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引っ越し日和

明治12年(1879年)8月13日


この日、俺は朝から引越し作業に追われる。

手伝いに来てくれたのは、田口さんと末広さんの改進党コンビ、たまたま居たミツルに次郎、尾崎行雄も来てくれた。


「犬養くん、おりいって相談なのだが......。」

なんだよ手伝いに来てくれたんじゃ無いの?

「いや勿論手伝いするんだけど....あの、今進めている改進党の準備、私も参加させてはくれないか。その、職員として。」


えー、そしたら福沢先生の秘書がいなくなるじゃんか。

「尾崎さ、ダメじゃ無いんだけどね。」


俺は言葉の先に否定ムードを匂わせつつ、ハードルの高さを思い出させてやる。


「君が居なくなるってことは、誰か他の秘書を探しておかなきゃならんって事だ。この件自分で辞めることを希望するんであれば、自分で候補を見つけておかないとな。」


尾崎は激しく頷いて理解を示す。


「それともう1つ注意しておきたいのは、5年後に選挙が本当に行えるとして、恐らく30歳以上が資格者になるだろうって事だ。コレはまだ決定事項じゃ無いが、かなりの確率でそうなると思う。」


そこでガックリの尾崎。

「そうなのか?そうすると君は?」

「俺は明治17年に丁度満30歳。」


フッフッフ悪いな尾崎よ。歴史が改変された影響で、オマエはしばらく選挙には出れんのだあ!


「諦めて秘書続けろ。先生の下で学べることは多いだろ?」

尾崎は全身で拒否する気持ちを表現している。


「知ってるだろうが?あの状態で何年も働ける人間などいない!勉強にはなっても心の安定を失う。」


そこまで酷かったっけ?いや俺の時より忙しいのかもな。先生新聞社まで作っちゃったし。


「代わりなら幾らもいるさ!竹村とか小栗とか!だろ!頼むよ犬養くん!」


竹村も小栗も彼の3歳年下だ。もう逃げれるなら誰でも売り飛ばすスタイル。

ホントに嫌なんだな(笑)魂の叫びって感じ。


「まずは考えておこう。大蔵省より改進党の事務職がいいのか?」

「大蔵省がダメというわけじゃ無いが、政治家を目指していく上で、勉強になるのは党事務の方だろう。」


なかなか言い出したらきかない性格だな。


そんなやり取りをしつつ、俺たちは愛宕の元武家屋敷を出発。

同宿のみんなが別れを惜しんで見送ってくれる。蕎麦屋のお辰さんも軒先で手を振る。


此処で住んだのも半年かー。これまで住んで1番長かったのは....小菅の監倉か?うーむ。


かくも大勢に集まって頂いたのは、俺の荷物がやや多いのが原因。

内容のほとんどが書籍である。


大八車を交代で押し引きしながら、隅田川を越える。

考えただけでヤバそうでしょ?


真夏の日が照りつける中、俺たちは水筒から井戸水をガブ飲みしつつひたすら進む。

道ゆく人はそれほど多くない。あっついからな。


だが仲間達とワイワイ進む道行は、思いのほか楽しい。


道々水筒の水が足りなくなるので、街道沿いのお宅に恐れ入りますと水をいただいたりする。あるお宅では軒下で西瓜を食べていた女将さん風の人が、お上がんなさいと数切れ分けてくれた。


築地を通過し、八丁堀を抜けて永代橋を渡る。

あったりまえだが木製の橋で、俺が知ってるトレンディかつフォトジェニックな永代橋とはだいぶ違う。


渡ったらソコは深川地区だ。

元々はこの辺りも海だったんだろうね。浜風が汗びっしょりの体に心地いい。

此処で綾さんが持たせてくれた、握り飯を皆でいただく。


「...美味い。料理といい外見といい、やはり矢野さんの妹御とは思えませんね。」

「全くじゃ。一体何処にあの様な美形の妹御を隠しておったのか。」

「いや実はですよ、彼女は人も羨む玉の輿の縁談がありながら....。」


田口さんと鉄腸さんそれに尾崎が混じって、握り飯を食いながら勝手な批評を繰り広げている。


「ツヨシも嫁さん持ちかー、よかとよのー。」

ミツルは祝言の恨み言をようやく言わなくなったと思えば、しきりに結婚を羨んでいる。


「ミツルも嫁さん欲しいんかの?ほーしたらワシがええ女子見繕うてやろうけえ。」

次郎とミツルはすっかり意気投合し、毎日大酒を酌み交わしている。

何と言っても俺たち3人同じ歳だしな。


交通通信が不便だったり、食いたいものがまだ日本に無かったりイロイロ不満はあるけれど、前の人生に無かったものが此処にはある。

風で汗が乾いていくのを感じながら、俺は政治抗争も朝鮮問題も忘れ、何だか満たされた気分になった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


そんなわけで夕方前にようやく新居へ到着!

