、事業が立ち行かなくなってから岩崎さんが20万ドルで引き受けたと。どう見ても怪しくないですか?」
それを聞いた岩崎さん、上等な着物がシワになるのも構わず、ゴロリと横になってしまった。
「なんじゃ.....そんな事をオマエ....。おまんらには関係ねえじゃろが。」
しばらく横たわる岩崎さん。
やがてフッフッフと笑い出した。
「なんでえコイツ?悪事が過ぎて頭おかしくなりやがったか?」
「ワハハ!じゃかましいわ渋沢!ワっハッハッハ!オカシイ!コレが笑わずにおらりょうけえ!」
ひとしきり笑い転げる総帥。唖然と見守る俺と渋沢さん。
やがて岩崎さんは半身を起こして、俺たちに向き直った。
「オマエさん方に教える義理はないが、そんな話をそこらで喋られちゃあ迷惑だ。今説明してやるからよく聞けよ。」
岩崎さんは卓上の茶をグビリ。それ俺のですが....。
「いいか、オマエさんの今言ったグラバー商会、そんな会社はもう存在しない。」
は?顔を見合わせる俺と渋沢さん。
「グラバーは破産してスカンピンだ。ジャーディン・マセソンにも見切りをつけられ、ワシがゼニを出して買い取っている。」
何ですってえ?ホンじゃあの借金話は?
「ヤレヤレ恩人のために打ったひと芝居、そんな話になっちまうとは。」
そう言って岩崎弥太郎はヨッコラショとあぐらをかく。
「いいかよく聞け!2度は話さんぜよ!」
俺は思わず膝を正した。時代の寵児、岩崎弥太郎の男を賭けた芝居を聴くために。




