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誰が西郷隆盛を殺したのか?

関東東海地方の皆様、台風お見舞い申し上げます。


西郷脱出の一報を受け、征討軍司令部は緊急の作戦会議を招集した。


そりゃしますよね。

もちろん俺は傍聴する事は出来ず、三浦少将ほか数名が司令本部へと急いだ。


やる事のない俺は一人、第3旅団の雰囲気が何となく和んでいるのを眺めていた。


お前らたるんでんじゃねえ!とは言いませんよ、俺タダの従軍記者ですからね。

それでもこの弛緩した雰囲気、どう見ても戦場のそれではない。


西郷さん無事に逃げてよかったねーとか、何処かから聞こえてきそうだ。

その時俺の中に、ある仮説が浮かんだ。

これまでの情報をつなぎ合わせると、最も辻褄の合う仮説だ。


「そういう事かもな.....。」



三浦ゴロちゃんが帰って来たのは、驚くほど早い時間だった。


早速インタビュー。

「随分と早いお帰りですね?」

しかし返事はない。


かなりご機嫌が悪そうで、横にいる馴染みの将校さんも、あっちへ行けというようにコソコソ手を振っている。いえ見えませんけど?取材(しごと)ですから。


「軍議はいかが決まりましたか?差し支えなければ.....。」

「差し支えなければだと!大いに差し支えるわ!バカモンが!」


メチャ怒鳴られました。


そのまま三浦ゴロちゃんは駐屯所の奥へとズカズカ進み、自身の居室として使っている民家の一室へ閉じこもってしまった。


「うええ、スゴイ機嫌悪いっすね.....。何があったんですか、児玉さん?」


児玉少佐は谷少将と熊本城の籠城戦を戦っていた、若いのに優秀な将校さんだ。

熊本鎮台兵が戦闘からお役御免となったため、自ら志願して第3旅団へ投じた。


「うーむ、閣下もああやって一言も話してくれんのだ。小官にもよくわからん。」

困ったような口ぶりだが、顔は完全に笑っている。


「いや絶対分かってるでしょ?教えてくださいよ。」

児玉さんは俺と3つほどしか歳が違わず、何となく喋りやすい。


「まあ基本には、山縣卿のやることなすこと気に入らん、っていう子供っぽい怒りがある。」


「ソウデスネー。」

何時もの山縣キライキライ病ですか。でもそれにしちゃあチョット怒り方が甚だしいような。


「それに加えて、今日の会議の雰囲気だ。まるで皆、一難去って良かったとでもいうようだった。笑っている奴さえおったぞ。」


ああー。

それ分かりますよ。こう言っちゃ何だが、今この陣内もそんな雰囲気です。


「私も今回の反乱鎮圧は、実に妙な感じがしている。人吉の大激戦の後、征討軍はまるで気が抜けてしまったようだ。まさかと思うが三浦閣下が言われるように、敵に退路を作って戦っているのだとしたら?」


「軍規違反ですよね。普通に。」

「こんなのを軍規違反とは言わん!総司令官自らやっているという事だぞ?」


児玉さんは声を潜める。将校からこんな発言が出てくること自体普通じゃない。


「児玉少佐は戊辰戦争に参加されましたか?」


俺が唐突に聞いたせいか、少佐は少し驚いた様子だった。


「箱館攻略が初陣だった。17の時だ。」

スゴイんすねえ、サムライって。


「もしかしたらですが、少佐は上の方々の気持ちはお分かりにならないかもしれません。」


「何だと?」

イヤ怒んないで下さいね。記者としての分析ですからね。


「私が部外者として愚考した事ですが、少佐より年長の皆様や九州出身の兵士達は、これ以上薩軍を攻撃することを恐れているようです。三浦少将のおっしゃる事は、間違い無く彼らの心理状態に符合していると思います。」


