企みの向こう側
ようやく落ち着きを取り戻したミツルと、朝鮮情勢について情報交換。
「立見少佐の新軍教育は順調そのものじゃ。朝鮮政府への評判も上々で、花房公使は政府首脳に晩餐会ば呼ばれとった。」
現在進行中の軍事協力は、期待以上の成果を上げている。
ということは、政府における独立党の影響力も向上しているということか。
「お前が手紙に書いていた、花房公使が怪しいってのは?」
「うむ、人目についちゃいかんと思うたけん、随分と芝居かかった書き方ばしちょったが。」
公使館の職員がどうも様子がおかしいという。
花房公使と職員数名が、内密の話をする様子を何度か見かけた。新軍について何やら計画していることがあるらしい様子との事。
「うーん新軍について計画を....と言っても花房公使のお立場からいえば、特に怪しいとは言えんのじゃないか?」
「ばってんあげんコソコソ話すことではなか。どうも様子がおかしかばい。」
まあその様子が分からないけど、それだけで怪しいって事も無さそうだが.....。
「その公使館職員ってのは日本の役所が派遣してるのかな?陸軍から来てるとか?もしくは現地人?」
「ああその事な。」
ミツルは思い出したように言う。
「ワシと一緒に来た向陽社の若いのが、加島屋の番頭さんからきいとった話じゃあ、モトモトは土佐の後藤が作った会社で働いとったモンらしい。」
ふーんそうなんだー。いやー今日もセミがうるさいなー。
「.....お前さあ....。」
「ん?なんじゃ?」
「それを先に言おうよ。」
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状況が完全に変わってしまった。
花房公使と後藤象二郎は、後藤象二郎朝鮮派遣計画(笑)が持ち上がる前から、既に連絡を取り合っていた可能性が高い。
えーっとつまりだな.....。
花房さんの目的は?朝鮮半島における親日政権の誕生だ。
なので後藤さんが政府の顧問になるところまでが彼の筋書き。
後藤さんの目的は.....ない。操られているだけ。
ではジャーディン・マセソンの目的は?朝鮮半島における交易の独占。
待てよ...確か独立党は最初にイギリスへ接触していたはず。なんでその時、支援を快諾しなかったのか?
可能性として、独立党の影響力を評価しなかった、もしくは直接矢面に立たず、利益のみを手にする方法を考えついた.....それが後藤象二郎。
ハチローさんも言ってたけど、後者の可能性が1番高そうだ。
まとめ。
ジャーディン・マセソンは朝鮮半島の交易独占のため、後藤象二郎を送り込むことを決め、彼を罠に陥れる。
→操られてる後藤は花房公使を巻き込み、自社の職員を公使館へ送り込む。
→後藤は朝鮮問題へ興味のある福沢先生を焚き付け、自分を朝鮮へ送り込む計略に乗らせる。
こんな感じ?全部仮説の域を出ないが....メッチャありそうな話。
「オンシそりゃあ...よう分からんがヤバそうな雰囲気満点ばい。」
「実のところ俺にもどれだけ影響があるのかよく分からない。話がデカすぎる。」
こうなると次の一手は誰がどうやって?
「後藤が顧問ばするのが目的っちゅう事なら、朝鮮政府が受け入れる状態を作らんと。」
「そーだな、今のままじゃあり得ない。って事で花房さんは日本国陸軍の駐留を画策してたわけだ。」
花房さんの駐留軍に対するあの執念も、そう考えるとしっくり来る。
ミツルはうーむと不満そうな顔をする。
「軍事力で圧迫する?そりゃあ逆効果ばい。」
「いや圧迫すると言うかだな、国内にも不安定要素があって.....。」
そうか、あったな不安定要素が。
大院君の目論む軍事蜂起、壬午軍乱だ。
仮に誰かが大院君を焚き付け、資金提供するから軍事蜂起を....となったら起きる確率100%だな。
そこを日本陸軍が清国より先に制圧する→朝鮮政府への日本の発言力が増すって事なのか?