家の中ではおっ母と綾さんが掃除を済ませて、古い新聞を敷き詰め畳を養生しておいてくれた。


「ほうれそんじゃ片付けちまうぞ!」

次郎の掛け声の下、仲間たちが荷物を次々と運び込む。

まあ俺1人の分だから大したことは無いけどね。


「何じゃこらあ!滅茶苦茶重てえじゃねえか!」

「カッカッカ!鉄腸の馬鹿者が!ワシャ朝方そん荷物ば持って、腰砕きそうになったけん。」

「ツヨシてめえいい加減にしやがれ!本ばっかり買い込んでんじゃねえ!」


....大したことは無いんだけどね。まあ気の短いやつが仲間に多くて。


大騒ぎの引っ越しが終わり、仲間はおっ母のゴチで近所の飯屋に。

俺と綾さんは手土産持って、渋沢さんのところへご挨拶へ伺った。


「いやいや、朝からお疲れさんだったねえ。まあ一杯。」

「コレからお世話になります。よろしくお願いします。」


俺がビールをいただく横で、綾さんは上品にお茶をいただく。


「深川区は古くからの漁民や職人の多い町だ。でもアタシらは新しく来てくれる住民も大歓迎する。どうか此処での生活を楽しんで欲しいねえ。」


そう言って出してくれたのは深川の名物、シジミ汁に小海老のかき揚げ。

コレは旨いですね。


「先日も言ったけど、大蔵省に残してくれたアンタの仕事は順調だよ。」

渋沢さんはビールがお好きらしい。


「何と言っても海外の公使館で日本商品の展示会をやっている事だ。アレは実に効果があった。」


俺はその件を聞いてなかったので、すごく嬉しくなった。

何で俺の耳に入ってこないんだよ?大隈卿なんか週に3回は会うっていうのに。


「お綾さん、この人は大した人だよ。アンタ大変な男と結婚することになった。心して添い遂げなさいよ。」


綾さんは表情を少し硬くして、渋沢さんの言葉に頷いている。

「兄からもいつも聞かされております。私がウチよりツヨシさんをお支えできるようにと。」


綾さんそんな可憐な事を....何だか本当に夫婦になるんですねー。感動です。


「各国の特命職員たちはまだ赴任して3ヶ月ほどですが、もう結果が出ている所もありますか?」

「あるともさ!コレから処理していくんだが、先週までに大量の発注が入っている。国内の生産者達がコレを捌けるか不安なくらいさ。」


カッカッカと渋沢さん高笑い。


「そりゃあスゴイ!やったなジュタロー!」

俺はニューヨークの友人のために喜びが爆発した。

「そうそう、小村くんは一際販売量が多い。アメリカという国の市場が凄まじいんだろうがね。」


それだけ売れるんであれば、もう居留地貿易なんざすっ飛ばすべきだよ。

安くて良い商品を世界に供給すれば、日本の生産者達も潤うし、貿易業や船会社も......おやあ?


「渋沢さん、この受注を処理するための貿易、どんな会社にやらせるおつもりで?」


俺が質問するのに、渋沢さんはニヤリと笑って答える。

「悪いが大隈さんのお友達優先ってわけにゃあいかないよ。公正な方法で選ぶことにさせてもらう。」


いやそーゆー意味ではなく。

俺は思わず両手をついて、渋沢さんに訴えかける。


「渋沢さん、お願いがあります。」

「な、なんだい突然。」


「大隈さん絡みではありません。今俺が直面してる日本国を守る戦いに、この件利用させてもらえませんか!」


俺の言い方に驚いたのか、渋沢さんも綾さんも固まっている。


ややあって大笑いする渋沢さん。

「全くとんでもねえお人だよアンタは!新婚らしいウブなとこを見せたと思やあ、突然官庁の仕事を利用させろなんて言い出しやがる。アンタみたいなおかしな奴は見たことないね!」


冗談こいてるわけではありません。至って真面目なお願いです。


「アンタの考えてる事を聞いてから、協力出来るかどうかはゆっくり考えさせて貰おう。」


渋沢さんはニヤニヤ笑ってビールを注いでくれる。

俺は綾さんの方を向いて、コレからする話は他言無用だよと告げる。


「私はあなたの妻ですから。」


綾さんはゆっくりそう言った。俺はどうやら正しい人を選んだようだった。


ご指摘いただきまして、引っ越しの様式を修正いたしました。

ありがとうございましたm(_ _)m

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