少佐は怒らずに黙って俺の話を聞いている。

俺は喋り続けた。


「証拠がある訳じゃないですが、恐らく今回の脱走劇は征討軍側で仕込んだものです。

『退路を作る』のと『脱走を幇助する』のは全く意味合いが異なる。

後者は内通者が手助けしているという意味だ。


「バカな!」

「いくら薩軍が勇敢でも、5万の包囲網を突破できるなんておかしいと思います。故意に薄くした警戒態勢を作ってあったとしか考えられません。」


「それが本当なら軍規違反どころの騒ぎではない。」


するとガラリと三浦少将が部屋の障子を開けた。


「おいツヨシ!」

「ハイ!」

「無駄話なら中でしな!」

「ハイ!」


俺は急いでゴロちゃんの私室に駆け上がる。

児玉少佐も何故か続いて上がって来た。


「西郷さんは陸軍唯一の大将で、神同然の人だ。」


三浦少将が正座する俺たちにボソリと呟く。

薄暗い部屋の中で、2面ある障子から入る明かりが作る空間が、その部屋の全てだ。


「さっきツヨシが表で喚いていたのは、ある面の真実だ。今日の軍議でその辺が透けて見えたよ。」


「で、では西郷さん達と内通したものが.....。」

児玉さんは驚いて思わず声を上ずらせる。


「この部屋を出たら全部忘れちまえよ。奴ら明らかに手薄な場所を作っていた。だが単に不出来な包囲作戦だったといえばそれまでさ。」


暫くは誰も何も言わなかった。

俺はさっきの続きを話し始めることにする。


「征討軍は既に勝敗の決した今、『西郷殺し』の汚名を着ることを恐れている。」


二人はハッとこちらを見る。


「そりゃあそうでしょ?大逆罪を犯したとはいえ、陛下もその死を望んでいない。民衆の声に至っては西郷贔屓が主流になっている。」


「お前ら新聞のおかげでな。」

ゴロちゃんは苦々しく言う。


「だがその通りよ。この後の作戦ですらハッキリと決まっていない。しかし脱出した西郷たちはこの後どこへ行く?」


「十中八九鹿児島でしょう。」

児玉さんが律儀に答える。


「そんな自明なことがだぜ!誰からも発言されない。オマケに今鹿児島を監視している兵は、50名ばかしだ。5万の動員をかけた征討軍がだ!」


早くから三浦少将が見越していた通り、西郷には退路が用意されている。

そして誰もが彼を殺したと言われたくない。


「おっしゃる通り、新聞が世論を煽った事も原因の一つでしょう。」


「今のは言い過ぎた。許せ。」

ゴロちゃんは潔く言う。


「さっきも言ったが、ここから出たら今の愚痴は忘れろよ。ツヨシも記事にはするな。」

「出来ませんよ.....。それこそ生きて東京に帰れなくなります。」

3人は苦笑して顔を見合わせる。


西郷を殺せない征討軍、だが彼が生きている限り不満士族が彼のもとへ集まってくる。


「ここからまだしばらくかかるぜ。奴らが動き出すまで暫くはお休みだ。」


こうして征討軍はタップリ2週間ほど後、9月1日に西郷軍300名ほどが鹿児島私学校を急襲し、城山に立て籠もるまで無為に時間を過ごしたのだ。


そこからまた、降伏勧告だー、助命嘆願だーとズルズル時間が過ぎていく。

首脳陣は西郷に降伏してくるか、それともサッサと自刃して欲しかったろう。


「だがそれは甘いんだよ。何故なら.....。」

「ハイハイ一貫性ですね、一貫性。」

児玉少佐もかなりゴロちゃんに慣れてしまった様子だ。


征討軍が重い重い腰を上げ、漸く総攻撃を決定したのがなんと3週間後の9月24日!


どんだけ戦いたくないんだ。


総攻撃前日の夜には陣内で酒が振舞われ、海軍軍楽隊がクラシックを演奏、マジか。

西郷軍が立て籠もる城山からは、薩摩琵琶の演奏でお返しがあった。


皆あふれる涙を拭おうともしない。

九州で徴兵された兵士達は、やはり心情的には西郷軍に近いのだ。


俺も友人の満男を思い出さずにはいられなかった。


アイツもいま、城山で死を見つめているのだろうか?

その事に満足して、安らかに死んで行けるだろうか?


この愁嘆場が意味するものはそれだけのことなのだろうか。


翌日未明、征討軍は総攻撃を仕掛け、西郷軍はあっという間に崩れ去った。

首のない西郷の遺体が見つかり、夕方までには首も見つかった。


誰が西郷を殺したのか?


物理的には征討軍の弾に被弾した後、部下の介錯を受けて死んだ。

征討軍は粘って粘って、何とか『西郷殺し』の汚名を免れた。

涙ぐましい努力と言っていい。


誰が西郷を殺したのか?


征討軍なのか、味方に担がれ死に追いやられたのか。

明治政府の意思が彼を追い詰めたのか、それとも新聞に踊らされた世論が英雄の死を望んだのか。


西郷吉之助という男をめぐる、狂ったような8ヶ月は終わりを迎えた。

城山に転がっていた死体の中に、満男らしき姿はなかった。


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