でも陸軍駐留は難しい。
そこで....予想外の効果が上がっている立見少佐の新軍を使って鎮圧→日本の影響力が増す。
それが花房公使の狙いなら.....新軍の訓練が終わるまで、大院君の軍事蜂起はない。
「なるほどのう。じゃがオンシその計画は粗すぎたい。仮に蜂起ば起こるとして、新軍500名で鎮圧出来るもんかも分からん。うまく行っても必ず清国も出てこよう。」
「その通りだよな。花房さんはあまりにも焦っている。」
「さらに言えばいくら新軍の訓練が上手く行ってるちゅうても、同じ朝鮮人の蜂起軍ばい。鎮圧行動ば拒否する事だってあり得るじゃろ?」
直接花房さんを制止するか?それは逆効果かもしれん。
福沢先生を通して外務省を止めるか?
「じゃが今の話でいけば、蜂起なんぞ起きずとも日本政府の影響力が強まりゃよかろ?今まさにそんな状態やけん、このまますんなり後藤は朝鮮政府顧問になるかもしれんたい。」
そーかそーゆうケースもあり得んのか。ソレも厄介極まりない。
「けど日本国としては親日政権が出来るかもしれんじゃろ?悪いことばかりじゃなかけん。」
そう思ってた時期が俺にもありました。
「そんな簡単にはいかないだろ。イギリスがわざわざこんな手を取っているのは、交易独占によって朝鮮国内がますます経済状況を悪くして、顧問を派遣してる日本政府が批判の矢面に立たされるって事だ。日本は悪名だけ着せられ、親日政権など生まれない。」
なんつー性格悪い計画だろうか。こんな計画立てた奴の顔が......見てみたい....。
「どうかしたと?」
「いや〜何か思い出しちゃったんだよね。性格悪い顔。」
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「んでどうするたい?この後のワシらの動きは?」
心なしかウキウキしているミツル。爆弾は使わねえぞ。
「俺の判断が全て正しいとも思っていないけど。」
俺はそう言って、事をしばらく公にはせず、状況を見ながら行動したい旨を話す。
「花房公使は純粋な人だ。自分の行動が日本のためと信じ切っているし、今や焦りで俺たちの説得など聞きはしないだろう。事を公にすれば、もっと取り返しのつかない行動に出るかもしれない。」
ミツルも腕組みして考え込むが、少ししてサッパリと顔を上げる。
「よか!ツヨシの言うことば信じるたい。ワシャ頭悪いけん考えても仕方なか!」
改めて俺はこの兄弟分の信頼に、大きな責任を感じる。
迂闊な手は打てない。
「ミツルは悪いが朝鮮に戻って、引き続き状況を知らせて欲しい。」
「オンシの祝言には帰るけんね。」
そこが譲れんのか。
「それから前にも言ったけど、朝鮮国内にもう1つ巨大な勢力がある。」
「おお、オンシが言っとったナンチャラいう坊主のおるとこか?」
オマエそれじゃ永遠に連絡とれねえだろ。名前ぐらい覚えろ。
「李東仁!名前は最低覚えろ。」
俺が言うのにミツオは決まり悪そうな半笑いを見せる。
「その様子じゃまだ釜山の東本願寺も行ってないな?」
「....スマン、今度行くけん。」
まだ2ヶ月だから仕方ないが、これ以降の動きは少しペースを上げてもらわないといかん。
「うまく接触できるか分からないけど、住職を訪ねてドンインから連絡があったかどうか、すぐに確認しておいてくれ。」
ミツルが激しく頷くのを見て、俺は追加任務を与える。
「万が一、アイツが東学勢力の中枢に潜り込めていればだけど、今回の騒動に関わらないよう言っておいて欲しい。」
「なんでじゃ?ツヨシの友達やったら手を貸してくれよう?」
「まあ関わらないでいてくれるのが1番だと思う。基本あの勢力は数がすごいだけで、軍事力が期待できる集団じゃない。」
それでも大院君や花房公使に利用されてしまう可能性もある。
「なんでお手数だけど伝言を頼む。」
「任されたったい。ばってんオンシの祝言には.....。」
分かったってば。
「それでオンシはどう動く?」
「それなんだよねー。」
コレは1番厄介だが、何とか方法を考え出さなければ。
「ジャーディン・マセソンの動きを封じないとなぁ。」




